エフゲニー・ノビコフ

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エフゲニー・ノビコフ
2013 10 05 12-09Rallye France, Parc assistance Colmar, Evgeny Novikov.JPG
基本情報
国籍 ロシアの旗 ロシア
生年月日 (1990-09-19) 1990年9月19日(28歳)
WRCでの経歴
活動時期 2007年 - 2013年
所属チーム シトロエンフォード
出走回数 49
チャンピオン回数 0
優勝回数 0
表彰台回数 2
ステージ勝利数 15
通算獲得ポイント 173
初戦 2007 ウェールズ・ラリーGB
最終戦 2013 ウェールズ・ラリーGB
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エフゲニー・ノビコフ (Evgeny Novikov1990年9月19日 - ) は、ロシア出身のラリードライバー。

経歴[編集]

モスクワ生まれ。2006年のロシアラリーカップに勝利、2007年にエストニアとロシアの国内選手権で準優勝し、ウェールズ・ラリーGBにおいて世界ラリー選手権に初参戦した。

2008年シーズンは最年少ドライバーとしてプロダクションカー世界ラリー選手権の全6戦に参戦。うち4戦でリタイアを喫し、ポイントを獲得できたのはラリージャパンだけだった。そこではすぐ後ろにユホ・ハンニネンに付かれつつも、最終ステージでサスペンショントラブルにより脱落するまでカテゴリをリードした。最後は新井敏弘の2.9秒前につけ2位となり、8ポイントを獲得。チャンピオンシップランキングは13位だった。

2009年シーズンは 、シトロエンワークスチームのサテライトチームであるシトロエンジュニアチームから参戦。セバスチャン・オジェコンラッド・ローテンバッハがチームメイトとなった。シトロエン C4 WRCをドライブし全12戦中8戦に参戦。第6戦のラリー・イタリア・サルディニアでWRCにおける初のポイントを挙げた。そして次戦ギリシャアクロポリスラリーで初のスペシャルステージ勝利を飾る。彼はタイムシートのトップを制した最初のロシア人かつ最年少のドライバーとなった。

一年の後、2011年シーズン中のラリーメキシコから、ストバート・MスポーツフォードでWRCに復帰した。彼は全13戦中8戦に出場し、12ポイントを獲得し総合17位で終わった。

2012年は、Mスポーツからフル参戦し、ラリー・ド・ポルトガルで初の表彰台を獲得した。ここでは、総合3位でフィニッシュした後、シトロエンのミッコ・ヒルボネンがリザルトから除外されたため、2位に繰り上がった。

2013年シーズンは、マッズ・オストベルグと共にカタール・Mスポーツから参戦した。アクロポリスラリーでは、最初の2つのステージを獲得し序盤をリードしていた。ステージ3の時点ではヤリ=マティ・ラトバラに40秒の差をつけていたが、パンクの影響により8位に後退、初優勝の夢は奪われてしまった。結局ラトバラがこのレースに勝利した。

2014年シーズンは参戦シートの獲得に失敗した。

脚注[編集]

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