ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ

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ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ
ビートルズ楽曲
収録アルバム サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド
英語名 With a Little Help from My Friends
リリース 1967年6月1日 (1967-06-01)
録音
ジャンル
時間 2分44秒
レーベル
作詞者 レノン=マッカートニー
作曲者 レノン=マッカートニー
プロデュース ジョージ・マーティン
チャート順位

下記を参照

サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド 収録曲
サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド
(A-1)
ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ
(A-2)
ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ
(A-3)
ビートルズ シングル U.K. 年表
ビートルズ シングル U.S. 年表
ビートルズ シングル 日本 年表
ミュージックビデオ

ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」 (英語: With a Little Help from My Friends) は、ビートルズの楽曲。1967年に発売されたアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』に収録された。レノン=マッカートニーの作品だが、リード・ボーカルリンゴ・スター。現在でもスターのソロコンサートでは、アンコールの最後に必ずこの曲が演奏される。

ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500(2010年版)では311位にランクされている[2]

背景[編集]

この曲は歌っている者がある者に問いかけ、あるいはある者からの問いにこの者が答えるという問答歌のスタイルをとる曲で、ジョン・レノンポール・マッカートニーは、この曲を1967年3月中旬にスターが演じるビリー・シアーズという架空の歌手が歌うというコンセプトのもとで本作の歌詞を書いた[3]。当時『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のレコーディング・セッションは終盤に差しかかっており、時間に余裕がなかった関係から、本作を書き始めた翌日にはレコーディングを行う予定となっていた[1]。マッカートニーは当時について「ジョンと僕のちょっとした職人作業だった。僕はいつもそれを007の映画の主題歌を書くようなものと考えていた。リンゴのキーにあわせて書かなきゃならなかったうえに、少しおふざけっぽく書かなきゃならなかったから、僕からすれば普段とはちょっと違った作業だ」と語っている[1]

本作の当初のタイトルは、「Badfinger boogie(バッドフィンガー・ブギ)」[4][1][注 1]。楽曲の制作はレノンがギター、マッカートニーがピアノを弾きながら行われた。その制作の途中で、マッカートニーは「フール・オン・ザ・ヒル」を歌い出し、レノンがこの時点でできていた歌詞を書き留めた[1]

本作の冒頭の歌詞は当初「What would you think if I sang out of tune? Would you throw ripe tomatoes at me?(ステージにいる僕に向かってトマトを投げつけるのかい?)」となっていたが、スターが「将来この曲をステージで唄うことになったときに本当にトマトを投げつけられたら嫌だ」と言って断り、現行の歌詞に変更された[5][1]。これは活動初期にジョージ・ハリスンゼリービーンズが好きだとコメントしたことにより、ステージ上に投げ込まれるというハプニングが起きたことが関係している[1]

アメリカでの発売後、のちの第39代米国合衆国副大統領スピロ・アグニューは歌詞中の「I get high with a little help from my friends(友達の助けを借りてハイになる)」というフレーズについて、「キャッチーな曲ではあるが、指摘されるまで“フレンズ”というのが各種のドラッグを指すことには気が付かなかった」と語っており、本作を放送禁止にするように働きかけた[6][1]。このフレーズについて、マッカートニーは「当時はマリファナの時代だったから、軽く触れないわけにはいかなかった」と語っている[1]

レコーディング[編集]

ビートルズは、本作のレコーディングをアルバムのジャケット撮影を行う前日である1967年3月29日にEMIスタジオの第2スタジオで開始した。レコーディング初日の時点で、前曲「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」と繋げることが決まっていたことから、ボーカル・インタールードからのスタートとなった[1]。バッキング・トラックを10テイク録音したのち、テイク10が採用された[1]。バッキング・トラックのトラック1にはマッカートニーのピアノ、トラック2にはハリスンのギター、トラック3にはスターのドラムスとレノンのカウベル、トラック4にはハモンドオルガンが収録されていた[1]。その後2本目の4トラック・レコーダーにコピーされて、テイク11が作成され、トラック3と4にスターのリード・ボーカル、レノン・マッカートニー・ハリスンの3名によるヴァース部分の問いかけ部分が録音された[1]

翌日、冒頭のボーカル・インタールードにティンパニスネアドラムがオーバー・ダビングされ、これらはトラック2に録音[1]。残りのトラックにベースタンバリンリードギターが加えられた[1]。こののち、スターのリード・ボーカルを片方のみ削除して、トラック3に新たなバッキング・ボーカルを録音し、冒頭にハモンドオルガンが加えられた[1]。本作のセッションは、1967年3月30日午前5時45分で終了した[7]

