オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
検索に移動
ビートルズ > ビートルズの作品 > オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ
ビートルズ > ビートルズの曲名一覧 > オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ
オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ
ビートルズシングル
初出アルバム『ザ・ビートルズ
B面
リリース
規格 7インチシングル
録音
ジャンル
時間
レーベル アップル・レコード
作詞・作曲 レノン=マッカートニー
プロデュース ジョージ・マーティン
チャート最高順位
後述を参照
ビートルズ 日本 年表
ビートルズ シングル U.S. 年表
  • オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ b/w ジュリア
  • (1976年)
ザ・ビートルズ 収録曲
グラス・オニオン
(A-3)
オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ
(A-4)
ワイルド・ハニー・パイ
(A-5)
ミュージックビデオ
テンプレートを表示

オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」(英語: Ob-La-Di, Ob-La-Da)は、ビートルズの楽曲である。1968年に発売された9作目のイギリス盤オリジナル・アルバム『ザ・ビートルズ』に収録された。レノン=マッカートニー名義となっているが、ポール・マッカートニーによって書かれた楽曲[4][5][6]。ビートルズ活動期のイギリスやアメリカではシングル・カットされなかったが、オーストラリア、日本、ニュージーランド、スイス、西ドイツなどの国ではシングル・カットされ、各国のシングルチャートで第1位を獲得した。解散から6年後にアメリカでもシングル・カットされ、Billboard Hot 100で最高位49位を獲得した[7]

マッカートニーは、イギリスのクラブで聴いたスカのレコードに触発されて本作を書いており、タイトルにも使用されたフレーズは、ナイジェリアのコンガ奏者、ジミー・スコットが口にしていた言葉を流用したもの。スコットはレコーディングにも参加してコンガを演奏したが、リリース版には含まれておらず、スコットが参加した初期のバージョンは1996年に発売された『ザ・ビートルズ・アンソロジー3』に収録された。

楽曲の発表後、多数のアーティストによってカバーされ、このうちスコットランドのグループ、マーマレード英語版によるカバー・バージョンが、1969年に全英シングルチャートで第1位を獲得した[8][9]

背景・曲の構成[編集]

マッカートニーは、1968年2月4日に他のバンド名と共にインドリシケーシュに訪れていた時期に「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」を書き[10][11]、同地で行われた合唱会で演奏した[1]。当時についてマッカートニーは「巡回映画がやってきたから、僕らはみんな瞑想のキャンプから、行列を作ってジャングルの一本道を歩いた。僕のギターで『オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ』を歌ったんだけど、とても楽しかった」と振り返っている[1]。音楽評論家のイアン・マクドナルド英語版は「マッカートニーのジャマイカのスカの作風にかなり近似した素晴らしい楽曲」と評している[12]

歌詞は「市場に勤めるデズモンド・ジョーンズが、バンドで歌手をしているモリーと恋をして結婚する物語」を歌ったもので、後に発表された「マックスウェルズ・シルヴァー・ハンマー」に似た形式で物語を展開させている[1]。マッカートニーは「とても僕らしい曲。デスモンドとモリーという実在しないカップルに関するファンタジーだからね。僕は名前にも力を入れている。デスモンドというのはとてもカリブっぽい名前だ」と語っている[1]。デスモンドは、レゲエのデスモンド・デッカーに由来している[13]

タイトルおよび歌詞に登場する「Ob-La-Di, Ob-La-Da」というフレーズは、マッカートニーの知人であるナイジェリア人のコンガ奏者、ジミー・スコットがよく口にしていたフレーズを流用したもの[14][15][1]。マッカートニーは「ジミーとは、よくロンドンのクラブで顔を合わせていた。会うたびに彼は『Ob-la-di, Ob-la-da, life goes on, bra(オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ、人生続くよ、ブラ)』と口にしていた[16]。後でそのお礼がわりに小切手を送った。曲は全部僕が書いて、いっさい彼の助けは借りてないけど、あれは彼の言い回しだったから」と語っている[1]。なお、スコットは著作権をもとにマッカートニーに金銭を要求したが[17]、マッカートニーはこれを拒否し、後にある事件でスコットが逮捕された際に、マッカートニーが多額の法廷費用を負担するのと引き換えに金銭の要求を取りやめたというエピソードも残っている[18]

