イグノラムス・イグノラビムス

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生理学者エミール・デュ・ボア・レーモン(1818年 – 1896年)。「我々は知らない、そして(永遠に)知ることはないだろう」と主張した。

イグノラムス・イグノラビムスラテン語: Ignoramus et ignorabimus)とは、「我々は知らない、そして知ることはないだろう」という意味のラテン語[注釈 1]

19世紀末、ドイツ・ベルリン大学教授であった生理学者エミール・デュ・ボア・レーモン1818年1896年)が、「ある種の科学上の問題について、人間はその答えを永遠に知りえないだろう」という意味で使用した標語。レーモンの主張は、当時のドイツ語圏において「イグノラビムス論争」と呼ばれる議論を引き起こした。

目次

概要

1880年の講演『宇宙の七つの謎』において、レーモンは科学には大きい7つの謎があるとした。それら7つの謎の内の4つ(※印)は、単に現時点において謎であるだけでなく、永久に解決不可能な問題であろうとした[1]

  1. 物質エネルギーの本性 (※解決不可能)
  2. 運動の起源 (※解決不可能)
  3. 生命の起源
  4. 自然の合目的的性質・効率的性質
  5. 単純な感覚的性質の起源・意識の起源 (※解決不可能)
  6. 理性の起源、言語の起源
  7. 自由意志 (※解決不可能)

1872年の講演『自然認識の限界について』において、レーモンは講演の最後で次のように述べた。

物質界の多くの謎に向かっては自然科学者は男らしき諦めを以て Igonoramus 「吾等は知らない」と自白することに既に久しく慣れている。今まで経来った勝利に充ちた途を顧み、今彼の心を支えるものは、今日知らないことも、少なくとも事情の如何によっては知りうるであろうし、恐らくいつかは知るであろうというひそやかな意識である。しかし物質と力の本性がなんであるか、またどうしてそれが思惟しうるのであるかの謎を前にしては、彼は断然一層耐えがたい判決を決心しなければならぬのである。

Ignorabimus 「吾等は知らないであろう。」

エミール・デュ・ボア・レーモン(1872年)『自然認識の限界について』坂田徳男訳 p.60

反応

数学者ダヴィッド・ヒルベルト(1862年 - 1943年)。「我々は知らねばならない、やがて知るだろう」 と応じた。

1930年、ドイツの数学者ダヴィッド・ヒルベルト(1862年 - 1943年)は、ケーニヒスベルクで行われた講演『自然の知識と論理』において、レーモンの言葉を批判的に参照しつつ次のように述べた[2]

我々[数学者]にイグノラビムスはない、また私が思うに、自然科学にもイグノラビムスはない。馬鹿げたイグノラビムスに対し、我々のスローガンはこうなるだろう。「我々は知らねばならない、やがて知るだろう」(Wir müssen wissen — wir werden wissen)

ダヴィッド・ヒルベルト(1930年)『自然の知識と論理』 (引用者訳)

この講演が行われた年の翌1931年、チェコ出身の数学者クルト・ゲーデル(1906年 - 1978年)がゲーデルの不完全性定理を証明した。

注釈

  1. ^ (現時点において)「無知である」という意味を持つ言葉「イグノラムス(Ignoramus)」と、(将来において)「無知だろう」という意味を持つ言葉「イグノラビムス(ignorabimus)」を、日本語の「と」にあたるラテン語の接続詞「エト(et)」で結んで作られた言葉。英語だと "we do not know and we will not know" などと訳される。

脚註

  1. ^ Schnaiter David, Kofler Walter (2008)
  2. ^ Hilbert, David (1930) "Naturerkennen und Logik" 講演の末尾の音声(約4分、ドイツ語), 講演原稿(ドイツ語と英訳).

参考文献

関連項目

今日は何の日(9月20日

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