エル・ハルコン

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エル・ハルコン
(エル・アルコン)
プロフィール
リングネーム アルゴス[1]
ベンガラ[1]
ダニー・オルティス[1]
エル・ハルコン[1]
ハルコン・ドラダ[1]
ハルコン・オルティス[1]
ホルス・エル・スペル・ハルコン[1]
スペル・ハルコン[1]
本名 ホセ・ルイス・メルチョール・オルティス(José Luis Melchor Ortiz)[1]
ニックネーム 隼仮面[2]
身長 179cm[1]
体重 99kg[2] - 105kg[1]
誕生日 (1947-07-23) 1947年7月23日(71歳)[1]
出身地 メキシコの旗 メキシコシティ[1]
トレーナー アンヘル・ネグロ[1]
セサール・デル・リオ・ギル[1]
ペドロ・ニエベス[1]
デビュー 1968年[1]
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エル・ハルコンEl Halcón、本名:José Luis Melchor Ortiz1947年7月23日 - )は、メキシコ覆面レスラーメキシコシティ出身。母語であるスペイン語での原音に近い表記はエル・アルコンだが、本項では来日時に用いられた表記を使用する。

ヘビー級のエストレージャとして、主にテクニコのポジションで活躍した。実子はスペル・ハルコン・ジュニア[3]。なお、1982年新日本プロレスに来日したエル・ハルコン78は、ハルコンと同じデザインのマスクを被っていたが別人である[4]

来歴[編集]

プロ入り前はレスリング選手として、メキシコシティオリンピックにグレコローマンの82キロ級代表で出場[2]

1968年にプロに転向。ベンガラBengala)、アルゴスArgos)、ダニー・オルティスDanny Ortiz)などのリングネームで活動後[5]1973年より覆面レスラーエル・ハルコンを名乗り[2]1975年9月にメキシコシティにてラウル・レイエスからナショナル・ヘビー級王座を奪取(以降、ハルコン・オルティス、スペル・ハルコン名義を含め、1987年までに同王座を5回獲得)[6]

長らくミル・マスカラスと抗争を繰り広げるが、1977年7月29日にコントラ・マッチでマスカラスに敗れ素顔になっている[7](その後、翌1978年2月にエル・ハルコン78が本家のハルコンにあやかり、同じデザインのマスクを被ってデビューしている[4])。

マスカラスとのコントラ・マッチに敗退後、ハルコン・オルティスHalcon Ortiz)の名で素顔のテクニコとして活動。1978年4月21日、アレナ・メヒコにて当時のNWA世界ヘビー級王者ハーリー・レイスに挑戦[8][9]1979年3月には、当時「パク・チュー」のリングネームでメキシコ遠征中だった新日本プロレス木村健吾とも対戦した[9]

その後も素顔で活躍していたが、1984年5月15日にシエン・カラスとのコントラ・マッチに敗れ髪の毛を切られたことを機に、スペル・ハルコンSuper Halcon)と名乗って新しいマスクマンに再変身[7]1989年4月23日、エル・ラヨ・デ・ハリスコ・ジュニアとのコントラ・マッチに敗れてからは、再び素顔となった[7]

1992年からは、長く主戦場としていたEMLLを離れてAAAに移籍。引退後の2009年7月24日には、メキシコシティで行われたイベント "Lucha Libre Expo 2009" にミル・マスカラス&ドス・カラスのマスカラス・ブラザーズとのトリオで出場した[9]

メキシコ国外での活動[編集]

日本には1978年8月、全日本プロレスの『第2次サマー・アクション・シリーズ』に来日。前年にミル・マスカラスとのコントラ・マッチに敗退していた当時、すでにメキシコでは素顔で活動していたものの、日本へは覆面レスラーとして登場し、同時来日していたマスカラスとの抗争を再現した。8月31日には大阪府立体育館にてマスカラスの持つALLL(Alianza Latinoamericana de Lucha Libre)ヘビー級王座に挑戦したが奪取ならず[2]。9月13日には愛知県体育館にて再びコントラ・マッチで対戦するも、またも敗退し日本でも覆面を剥がされている[2]

