ウラジーミル・ブット

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ウラジーミル・ブット Football pictogram.svg
名前
本名 ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・ブット
ラテン文字 Vladimir Vladimirovich But
ロシア語 Владимир Владимирович Бут
基本情報
国籍 ロシアの旗 ロシア
ドイツの旗 ドイツ
生年月日 1977年9月7日(38歳)
出身地 ソビエト連邦の旗 ノヴォロシースク
身長 178cm
選手情報
ポジション MF
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1992-1994 ロシアの旗 チェルノモレツ・ノヴォロシースク 41 (5)
1995-2000 ドイツの旗 ボルシア・ドルトムント 76 (8)
2000-2003 ドイツの旗 SCフライブルク 67 (7)
2003-2005 ドイツの旗 ハノーファー96 4 (0)
2005 ロシアの旗 シンニク・ヤロスラヴリ 7 (0)
2008 ロシアの旗 チェルノモレツ・ノヴォロシースク 37 (5)
2009 ギリシャの旗 レバディアコスFC 0 (0)
2009-2010 ギリシャの旗 OFIクレタ 3 (0)
代表歴
1999-2000 ロシアの旗 ロシア代表 2 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・ブット(ロシア語: Владимир Владимирович Бут1977年9月7日 - )は、現ロシアクラスノダール地方ノヴォロシースク出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはMF。兄のヴィタリー・ブット(1972年11月16日 - )もサッカー選手であった。

来歴[編集]

クラブ[編集]

1992年にロシア・ファーストディビジョン(2部相当)所属のFCチェルノモレツ・ノヴォロシースクでサッカー選手としてのキャリアを始めた。1994年、17歳の時にブンデスリーガ所属のボルシア・ドルトムントに移籍。1993年9月27日に父親が死去した事も移籍の理由の一つとして語ってる。ボルシア・ドルトムントを率いていたオットマー・ヒッツフェルトはこの時点においてブットを"ダイヤモンドの原石"と述べるなど、ブットはヨーロッパで最も有望な選手の一人とみなされていた。

1996年8月21日、フォルトゥナ・デュッセルドルフ戦でデビューを果たして、そのシーズンは11試合に出場1得点を挙げた。UEFAチャンピオンズリーグ 1996-97ではグループリーグのヴィジェフ・ウッチ戦やステアウア・ブカレスト戦でしか出場しなかったものの、チームはチャンピオンズリーグで優勝を果たし、ロシア人として初めてUEFAチャンピオンズリーグのタイトルを獲得したイーゴリ・ドブロヴォリスキーに続く2番目のタイトル獲得者となった。

しかし、2000年あたりから急激にパフォーマンスが低下して2000年7月から10月まではアマチュアチームに降格させられた。同年、SCフライブルクに移籍をして無難に出場を果たすも2001/02シーズンでチームは降格。2003年にハノーファー96へ移籍をしたが2シーズンで出場したのは4試合に留まった。

2005年5月、母国ロシアのFCシンニク・ヤロスラヴリに移籍して7試合に出場。退団後は長い間、無所属であった。2007年1月にはルーマニアのFCディナモ・ブカレストでトライアルを受けたが不合格となった[1][2]。2008年、地元のFCチェルノモレツ・ノヴォロシースクに移籍して[3]、37試合出場の5得点を記録した。

2008年、現役引退を発表したが、6ヵ月後にギリシャのレバディアコスFCと2年契約をして移籍をした[4]。しかし、レバディアコスFCの監督はブットを使う事を拒否したことから公式の試合には1試合も出場できなかった。2009年9月、ギリシャのOFIクレタに移籍[5]。ここでサッカー選手としてのキャリアを終了させた。

代表[編集]

U-21では7試合に出場。ロシア代表では2試合に出場をした。

代表での出場
# 開催年月日 対戦国 結果 試合概要
1 1999年8月17日 ベラルーシの旗 ベラルーシ 2:0 親善試合
2 2000年2月23日 イスラエルの旗 イスラエル 1:4 親善試合

タイトル[編集]

クラブ[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Владимир Бут — на смотринах в бухарестском «Динамо». // «Спорт-Экспресс», 21 января 2007
  2. ^ Владимир Бут бухарестскому «Динамо» не подошёл // «СЭ». Новости, 27 января 2007
  3. ^ Новости // «Спорт-Экспресс», 15 декабря 2007
  4. ^ Владимир Бут продолжит карьеру в Греции // Чемпионат.ру, 13 июля 2009 года
  5. ^ Владимир Бут покинул «Левадиакос» и перешёл в ОФИ // Чемпионат.ру, 5 сентября 2009 года

参考文献[編集]