ウィリアム・ヘイグ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
検索に移動
ウィリアム・ヘイグ
William Hague
William Hague Foreign Secretary (2010).jpg
生年月日 (1961-03-26) 1961年3月26日(60歳)
出生地 イギリスの旗 イギリス
イングランドの旗 イングランド ロザラム
出身校 オックスフォード大学マグダレン・カレッジ
INSEAD
所属政党 保守統一党
称号 旭日大綬章[1]
配偶者 フィオナ・ジェンキンス

内閣 第1次キャメロン第2次改造内閣
在任期間 2014年7月14日 - 2015年5月8日
国王
首相
エリザベス2世
デーヴィッド・キャメロン

イギリスの旗 イギリス
筆頭国務大臣
内閣 第1次キャメロン内閣
第1次キャメロン第1次改造内閣
第1次キャメロン第2次改造内閣
在任期間 2010年5月11日 - 2015年5月8日
国王
首相
エリザベス2世
デーヴィッド・キャメロン

イギリスの旗 イギリス
第16代外務・英連邦大臣
内閣 第1次キャメロン内閣
第1次キャメロン第1次改造内閣
在任期間 2010年5月11日 - 2014年7月15日
国王
首相
エリザベス2世
デーヴィッド・キャメロン

イギリスの旗 イギリス
影の外務大臣
在任期間 2005年12月6日 - 2010年5月11日
国王
首相
エリザベス2世
トニー・ブレア
ゴードン・ブラウン

イギリスの旗 イギリス
庶民院議員
選挙区 リッチモンド選挙区
当選回数 5回
在任期間 1989年2月23日 - 2015年3月30日
国王
首相
エリザベス2世
マーガレット・サッチャー
ジョン・メージャー
トニー・ブレア
ゴードン・ブラウン
デーヴィッド・キャメロン

その他の職歴
イギリスの旗 イギリス
ウェールズ大臣

1995年7月5日 - 1997年5月2日
イギリスの旗 保守党
第17代党首

1997年6月19日 - 2001年9月13日
テンプレートを表示

リッチモンドのヘイグ男爵ウイリアム・ヘイグRt Hon William Hague 庶民院, 1961年3月26日 - )は、イギリスの政治家。保守党所属の庶民院議員であり、デーヴィッド・キャメロン政権にて第16代外務・英連邦大臣(2010年5月11日 - 2014年7月15日)、第17代保守党党首(1997年6月19日 - 2001年9月13日)を務めた。

経歴[編集]

下院議員当選前まで[編集]

1961年3月26日にサウス・ヨークシャーロザラムで誕生する。幼い頃から弁舌能力に優れ、ロザラムのコンプレヘンシブ・スクールに在校していた1977年に保守党大会において16歳にして素晴らしい演説を行い、党首のマーガレット・サッチャー(後の首相)より「ウィリアム・ピットの再来」と絶賛されたこともある。また議会演説の最中に爆笑を誘う場面が動画サイトでしばしば見られる。

その後オックスフォード大学モードリン・コレッジに進学し、大学では哲学及び政治経済学(PPE)を学ぶとともに、オックスフォード大学保守連盟 (Oxford University Conservative Associationやオックスフォード・ユニオン (Oxford Unionの会長を務める。同大学卒業後はロイヤル・ダッチ・シェルマッキンゼーで勤務し、またINSEADにて経営学修士の資格を取得した。

下院議員当選後から党首就任まで[編集]

1987年イギリス総選挙において下院議員に立候補するも落選する。しかし、1989年の補欠選挙で初当選する。1990年より複数の大臣の議会秘書官を経て、1995年からウェールズ大臣を務める。同大臣在職当時ウェールズ省の職員だったフィオナ・ジェンキンスと知り合い、後に結婚する。

1997年イギリス総選挙において保守党は労働党に敗れ、首相のジョン・メージャー党首は辞任を表明した。ヘイグは党首選に立候補し、ケネス・クラーク英語版マイケル・ハワードらの保守党の大物議員を破り、36歳にして党首となる。

党首辞任からバックベンチャーへ[編集]

2001年イギリス総選挙において保守党は再び敗北し、ヘイグはその責任を取って辞任する。保守党党首としては、オースティン・チェンバレン以来の首相未経験の党首となった。

党首辞任後は役職に就かず、バックベンチャーになる。また、執筆・講演活動を開始した。特に文才は際立っており、2004年に出版したウィリアム・ピット(小ピット)の伝記は翌年の英国ブックアワード (British Book Awardsの歴史部門を受賞、2007年には奴隷廃止活動家のウィリアム・ウィルバーフォースの伝記を上梓した。この時期、ヘイグは下院議員のうちで最も収入のある議員と言われ、年に100万ポンドを稼いだこともあった。

フロントベンチに復帰[編集]

2005年イギリス総選挙において保守党は3度敗北し、マイケル・ハワード党首は辞任を表明、同年10月から12月にかけて党首選が行われた。ヘイグはデービッド・キャメロン候補を支持する。党首選の結果、そのキャメロンが当選し、ヘイグは影の外相兼筆頭大臣(副党首格)に任命される。保守党が第一党に返り咲いた2010年イギリス総選挙でも当選、その後の自由民主党との政権協議で党の交渉団を代表した。交渉は成立し、保守・自民党連立政権の発足に伴い、ヘイグはキャメロン内閣において外務・英連邦大臣に指名された。

2014年7月に辞任する事をツイッターで表明して外務・英連邦大臣を辞任し、代わって庶民院院内総務に就任した[2]

2015年10月9日に一代貴族として「ノースヨークシャー州リッチモンドの,リッチモンドのヘイグ男爵(Baron Hague of Richmond, of Richmond in the County of North Yorkshire)」に叙された[3]

