エロイ・ロハス

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はロハス第二姓(母方の)はレアンドロです。
エロイ・ロハス
基本情報
本名 エロイ・ダビィド・ロハス・レアンドロ
Eloy David Rojas Leandro
階級 フェザー級
国籍 ベネズエラの旗 ベネズエラ
誕生日 (1967-03-25) 1967年3月25日(51歳)
出身地 カラカス
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 47
勝ち 40
KO勝ち 28
敗け 5
引き分け 2
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エロイ・ロハスEloy Rojas、男性、1967年3月25日 - )は、ベネズエラプロボクサーカラカス出身。元WBA世界フェザー級王者。帝拳プロモーションマネージメント契約選手でもあった。

来歴[編集]

1986年12月12日、プロデビュー(4回判定勝ち)。

1988年8月27日、10戦目でベネズエラフェザー級王座獲得。

1989年7月7日、13戦目でWBAラテンアメリカフェザー級王座獲得。

1990年東京帝拳プロモーションとマネージメント契約を締結し、日本のリングに3度登場。

1991年9月14日、23戦目で世界初挑戦。敵地でWBA世界フェザー級王者朴永均韓国)に挑むが、12回判定負けで王座獲得ならず。

1993年5月7日、WBAラテンアメリカフェザー級王座再獲得。8月7日には初防衛に成功。

1993年12月4日、世界再挑戦。再び韓国に渡り、朴と再戦。12回判定勝ちを収め、29戦目で念願の世界王者に輝いた。翌1994年3月19日の初防衛戦では神戸浅川誠二と対戦し、5回TKO勝ち。1995年5月27日の4度目の防衛戦では前王者・朴を12回判定で返り討ち。続く8月13日の5度目の防衛戦では福岡平仲信敏と対戦し、ダウンを奪われながらも12回判定勝ちを収め、その後、6度目の防衛にも成功。

1996年5月18日、7度目の防衛戦で元世界2階級王者ウィルフレド・バスケスプエルトリコ)と対戦し、11回TKO負け(自身初のKO負け)。王座から陥落した。この試合以降、3年間リングから遠ざかる。

復帰後は2004年3月19日にWBCカリビアンスーパーライト級王座を獲得したものの、その後はWBA中米ライト級ならびにNABF北米スーパーライト級王座に挑戦しいずれも失敗。2005年引退した。

獲得タイトル[編集]

関連項目[編集]

前王者
朴永均
WBA世界フェザー級王者

1993年12月4日 - 1996年5月18日

次王者
ウィルフレド・バスケス