1967年3月31日に15種類のモノラル・ミックス、4月7日にステレオ・ミックスが作成された[1]。なお、モノラル・ミックスでスターのボーカルに加えられたADTの量は、ステレオ・ミックス作成後に減らされた[1]

演奏[編集]

※出典[8]

チャート成績[編集]

チャート(1978年) 最高位
UK Music Week Chart[10] 63
US Billboard Hot 100[11] 71
US Cash Box Top 100[12] 92
US Record World Chart[13] 103

ビリー・シアーズ[編集]

アルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』上の架空のコンサートでは、前曲「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」の最後に司会とバンドによって架空の歌手であるビリー・シアーズ (Billy Shears) が紹介され、スターがビリー役で「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」を歌うという構成になっている。

マッカートニーが1966年に死去したという都市伝説「ポール・マッカートニー死亡説」において、「ビリー・シアーズとはポールの替え玉をしている人物の名前だ」という噂も一部で流れた。

スターはビートルズ解散後に発売したソロ・アルバム『リンゴ』に収録の「アイム・ザ・グレーテスト」で、「My name is Billy Shears(私の名はビリー・シアーズだ)」と紹介している[14][15][16]

カバー・バージョン[編集]

1968年、ジョー・コッカーがこの曲をゴスペル風のアレンジでカバーし、全英シングルチャートで第1位[17]Billboard Hot 100で最高位68位[18]を獲得した。このカバー・ヴァージョンでギターを弾いたのはジミー・ペイジ

1967年のジョー・ブラウン英語版のヴァージョンは全英第32位[19]、ヤング・アイデアのヴァージョンは同チャートで全英第10位[19]、1988年のウェット・ウェット・ウェットのカバー・ヴァージョンと2004年のサム・アンド・マーク英語版のカバー・ヴァージョンが全英第1位を獲得している[20][21]

そのほか、ラリー・カールトン(1968年)、アイク&ティナ・ターナー(1969年)、スティーヴ・ローレンス&イーディ・ゴーメ(1969年)、ケニー・ランキン(1980年)、TOTO(1993年)らがカバーした[22]

備考[編集]

竹内まりやは、自身の楽曲「Forever Friends」のエンディングで、本作の歌詞を変形させた形で引用している。

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ この名前は後にアップルのアーティストバッドフィンガー(旧名: アイヴィーズ)の由来ともなった。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u Sgt. Pepper 2017, p. 10.
  2. ^ The Beatles, 'With a Little Help From My Friends' | 500 Greatest Songs of All Time | Rolling Stone
  3. ^ Dowlding 1989, p. 165.
  4. ^ Matovina 2000.
  5. ^ The Beatles 2000, p. 242.
  6. ^ Kurlansky, Mark. (2004). 1968 : the year that rocked the world (1st ed.). New York: Ballantine. pp. 189. ISBN 0-345-45581-9. OCLC 53929433. https://www.worldcat.org/oclc/53929433 
  7. ^ Lewisohn 1988, p. 106.
  8. ^ MacDonald 2005, p. 246.
  9. ^ Everett 1999, p. 102.
  10. ^ Harry 2000, p. 261.
  11. ^ Wallgren 1982, p. 123.
  12. ^ Harry 2000, p. 271.
  13. ^ Harry 2000, p. 274.
  14. ^ Doggett 2011, p. 199.
  15. ^ Snow 2013, p. 44.
  16. ^ Ringo Starr - I'm The Greatest Lyrics”. Genius Lyrics. Genius Media Group Inc.. 2019年12月8日閲覧。
  17. ^ Official Singles Chart Top 50”. Official Charts Company (1968年11月6日). 2020年8月14日閲覧。
  18. ^ The Hot 100 Chart”. Billboard (1968年12月14日). 2020年8月14日閲覧。
  19. ^ a b Official Singles Chart Top 50 (19 July 1967 - 25 July 1967)”. Official Charts Company (1967年7月19日). 2020年8月14日閲覧。
  20. ^ Official Singles Chart Top 100”. Official Charts Company (1988年6月5日). 2020年8月14日閲覧。
  21. ^ Official Singles Chart Top 100”. Official Charts Company (2004年2月15日). 2020年8月14日閲覧。
  22. ^ With a Little Help From My Friends - The Beatles | Cover Songs - オールミュージック. 2020年10月9日閲覧。

参考文献[編集]