ウラディーミル・ユロフスキ (作曲家)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動先: 案内検索

ウラディーミル・ミハイロヴィチ・ユロフスキウクライナ語:Володи́мир Миха́йлович Юро́вський, ロシア語:Владимир Михайлович Юровский, ラテン文字:Vladimir Michailovich Jurowski1915年3月20日ユリウス暦では3月7日) - 1972年1月26日)は、ウクライナ出身のソビエト連邦作曲家

キエフ州タラシチャ出身。11歳より映画館でピアノ伴奏を始める。キエフ音楽院で学ぶと同時に、ウクライナ国立歌劇場指揮者助手を務めた。その後、モスクワ音楽院に入学して、ニコライ・ミャスコフスキーのもとで学んで、1938年に卒業した。

作品にはオペラ『オパナスの語り歌』(1940年)、バレエ『赤い帆』(1942)、5つの交響曲オラトリオカンタータ、そして多くの映画音楽などがある。

1969年にはロシア・ソビエト連邦社会主義共和国人民芸術家の称号を得た。

息子は指揮者のミハイル・ユロフスキ、孫は同名で指揮者のウラディーミル・ユロフスキである。

文献[編集]

  • Storm Bull:Index to biographies of contemporary composers - Vol. II, Metuchen, N.J.: Scarecrow Press, 1974, 567 p.
  • Michel-Dimitri Calvocoressi:A survey of Russian music, Harmondsworth, Middlesex, England: Penguin Books, 1944.
  • Alexandria Vodarsky-Shiraeff:Russian composers and musicians - A biographical dictionary, New York: H. W. Wilson, 1940, 158 p.