エディ・ギャラード

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エディ・ギャラード
Eddie Gaillard
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ニュージャージー州カムデン
生年月日 (1970-08-13) 1970年8月13日(48歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
200 lb =約90.7 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1993年 MLBドラフト13巡目
初出場 MLB / 1997年8月11日
NPB / 2000年4月14日
最終出場 MLB / 1999年10月3日
NPB / 2004年5月22日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ジュリアン・エドワード・ギャラードJulian Edward "Eddie" Gaillard , 1970年8月13日 - )は、アメリカ合衆国ニュージャージー州出身の元プロ野球選手投手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

フロリダサザン大学から1993年MLBドラフト13巡目でデトロイト・タイガースに入団。

タイガース時代[編集]

1997年メジャー初昇格。

デビルレイズ・レッズ時代[編集]

1998年タンパベイ・デビルレイズに、1999年オフにシンシナティ・レッズへ移籍。

中日時代[編集]

2000年のシーズンはじめに、中日ドラゴンズに入団。当初はゲイラードと表記されたが、登録名は本来の発音に近いギャラードとした。前年に引退した宣銅烈の後を継ぐ抑え投手として、150km/hを超える速球を武器に安定した投球を見せ、オールスターゲームにも出場した。
同年は、35セーブを挙げて、史上初めて1年目の外国人投手として最優秀救援投手のタイトルを獲得した。しかし、9月24日の読売ジャイアンツ戦では、マジックが1と迫っていた巨人に4点差から江藤智の満塁本塁打を浴び、続く二岡智宏にはサヨナラ優勝決定本塁打を打たれて敗戦投手となった。

2001年にもオールスターゲーム出場を果たし、2002年には34セーブを挙げ、自身2度目の最優秀救援投手のタイトルを獲得。

2003年4月には148試合目で通算100セーブを挙げる最速記録を樹立した。しかし、6月に阪神甲子園球場での練習中に打球を素手で取ろうとして右手を負傷し、二軍に降格してしまう。負傷から復帰した際、当時の監督である山田久志に「二軍戦で調整登板させる」と告げられた際に「今すぐに一軍で投げられる」と断固拒否、さらに一軍復帰後に「中継ぎで様子を見たい」と言い渡された時も「抑え以外は絶対にやらない」と言い切った。その後、大塚晶則が活躍して抑えに転向した事で首脳陣との対立が決定的なものになり、7月28日にウェイバー公示横浜ベイスターズへ移籍。当時のトレード期限である6月30日を過ぎて移籍した珍しい選手である。岩瀬仁紀郭源治に続いて球団3位の通算112セーブの記録(2009年現在)を残した。

横浜時代[編集]

横浜でも抑えで活躍。移籍直後の8月10日には中日戦でセーブをマークし、史上初の1シーズン2球団セーブを記録した。しかし2004年佐々木主浩が復帰したことで起用法が一定せず、また右を痛め、あまり活躍できなかった。6月に手術のため帰国、そのまま退団。日本通算セーブ数120は、マーク・クルーンに更新されるまで外国人投手として日本球界最高記録であった。

ロッキーズ・マーリンズ時代[編集]

2005年コロラド・ロッキーズマイナー、翌2006年にはフロリダ・マーリンズとそれぞれマイナー契約を結んだものの再びメジャーで登板することはなかった。

引退後[編集]

2006年限りで現役を引退。

選手としての特徴・人物[編集]

150km/hを超すストレートスライダーチェンジアップを投げる。

2000年のオールスターゲームでは、中日の外国人選手ではレオ・ゴメスメルビン・バンチも出場していたが、ギャラードが最初の打者をストレートの四球で歩かせ、次打者にもまったくストライクが入らないのを見かね、残りの2人がタイムを取ってそろってマウンドへ行きギャラードに話しかけるという場面が見られた。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1997 DET 16 0 0 0 0 1 0 1 -- 1.000 88 20.1 16 2 10 2 0 12 0 0 12 12 5.31 1.28
1998 TB 6 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 30 7.2 4 3 3 0 0 5 0 0 5 5 5.87 0.91
1999 8 0 0 0 0 1 0 0 0 1.000 43 8.2 12 1 4 0 1 7 0 0 9 2 2.08 1.85
2000 中日 51 0 0 0 0 1 2 35 -- .333 189 47.0 37 5 13 3 1 52 1 0 14 14 2.68 1.06
2001 47 0 0 0 0 0 1 29 -- .000 181 46.2 34 2 11 1 0 24 1 0 11 11 2.12 0.96
2002 47 0 0 0 0 1 1 34 -- .500 191 47.1 40 3 12 5 3 27 1 0 9 8 1.52 1.08
2003 23 0 0 0 0 2 2 14 -- .500 97 23.0 23 4 7 3 1 21 0 0 14 13 5.09 1.30
横浜 13 0 0 0 0 0 1 8 -- .000 43 12.1 6 2 2 0 0 12 0 0 3 3 2.19 0.65
'03計 36 0 0 0 0 2 3 22 -- .400 140 35.1 29 6 9 3 1 33 0 0 17 16 4.08 1.08
2004 13 0 0 0 0 2 2 0 -- .500 60 13.0 15 3 5 1 2 5 0 0 12 12 8.31 1.54
MLB:3年 30 0 0 0 0 2 0 1 0 1.000 161 36.2 32 6 17 2 1 24 0 0 26 19 4.66 1.34
NPB:5年 194 0 0 0 0 6 9 120 -- .400 761 189.1 155 19 50 13 7 141 3 0 63 61 2.90 1.08
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル[編集]

NPB

表彰[編集]

NPB

記録[編集]

NPB

背番号[編集]

  • 54 (1997年)
  • 28 (1998年 - 1999年)
  • 52 (2000年)
  • 18 (2001年 - 2003年途中)
  • 32 (2003年途中 - 同年終了)
  • 19 (2004年)

脚注[編集]

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関連項目[編集]