イスマエル・カストロ

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イスマエル・カストロ
Ismael Castro
ティグレス・デ・カルタヘナ #33
基本情報
国籍  コロンビア
出身地 ボリーバル県カルタヘナ
生年月日 (1983-08-14) 1983年8月14日(36歳)
身長
体重
5' 9" =約175.3 cm
193 lb =約87.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 二塁手三塁手遊撃手
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム コロンビアの旗 コロンビア
WBC 2013年

イスマエル・ガンボア・カストロ(Ismael Gamboa Castro、1983年8月14日 - )は、コロンビアボリーバル県カルタヘナ出身のプロ野球選手(投手)。現在は、リーガ・コロンビアーナ・デ・ベイスボル・プロフェシオナルティグレス・デ・カルタヘナに所属している。

経歴[編集]

2000年2001年は、ベネズエラでプレーしていた[1]

プロ入りとマイナーズ傘下時代[編集]

シアトル・マリナーズとマイナー契約を結び、プロ入りを果たした。

2002年は、ます傘下ショートシーズンAのエバレット・アクアソックスでプレーした。ここでは、66試合に出場し、打率313、9本塁打、46打点、89安打を記録した[1]。その後、傘下アドバンスAのサンバーナーディーノ・スタンピード(現:インランド・エンパイア・シックスティシクサーズ)へ昇格した。ここでは、6試合に出場し、打率150、0本塁打、2打点、3安打を記録した[1]

2003年は、この年からチーム名前が変わったインランド・エンパイア・シックスティシクサーズでプレーした。この年は、98試合に出場し、打率275、3本塁打、25打点、90安打を記録した[1]

2004年も、傘下アドバンスAでプレーした。この年は、16試合に出場し、打率303、2本塁打、10打点、20安打を記録した[1]

2005年は、傘下AAのサンアントニオ・ミッションズでプレーした。この年は、115試合に出場し、打率264、9本塁打、51打点、111安打を記録した[1]

2006年は、まず傘下AAでプレーした。ここでは、31試合に出場し、打率241、1本塁打、9打点、27安打を記録した[1]。その後、傘下AAAのタコマ・レイニアーズへ昇格した。ここでは、49試合に出場し、打率303、4本塁打、21打点、53安打を記録した[1]。同年限りで、マリナーズを退団した。

ミュージック時代[編集]

2007年は、独立リーグサウス・コースト・リーグのメイコン・ミュージックと契約を結んだ。この年は、83試合に出場し、打率332、9本塁打、73打点、101安打を記録した[1]。同年限りで、リーグが解散した。

プライド時代[編集]

2008年は、独立リーグのカナディアン・アメリカン・リーグナッシュビル・サンズと契約を結んだ。この年は、82試合に出場し、打率300、2本塁打、46打点、94安打を記録した[1]

スコーピオンズ時代[編集]

2009年は、独立リーグのゴールデンベースボールリーグユマ・スコーピオンズと契約を結んだ。ここには、同じコロンビア出身のエミリアーノ・フルートや、後の第3回WBC予選のコロンビア代表に選出され一緒にプレーするクリスチャン・メンドーサロナルド・ラミレスイェシド・サラザールレイナルド・ロドリゲス、ディオベル・アビラらコロンビア人選手が多く所属していた[2]。この年は、73試合に出場し、打率317、6本塁打、21打点、88安打を記録した[1]

アウトローズ時代[編集]

2010年は、同リーグのチコ・アウトローズと契約を結んだ。この年は、37試合に出場し、打率331、2本塁打、22打点、50安打を記録した[1]

アウトローズ退団後[編集]

アウトローズ退団後は、母国コロンビアリーガ・コロンビアーナ・デ・ベイスボル・プロフェシオナルティグレス・デ・カルタヘナなどでプレーしている。

2012年11月には、第3回WBC予選のコロンビア代表に選出された[3]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l Baseball Reference
  2. ^ 2009 Yuma Scorpions Baseball Reference 2015年2月1日閲覧
  3. ^ 2012 Qualifier Roster WBC公式サイト (英語) 2015年2月24日閲覧