意見・思想[編集]

トルコのEU加盟[編集]

EUには準加盟の制度は無いが、EUとトルコとの関係を考える上でEUに新しい制度が必要だろうと考えている[4]

キプロスとフランスはトルコのEU加入交渉に反対し続けている。だが2015年欧州難民危機において多くの難民が欧州に流入し、2016年には2015年よりも状況が悪くなりそうであるためEUとトルコが協調して対応にあたることが必要になっている。(そしてその協調作業は現実的観点から様々な点で実効性に乏しいが、難民問題を解決するために)EUはトルコとの将来的な関係を見直していく必要がある[4]

トルコをEUの準加盟国とし、共通市場として貿易は行うが人の移動は制限すべきとする見解を示している。この場合トルコは「緊密化していく欧州連合」には加わらない[4]

ドナルド・トランプ[編集]

ドナルド・トランプは畏怖の念を与える候補者だと形容している[5]

トランプは女性を不快にさせる姿勢をとり、しばしば対立候補者を侮辱し、メキシコなど他国に高圧的な態度をとるにもかかわらず、何百万という有権者がトランプに投票している。

トランプは、韓国と日本はアメリカに頼るのでは無く、核兵器を保持するべきであり、アメリカはNATOへの支出を止めるべきと述べた。トランプは西洋の安全保障システムの破壊を支持していることになる。だがトランプの政策の支持者らは、アメリカに気を遣わない国々を防衛するための多額の軍事費を拠出することに辟易している。

また外務・英連邦大臣としてNATOの会合に出席していた時、アメリカの将官らが口々にアメリカの財政負担の大きさを懸念していた。東西冷戦時代にはNATO加盟国の防衛費の6割をアメリカが負担していたが、(ヘイグが外務・英連邦大臣時代には)75パーセントにまで上昇していた。トランプへの支持はアメリカが(軍事財政的)戦略的転換をする初期の兆候かも知れない[5]

トランプのもう一つの主要な政策は貿易についての保護主義だ。

トランプは、中華人民共和国メキシコからの輸入品に関税をかけることや新たな貿易協定を破棄することを望んでいる。これはアメリカの商品への報復行為・消費者が困るような価格上昇・そして世界経済のさらなる低成長をもたらすだろう。イギリスにとっても打撃のはずだ。だがトランプの支持者はそのようには考えない。彼らは世界に向けてメッセージを送っているのだ。

アメリカのような何百万という雇用が作り出されている国でも新しいデジタル経済から阻害され生活水準が停滞している人々がいるということを。

30年に渡る政治経験をもつヘイグは、「有権者がおかしな投票行動をとっている場合、実際には有権者は何かを言いたいのだ」と述べる[5]。もし各国首脳がトランプが支持されている理由を理解できなければ、それら首脳らにとっての大きな過ちとなるだろう。

デービッド・キャメロン[編集]

ヘイグの政権内での仕事仲間の中でも最も理性的な人物がデービッド・キャメロンであるかも知れない。連立政権を維持するという神経を使う仕事への適性・常に野党をなだめて説得し期待以上の合意を得るという能力・そして才能ある新たな人材(特に女性)を受け入れようと保守党をオープンにしたこと。キャメロンのこれらの能力によって保守党は成功し続け、野党から安定した政権与党になった[6]

キャメロンは忍耐強さと理性的な決断を下せる能力を持ちあわせた人物であり、舵取りが難しい時代にイギリスがそのような人物によって導かれたことは幸運だったと述べている[6]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 旭日大綬章に坂本剛二氏ら=俳優の大村崑さん小綬章-秋の叙勲 時事通信 2017年11月3日
  2. ^ “ヘイグ英外相が辞任、大規模内閣改造で”. (2014年7月15日). http://www.afpbb.com/articles/-/3020581 2014年7月28日閲覧。 
  3. ^ Crown Office”. The Gazette 13 October 2015. 2020年5月5日閲覧。
  4. ^ a b c Will Turkey's EU relationship be a model for sceptical Britain?W. Hague, The Daily Telegraph, 7 Mar 2016
  5. ^ a b c Donald Trump is speaking harsh truths, and the world needs to listenW. Hague, The Daily Telegraph, 7 Apr 2016
  6. ^ a b In David Cameron, Britain has lost a truly great prime minister W. Hague, The Daily Telegraph, 24 Jun 2016
公職
先代:
ピーター・マンデルソン
イギリスの旗 イギリス
筆頭国務大臣

2010年5月11日 - 2015年5月8日
次代:
ジョージ・オズボーン
先代:
アンドルー・ランズリー英語版
イギリスの旗 庶民院
院内総務

第92代:2014年7月14日 - 2015年5月8日
次代:
クリス・グレイリング
先代:
デイヴィッド・ミリバンド
イギリスの旗 外務・英連邦大臣
第16代:2010年5月11日 - 2014年7月15日
次代:
フィリップ・ハモンド
先代:
リアム・フォックス
イギリスの旗 イギリス
影の外務大臣

2005年12月6日 - 2010年5月11日
次代:
デイヴィッド・ミリバンド
先代:
ジョン・メージャー
イギリスの旗 イギリス
野党第一党党首

1997年 - 2001年
次代:
イアン・ダンカン・スミス
先代:
デイヴィッド・ハント英語版
イギリスの旗 イギリス
ウェールズ大臣

1995年7月5日 - 1997年5月2日
次代:
ロン・デイヴィス英語版
議会
先代:
レオン・ブリタン
リッチモンド選出イギリス下院議員
1989年2月23日 - 2015年3月30日
次代:
リシ・スナック
党職
先代:
ジョン・メージャー
保守党党首
第17代:1997年6月19日 - 2001年9月13日
次代:
イアン・ダンカン・スミス