エイトクラウン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動先: 案内検索
エイトクラウン
品種 サラブレッド
性別
毛色 栗毛
生誕 1962年4月21日
死没 1981年11月6日
ヒンドスタン
アルペンローザ
母の父 Chamossaire
生国 日本の旗 日本北海道三石町
生産 大塚牧場
馬主 山口昇
調教師 田中康三中京
競走成績
生涯成績 27戦10勝
獲得賞金 2058万50円
テンプレートを表示

エイトクラウンとは日本競走馬繁殖牝馬である。初の牝馬による宝塚記念制覇を成し遂げたことで知られている。

馬齢は当時の基準(数え年)にて説明する。

戦績[編集]

3歳時の1964年8月にデビュー。4戦目の野地菊特別から阪神3歳ステークスまで4連勝。特に阪神3歳ステークスはそれまでのレコードタイムを1秒以上更新する圧勝だった。3歳時の成績7戦5勝で啓衆社賞最優秀3歳牝馬を受賞する。

明け4歳初戦も勝ち5連勝、桜花賞には1番人気に押されたが逃げたハツユキを捕らえられずに4着、オークスでは3番人気もブービーの16着と大敗。秋には牡馬に混じって菊花賞に挑戦するがやはりブービーの17着に終わる。

5歳時は主に中距離レースを中心に走り、6月の鳴尾記念を勝つと次走の宝塚記念にも勝ち[1]、この年(1966年)の啓衆社賞最優秀5歳以上牝馬を受賞する。

1967年1月のオープン特別にて2着に入った後、現役を引退した。

引退後[編集]

生まれ故郷の大塚牧場に戻ったエイトクラウンは、1969年ナオキ(父・サウンドトラック)を産む。このナオキも宝塚記念を制し、宝塚記念史上唯一の母子制覇[2]を果たした。また、1973年に産んだクラウンピラード(父・ダイハード)は、1977年天皇賞において春秋連続2着入線する。この様に、エイトクラウンは繁殖牝馬としても成功を収めている。

馬名について[編集]

馬主・山口昇愛知トヨタ自動車の社長でもあった。この経緯から、同馬には当時販売していた高級乗用車クラウンエイト」をそのまま馬名として日本中央競馬会に申請した。しかし、中央競馬会は「商品と全く同じ名前は馬名として認められない」としてこれを却下。結局、「クラウン」と「エイト」をひっくり返した「エイトクラウン」として馬名申請して受理された。因みに、同馬の1歳年上の半姉はその名もズバリ「トヨタクラウン[3]」だった。

血統表[編集]

エイトクラウン血統ボワルセル系 / アウトブリード (血統表の出典)

*ヒンドスタン
Hindostan 1946
黒鹿毛 イギリス
Bois Roussel
1935
黒鹿毛
Vatout Prince Chimay
Vasthi
Plucky Liege Spearmint
Concertina
Sonibai
1939
鹿毛
Solario Gainsborough
Sun Worship
Udanipur Blandford
Uganda

アルペンローザ
Alpenrosa 1951
栃栗毛
Chamossaire
1942
栗毛
Precipitation Hurry On
Double Life
Snowberry Cameronian
Myrobella
Stargrass
1942
鹿毛
Noble Star Hapsburg
Hesper
Grass Widow Son-in-Law
Silver GrassF-No.2-f
父系
母系(F-No.)
5代内の近親交配
出典

※サブリナチェリー(ジュニアグランプリ、岐阜金賞など笠松重賞4勝)は本馬の甥にあたる。

脚注[編集]

  1. ^ 牝馬として初の勝利で、2005年スイープトウショウが勝つまで唯一の例であった。
  2. ^ 親子制覇に幅を広げるとグラスワンダーアーネストリー親子が史上2例目となるまでは唯一の例だった。
  3. ^ 当時のクラウンは一般的には「トヨペット・クラウン」と呼ばれていた為、特に問題は無かったとされる。