レコーディング[編集]

インドからの帰国後、1968年5月にビートルズのメンバーは、イーシャーにあるジョージ・ハリスンの自宅に集まった[19][20]。ハリスンの自宅では、次のアルバムのセッションに向けたデモ音源が27曲録音され、「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」もそのうちの1曲だった[21]。デモ音源はマッカートニーのアコースティック・ギターの弾き語りとなっている。

1968年7月3日にEMIスタジオの第2スタジオでレコーディングが開始された[1]。最初のセッションでは7テイク録音され、いずれのテイクもアコースティック・ギターを主体としたアレンジとなっている[1]。なお、セッション途中ではエヴァリー・ブラザーズの「バイ・バイ・ラヴ英語版」が短く演奏された[1]

7月5日にレコーディングされたテイク5では、トラック3に3本のサクソフォーンとスコットが叩くコンガがオーバー・ダビングされた[1]。同日の夜に、トラック2にピッコロがレコーディングされたが、後にアコースティック・ギターで引いたベースのパートが追加された際に消去された[1]。これについて、マッカートニーは「僕らのトリックの1つに、アコースティック・ギターのレベルを思いっきり上げてレコーディングするという手法があった。そうするとメーターの針はずっと赤に触れたままで、弾くたびに思いっきりそっちに揺れて、アコースティックがエレクトリックみたいな音で返ってくるんだ。といっても歪みすぎることなく、オリジナルの音をいい具合にいじってくれて、ホットな音にしてくれるんだ」と語っている[1]

7月8日に新たなアレンジでのレコーディングが開始された[22][1]。この日のセッションで、ジョン・レノンピアノにスイッチしており、マッカートニーは「ピアノの前に座ったとたん、ジョンはブルー・ビート風のイントロを弾いた。そのおかげで僕らも刺激を受けて、曲全体ががらりと雰囲気を変えた。スタジオで僕ら2人が、とびっきりの時間を過ごしたのを覚えている」と振り返っている[1][注釈 1]。この日にレコーディングされた中からテイク12がベストとされ、別の4トラック・レコーダーにリダクションされたのち、トラック3と4にボーカルが加えられてテイク13となった[1]。しかし、この日のセッション終了後にラフ・ミックスを受け取って聴き直したマッカートニーは、翌日のセッションで再びリメイクすることを決めた[12][1]

7月9日に新たなベーシック・トラックがレコーディングされた[1]。この日のテープ・ボックスには、曲名の後に「Re-remake」と表記され、再びレコーディングをする際にレノンは「みんな、失敗しないでくれ!」と懇願し、そのままドイツ語でカウントを取った[1]。テイク21のトラック1にドラムス、アコースティック・ギター、ピアノ、トラック2に音を歪ませたアコースティック・ギターで弾いたベースのパートとスネアドラム、トラック3と4にボーカルが録音された[1]。しかし、ここで、前日のベーシック・トラックの方が出来が良かったと判断され、前日のテイクを4トラックにまとめたミックスがテイク22として作成され、テープをコピーしてテイク23が作成された[1]

7月11日にサクソフォーン、ベースパーカッション、リード・ボーカルとバッキング・ボーカルが録音された[1]。本作のボーカルの録音に際して、プロデューサーのジョージ・マーティンがマッカートニーに対して歌唱法に関する提案をしたが、マッカートニーが「だったらこっちに来て歌ってみろよ」と返した[24]。このやりとりを見たエンジニアのジェフ・エメリックが「クライ・ベイビー・クライ」のレコーディング途中で帰ってしまったというエピソードが残っている[25][24][26]

なお、4番のヴァースにて「デズモンドとモリーが逆になり、モリーが子供たちと一緒に市場で働き、デズモンドが化粧をしてバンドで歌う」と歌われているが、これはマッカートニーが間違って逆に歌ってしまい[注釈 2]、録り直そうとしたところレノンが「この方が面白い」と発言してそのままにしたと言われている[6][27]

同じく『ザ・ビートルズ』に収録のハリスン作の「サボイ・トラッフル」には、「We all know Ob-la-di-bla-da, but can you show me where you are?(みんな、オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダは知ってるけど、教えてくれないか、きみはどこにいるんだい?)」というフレーズがある[28]。音楽ジャーナリストのロバート・フォンテノットは、レノンと同様に、ハリスンも本作を嫌っていることから「マッカートニーの歌に対する、ハリスンなりの意見」と見ている[4]

