ウォルター・T・カールトン

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ウォルター・T・カールトン(1891年)

ウォルター・テニー・カールトン: Walter Tenney Carleton1867年12月24日 - 1900年7月6日)はアメリカ合衆国の実業家。日本電気創業者の1人。日本電気は日本で最初の海外資本との合弁会社であった。

子供時代[編集]

1867年12月24日マサチューセッツ州エヴァレット(当時は South Malden)にて Isaac Newton Carleton と Laura Tenny Carlton の間に生まれた。コネチカット州ニューブリテンにある公立学校に入学。1884年、マサチューセッツ州ブラッドフォード(現在はハーバーヒルの一部)にある Carleton School for Boys に入学。1885年、ブラッドフォードにある First Church に参加。ダートマス大学に進学して男性合唱団に加わり、St. Thomas Episcopal Church と Rollins Chapel の聖歌隊で歌った。Kappa Kappa Kappa 友愛会と Sphinx Society にも入会した。1891年、学士号を得て卒業。

家族[編集]

両親は Isaac Newton Carleton と Laura Tenny Carleton である。兄弟の名は Theodore、姉妹は Clara と Grace の2人であった。Grace はニュージャージー州選出の上院議員 John F. Dryden の息子 Forrest F. Dryden (後のプルデンシャル社長)と結婚した。ウォルターは1895年12月31日、ブルックリンの St. John's church で Enriqueta Navarro D'Hamel と結婚した。結婚後はニューヨーク市内に転居。1人息子の Charles Dubois Carleton は1899年1月7日横浜市で生まれた。これは彼が妻を伴ってウェスタン・エレクトリックの社用で出張中の出来事だった。

経歴[編集]

ダートマス大学卒業後、彼は短期間だけ母校の Carleton School for Boys で講師を務めた。その後 D.C. Heath and Company というボストンの出版社に3カ月だけ勤務。ウェスタン・エレクトリックに入社したのは1892年である。1897年10月、ウェスタン・エレクトリックの代理人として妻を伴って日本に向かった。当時彼は、ウェスタン・エレクトリックの海外部門のマネージャ Harry B. Thayer のアシスタントだった。Thayer は1896年に東京を訪れ、日本での電話事業が見込みがあると知った。カールトンは日本でのウェスタン・エレクトリックの代理人だった岩垂邦彦に面会した。また、逓信省の主任技師だった大井才太郎とも面会している。1899年、ウォルターは岩垂と前田武四郎と共に日本電気 (NEC) を創業した。彼はウェスタン・エレクトリックを代表してNECの株式を保有し、議決権を行使した。ウェスタン・エレクトリックの保有するNEC株は全株式の54%であった。後にNEC創立の功績に対して日本人側から脇差を送られている。彼がNECに在籍した期間は1897年から1900年だけであった。NECでの仕事を終え、1900年6月2日、アメリカへと船出した。マサチューセッツ州ブラッドフォードに到着したのは1900年6月30日である。ウェスタン・エレクトリックのシカゴ支店長となる予定だった。しかし不運なことに虫垂炎を発症し、1900年7月6日、マサチューセッツ州ハーバーヒルの Hale hospital で手術中に亡くなった。

参考文献[編集]

  • NEC Corporation, NEC Corporation, The First 80 Years, 1984, ISBN 4-931172-01-6.
  • Dartmouth Commencement program (1891).
  • The Dartmouth, Volume 13 (1891-1892).
  • Dartmouth Class Report (1892).
  • Dartmouth College History CD 1447.A2 (1892).
  • Dartmouth Class Report (1893).
  • The Dartmouth, January 31 (1896).
  • The Dartmouth, Volume 19 (1897-1898).
  • The Dartmouth, Volume 22 (1900-1907).
  • Dartmouth 1891 50'th class report (1941).
  • Mrs. H. D. Carleton (1997), Carleton Family Album.
  • Kibataro Oki, Pioneer of Telecommunications Industry (1881-1912)
沖電気工業ウェブサイト(英語版)掲載の文章[1]。本内容は社史『進取の精神 -- 沖電気120年のあゆみ』(2001年)[2]の第1章「電気通信企業化の先駆者・沖牙太郎」の英訳版に当たる。カールトンに関する記述は同章の「2.官営電話事業の成長と競争激化」内「WE社との提携交渉」の節(P23 - 26)にある。