インジフ・シュティルスキー

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シュティルスキー(1930年)
シュティルスキーとトワイヤン(1929年)

インジフ・シュティルスキーJindřich Štyrský, 1899年8月11日 - 1942年3月21日)は、チェコシュルレアリスム画家、写真家、詩人。

フラデツ・クラーロヴェーギムナジウム卒業後、プラハ美術アカデミーで絵画を学ぶ。1923年、カレル・タイゲ、ヴィーチェスラフ・ネズヴァルらが創設した若手前衛芸術家のグループ、デヴィエチルのメンバーになる。1925年から1929年までトワイヤンとともにパリに滞在。のちの「叙情的抽象」の先駆けとされるいくつかのテーゼを提唱し「人工主義」と名付けた。パリ滞在中に当地のシュルレアリスム・グループとの交流があり、大きく影響を受ける。1930年からプラハの雑誌の編集の仕事を行う。1934年、トワイヤン、タイゲ、ネズヴァルらとともに、チェコスロヴァキアにおけるシュルレアリスム・グループを結成する。1942年、プラハで死去。

翻訳[編集]

  • ヴィーチェスラフ・ネズヴァル、インジフ・シュティルスキー『性の夜想曲 チェコ・シュルレアリスムの〈エロス〉と〈夢〉』赤塚若樹編訳、風濤社、2015年、ISBN 4892193968

参考文献[編集]

  • 阿部賢一 『複数形のプラハ』 人文書院、2012年、ISBN 4409510665
    「第7章 欲望の結晶としてのショーウインドー――インジフ・シュティルスキーの写真」