リリースとライブでの演奏[編集]

1976年にアメリカで発売されたシングル盤のピクチャースリーブ

「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」は、1968年11月22日にオリジナル・アルバム『ザ・ビートルズ』のA面4曲目に収録された[29][30]。「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」ともにアルバムで人気の高い楽曲の1つとされており、マッカートニーはこの2曲をシングルとして発売することを望んでいたが[31]、他のメンバーによって拒否されたため[32]、当時のイギリスやアメリカではシングル・カットされることはなかった[33]。一方で日本、ドイツ、フランス、イタリア、オランダ等の国では、1969年にシングル・カットされた[注釈 3]。解散から6年後の1976年にアメリカでも「ジュリア」とのカップリングで発売された[34]。1996年に発売された『ザ・ビートルズ・アンソロジー3』には、スコットがコンガで参加したテイク5が収録され[35]、2018年に発売された『ザ・ビートルズ (ホワイト・アルバム)〈スーパー・デラックス・エディション〉』のCD3にはハリスンの自宅でレコーディングされたデモ音源、CD4にはテイク3が収録された[1]

本作は、2009年にマッカートニーが行ったヨーロッパツアーのハンブルク公演(12月2日)で、初めてライブ演奏された[36]。以降、2012年のクイーンズ・ダイヤモンド・ジュビリー・コンサート、2013年から2015年にかけて行われた「アウト・ゼアー」ツアーのサンフランシスコ公演、2016年から2017年にかけて行われた「ワン・オン・ワン」ツアー、2018年のグランド・セントラル駅でのライブでも演奏された。

評価[編集]

「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」は、1968年から1969年にかけてドイツ[37]、オーストラリア、スイス、オーストラリア、日本のシングルチャートで第1位を獲得し[33]、1969年にレノンとマッカートニーは本作でアイヴァー・ノヴェロ賞を受賞した[33]。レコードは5万枚超の売り上げを記録し、ゴールドディスクの対象ともなった[38]

レコード・ミラー英語版誌は、「アルバムの中で最も軽快で最高のトラック」と評し、楽曲中のピアノとドラムスのサウンドを称賛し[39]ニューヨーク・タイムズニック・コーン英語版は「偽者のウェスト・インディーズ。オリジナルに負けていて、陳腐に聴こえる」[40]と評した。バンドメイトであるレノンも「ポールのおばあちゃんソング」と酷評しており、2004年にインターネット上で行われた「50 Worst Songs Ever!」という投票において1位を記録している[41]。しかしながら、2019年にドイツのマックス・プランク研究所は、1958年から1991年までに発表された700曲で使用されている8万通りの異なるコード進行を対象に、機会を駆使してその直前に使用されているコードと比較していかに「驚きをもたらしているか」を点数化する実験結果から、本作が「史上最も完璧なポップ・ソング」であると発表している[42]

演奏[編集]

※出典[12][43]

カバー・バージョン[編集]

マーマレードによるカバー[編集]

オブ・ラ・ディ オブ・ラ・ダ
マーマレード英語版シングル
B面 愛の鎖
リリース
規格 7インチシングル
ジャンル ポップ
レーベル コロムビア・レコード
作詞・作曲 レノン=マッカートニー
プロデュース マイク・スミス
チャート最高順位
後述を参照
マーマレード英語版 シングル 年表
  • ウェイト・フォー・ミー・メアリー・アン
  • (1968年)
  • オブ・ラ・ディ オブ・ラ・ダ
  • (1968年)
  • ベイビー・メイク・イット・スーン
  • (1969年)
ミュージックビデオ
「Ob-La-Di, Ob-La-Di」 - YouTube
テンプレートを表示

ビートルズがイギリスやアメリカで「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」をシングル・カットしなかったことから、様々な国で本作のチャート入りを目標にカバー・バージョンが制作された[4]。そんななか、1968年11月にシングル盤として発売されたマーマレード英語版のカバー・バージョンは、全英シングルチャートで第1位を獲得し、本作のカバー・バージョンで最もヒットした作品となった[46][47][9]

