エカテリーナ・マクシーモワ

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エカテリーナ・マクシーモワ, 1972年

エカテリーナ・マクシーモワ: Екатери́на Серге́евна Макси́мова: Ekaterina Sergeevna Maximova1939年2月1日 - 2009年4月28日)は、ロシアバレエダンサー

生涯[編集]

モスクワ生まれ。父親は技師、母親はジャーナリストだった[1]。モスクワ・バレエ学校にてI・ラファイロワ、エリザヴェータ・ゲルトから指導を受ける。バレエ学校を卒業後、1958年から1988年までボリショイ・バレエに在籍して活躍[2]

可憐な容姿に加えて高度な舞踊技巧と演技力を兼ね備え、「ボリショイのベビー・バレリーナ」と呼ばれて人気を集めた[2]。夫である名ダンサー、ウラジーミル・ワシーリエフとは、モスクワ・バレエ学校時代からパートナーを組んで好評を得た[2]

ボリショイのプリマの地位を退いたあとも、ワシーリエフが演出・振付を手がけた 『アニュータ』 (1986年)のタイトルロールを踊って絶賛を得ている。1998年からボリショイのバレエ・ミストレスを務め、S・ルンキナ、A・ニクーリナらを育てた[3]2009年4月28日、モスクワにて急逝[4]

受賞[編集]

動画[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ "МАКСИМОВА Екатерина Сергеевна", Кто Есть Кто, Международный Объединенный Биографический Центр
  2. ^ a b c 『バレエ・ダンサー201』pp.128.
  3. ^ Умерла Екатерина Максимова, «Время новостей». 2009. 29 апреля. № 74.
  4. ^ デイリー・テレグラフによる訃報(英語)

参考文献[編集]

  • ダンスマガジン編 『バレエ・ダンサー201』 新書館、2009年。ISBN 978-4-403-25099-6