アメリカNWA圏でも実績を残しており、1978年から1980年にかけて、メキシコ系人口の多いロサンゼルステキサスベビーフェイスのマスクマンとして活動。ロサンゼルスでは1978年2月24日、チャボ・ゲレロと組んでロン・バス&ドクター・ヒロ・オオタからNWAアメリカス・タッグ王座を奪取した[10]。同地区のトップ・ヒールだったムーンドッグ・ロニー・メインとも抗争を繰り広げ、同年4月7日にはメインの保持していたNWAアメリカス・ヘビー級王座に、自身のマスクとメインの髪の毛を賭けたコントラ・マッチで挑戦している(メインのセコンドに付いていたロン・バスに試合中に覆面を剥ぎ取られ反則勝ち)[11]。ロサンゼルスには、スペル・アルコンに変身後の1987年にもメキシコ版WWAの興行に出場しており、同年8月にティニエブラスを下しWWA世界ヘビー級王座を獲得した[12]

フリッツ・フォン・エリックが主宰していたテキサスのダラス地区では、1979年下期に大型マスクマンのザ・スポイラーを相手に、同地区のフラッグシップ・タイトルだったNWAアメリカン・ヘビー級王座を巡る覆面レスラー同士の抗争を展開[13]。タッグではホセ・ロザリオとのメキシカン・コンビで活躍し、1979年6月1日にスポイラー&マーク・ルーインを破りNWAアメリカン・タッグ王座を獲得した[14]。同王座は翌1980年8月にも、若手時代のケリー・フォン・エリックと組んでミスター・ヒト&ミスター・サクラダの日本人コンビから奪取している[14]。同年8月1日にはジノ・ヘルナンデスを破り、NWAアメリカン・ヘビー級王座への2度目の戴冠も果たした[13]

得意技[編集]

獲得タイトル[編集]

EMLL
  • ナショナル・ヘビー級王座 : 5回[6]
NWAビッグタイム・レスリング
NWAハリウッド・レスリング
WWA
  • WWA世界ヘビー級王座 : 1回[12]
その他
  • メキシコ北米タッグ王座 : 1回(w / シクロン・ベロス・ジュニア)[5]
  • アレナ・メヒコ・タッグ王座 : 1回(w / エル・ソリタリオ[5]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s Super Halcon - 英語
  2. ^ a b c d e f 『全日本プロレス 来日外国人選手 PERFECTカタログ』P59(日本スポーツ出版社
  3. ^ Wrestlers Database: Super Halcon Jr.”. Cagematch.net. 2013年6月30日閲覧。
  4. ^ a b 『新日本プロレス 来日外国人選手 PERFECTカタログ』P73(日本スポーツ出版社)
  5. ^ a b c El Halcon Lucha Wiki - 英語
  6. ^ a b National Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2013年6月30日閲覧。
  7. ^ a b c Wrestler Profiles: El Halcon”. Online World of Wrestling. 2013年6月30日閲覧。
  8. ^ The Records of NWA World Heavyweight Championship Matches 1978”. Wrestling-Titles.com. 2013年6月30日閲覧。
  9. ^ a b c Matches of El Halcon”. Cagematch.net. 2013年6月30日閲覧。
  10. ^ a b NWA Americas Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2013年6月30日閲覧。
  11. ^ 『Gスピリッツ Vol.37』P101(2015年、辰巳出版、ISBN 4777815862)
  12. ^ a b WWA World Heavyweight Title (Mexico version)”. Wrestling-Titles.com. 2013年6月30日閲覧。
  13. ^ a b c NWA American Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2013年6月30日閲覧。
  14. ^ a b c NWA American Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2013年6月30日閲覧。