マーマレードによるカバー・バージョンは、イギリスで約50万枚、1969年4月までに全世界で100万枚の売り上げを記録した[48]。シングルのプロモーションのために出演したBBC Oneの『トップ・オブ・ザ・ポップス』では、メンバー5人のうち4人がキルトを着用し、イギリス生まれのドラマーはイギリス陸軍の制服を着用した[49]

その他のアーティスト(世界)[編集]

その他のカバー・バージョン(日本)[編集]

みんなのうた
オブラディ オブラダ
歌手 フォーリーブス
作詞者
作曲者 ジョン・レノン/ポール・マッカートニー
編曲者 玉木宏樹
映像 アニメーション&実写(合成)
映像制作者 田名網敬一
初放送月 1974年8月 - 9月
再放送月
その他 2012年に『発掘SP』で放送。
テンプレートを表示

日本ではいくつか日本語詞でのカバー・バージョンが存在する。

1969年にはザ・カーナビーツがカバーした(訳詞:漣健児)。カーナビーツ版では主人公の「デズモンド」と「モリー」の名前が「太郎」と「花子」に置換されている。

1974年にはNHKの『みんなのうた』で取り上げられ、この時はフォーリーブスが歌った(訳詞:黒木宏)。但し、フォーリーブスの歌唱版は未発売。フォーリーブス版のカバーで発売されているものには、日本コロムビア版のMoJo & ひまわりキッズが歌ったもの、高橋秀幸 & 宮本佳那子が歌ったもの、ポニーキャニオン版のよしむらくにお & 杉並児童合唱団が歌ったもの、日本クラウン版のクラウン少女合唱団が歌ったもの、ビクターエンタテインメント版の田中星児が歌ったもの、ボニージャックスが歌ったものなどがある。なお再放送は1975年10月 - 11月のみだったが、「みんなのうた発掘プロジェクト」で映像が提供され、2012年の『みんなのうた発掘スペシャル』で37年ぶりに再放送、そして2013年4月6日と5月4日放送の『みんなのうたリクエスト』でも再放送。

1975年の『第26回NHK紅白歌合戦』では、佐良直美が歌った[61]。歌詞は『紅白歌合戦』用の独自の日本語詞であった。

また、フォーリーブス版では最後の一節("And if you want some funー")がカットされており、他のカバーでも省かれていることが多い。

1988年にはEARTHSHAKERが、ビートルズのトリビュート・アルバム『抱きしめたい』でカバーした[62]

チャート成績[編集]

ビートルズ版[編集]

マーマレード版[編集]

チャート(1968年 - 1969年) 最高位
オーストリア (Ö3 Austria Top 40)[76] 1
ノルウェー (VG-lista)[77] 1
スイス (Schweizer Hitparade)[78] 2
UK Record Retailer Chart[9] 1

