イム・グォンテク

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
イム・グォンテク
イム・グォンテク
生年月日 (1936-05-02) 1936年5月2日(82歳)
出生地 全羅南道長城
国籍 大韓民国の旗 韓国
職業 映画監督
活動期間 1962年 -
イム・グォンテク
各種表記
ハングル 임권택
漢字 林權澤[1]
発音: イム・グォンテク
英語表記: Im Kwon-taek[2]
テンプレートを表示

イム・グォンテク(林 權澤、1936年5月2日[3] - )は、韓国映画監督

略歴[編集]

全羅南道長城で生まれ[3]光州市で育つ。家族に左翼運動家がおり、周囲から差別された。 朝鮮戦争後に釜山、のち1956年にソウルに移る。ソウルで映画監督鄭昌和と知り合い、映画製作アシスタントとして働くようになる。1962年に映画監督としてデビューした[4]

2016年、第36回韓国映画評論家協会賞 功労映画人賞を受賞[5]

主な監督作品[編集]

  • 豆満江よさらば(1962年)
  • 断腸録(1964年)
  • 法廷を泣かせたオキ(1966年)
  • 妖花張禧嬪(1968年)
  • 雑草(1973年)
  • ソウル奪還大作戦 大反撃(1973年)旧題:ホワイト・バッジ・ファイナル 史上最大の作戦
  • 史上最大の戦場 洛東江大決戦(1976年)旧題:新ホワイト・バッジ 地獄への戦場
  • 壬辰倭乱と桂月香(1977年)
  • 族譜(1978年)
  • 曼陀羅(1981年)
  • アベンコ特殊空挺部隊 奇襲大作戦(1982年)旧題:エア・コンバット 多国籍特殊空挺部隊
  • キルソドム(1985年)
  • チケット(1986年)
  • シバジ(1986年)
  • アダダ(1987年)
  • ハラギャティ(1989年)
  • 将軍の息子(1990年)
  • 英雄武闘伝説/将軍の息子II(1991年)
  • 将軍の息子3(1992年)
  • 風の丘を越えて/西便制(1993年)
  • 太白山脈(1994年)
  • 祝祭(1996年)
  • 春香伝(2000年)
  • 酔画仙(2002年)
  • 下流人生 〜愛こそすべて〜(2004年)
  • 천년학(2007年)
  • 달빛 길어올리기(2010年)

出演作品[編集]

  • Les Renaissances Du Cinema Coree(2005年/ドキュメンタリー映画)
  • 황금어장(2010年/TVバラエティ/3月9日、3月16日放送分ゲスト出演)

受賞・叙勲[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 임권택 (イム・グォンテク) chosun.com 포커스 인물 (フォーカス 人物)(韓国語) 2011年8月21日閲覧。
  2. ^ 임권택 (イム・グォンテク) KMDb 2011年8月21日閲覧。
  3. ^ a b 인물정보(人物情報) NAVER(韓国語) 2011年8月21日閲覧。
  4. ^ 두만강아 잘 있거라 (豆満江〈トゥマンガン〉よ、さらば) NAVER 영화(映画)(韓国語) 2011年8月21日閲覧。
  5. ^ “イ・ビョンホン&ソン・イェジン「韓国映画評論家協会賞」で男女演技賞を受賞“10年ぶりのトロフィ””. K-Style. (2016年11月9日). http://news.kstyle.com/article.ksn?articleNo=2056488 2016年11月9日閲覧。