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ イントロのピアノのフレーズについては、「マリファナの影響[12]」とする説や、「収録の際にマッカートニーから度重なる録り直しを要求されて嫌気がさしたレノンがトランス状態でやってきて、力任せに弾きなぐったもの」とする説が存在している[23]
  2. ^ その証拠に、『ザ・ビートルズ・アンソロジー3』や『ザ・ビートルズ (ホワイト・アルバム) スーパー・デラックス・エディション』に収録されているアウトテイクでは、3番の歌詞の繰り返しになっている。
  3. ^ B面には「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」を収録。日本では初のアップル・レコードのシングル盤として発売された。英米では『ヘイ・ジュードレボリューション』が初のアップル・レコードからのレコード・リリースであるが、日本ではオデオン・レコードからの移行が完了しておらず初回盤のみオデオンからの発売となっていた。
  4. ^ 2018年に発売された『ザ・ビートルズ (ホワイト・アルバム) 〈スーパー・デラックス・エディション〉』に付属の解説では、「歪ませたアコースティック・ギターで弾いたベース・パート」と記載されている[1]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y White Album 2018, p. 14.
  2. ^ Carlin 2009, p. 172.
  3. ^ Thomas, Stephen Thomas. The Beatles [White Album] - The Beatles | Songs, Reviews, Credits - オールミュージック. 2020年9月15日閲覧。
  4. ^ a b c Fontenot, Robert. “The Beatles Songs: 'Ob-La-Di, Ob-La-Da' - The history of this classic Beatles song”. oldies.about.com. 2013年1月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年9月15日閲覧。
  5. ^ Smith, Alan (February 1972). “Lennon/McCartney Singalong: Who Wrote What”. Hit Parader. https://archive.org/details/JohnLennonInterview1972HitParaderMagazine. 
  6. ^ a b Turner 2012, p. 174.
  7. ^ a b The Hot 100 Chart”. Billboard (1976年12月11日). 2020年9月15日閲覧。
  8. ^ Eder, Bruce. Marmalade | Biography & History - オールミュージック. 2021年1月9日閲覧。
  9. ^ a b c Official Single Chart Top 50”. Official Charts Company (1969年1月22日). 2020年9月15日閲覧。
  10. ^ Miles 1997, p. 419.
  11. ^ Sounes 2010, p. 201-202.
  12. ^ a b c d MacDonald 1998, p. 258.
  13. ^ Pareles, Jon (2006年5月27日). “Desmond Dekker, 64, Pioneer of Jamaican Music, Dies”. The New York Times Company. 2020年9月15日閲覧。
  14. ^ Spitz 2005, p. 753.
  15. ^ Turner 2012, p. 173.
  16. ^ Turner 2012, p. 173-174.
  17. ^ Sulpy & Schweighardt 1997, pp. 33, 153.
  18. ^ Turner 2005, p. 174-175.
  19. ^ MacDonald 1998, p. 243-244.
  20. ^ Womack 2014, p. 299.
  21. ^ Miles 2001, p. 299.
  22. ^ Winn 2009, p. 185.
  23. ^ バビアック, アンディ『Beatles Gear 日本語翻訳版』坂本信(訳)、リットーミュージック、2002年、222頁。ISBN 978-4845607983。
  24. ^ a b Lewisohn 2005, p. 143.
  25. ^ Gerard, Chris (2016年2月18日). “The Glorious, Quixotic Mess That Is the Beatles' 'White Album'”. PopMatters. 2020年9月15日閲覧。
  26. ^ Sounes 2010, p. 217-218.
  27. ^ ディーン, ジョニー『ザ・ベスト・オブ・ザ・ビートルズ・ブック 日本語翻訳版』平林祥・新井崇嗣・上西園誠(訳)、リットーミュージック、2005年、220頁。ISBN 978-4845612536。
  28. ^ Roessner 2006, p. 156.
  29. ^ Lewisohn 2005, p. 163.
  30. ^ Miles 2001, p. 314.
  31. ^ Spizer 2003, p. 107.
  32. ^ MacDonald 1998, p. 259.
  33. ^ a b c Womack 2014, p. 684.
  34. ^ Schaffner 1978, p. 188.
  35. ^ Winn 2009, p. 184.
  36. ^ Paul McCartney Says He's Doing All He Can to Fight Global Warming”. WMMR (2009年12月4日). 2011年7月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年9月15日閲覧。
  37. ^ The Beatles Single-Chartverfolgung”. musicline.de. 2013年12月13日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2020年9月15日閲覧。
  38. ^ The Go Set Chart Book, Australia’s First National Charts. Lulu.com. (2018). p. 13. ISBN 978-1-387-71246-5 
  39. ^ [the-beatles-ithe-beatles-white-albumi-apple-2 “The Beatles: The Beatles (White Album) (Apple)”]. Record Mirror. (16 November 1968). the-beatles-ithe-beatles-white-albumi-apple-2. 
  40. ^ Nik, Cohn (1968年12月15日). “A Brito Blasts the Beatles”. The New York Times 
  41. ^ “Beatles classic voted worst song”. BBC News (BBC). (2004年11月10日). http://news.bbc.co.uk/1/hi/entertainment/music/3998301.stm 2020年9月15日閲覧。 
  42. ^ “ビートルズ、“Ob-La-Di, Ob-La-Da”を最も完璧なポップ・ソングとする研究結果が明らかに”. NME Japan (BandLab UK Limited). (2019年11月11日). https://nme-jp.com/news/81274/ 2020年9月15日閲覧。 
  43. ^ Lewisohn 2005, p. 140-142.
  44. ^ Babiuk, Andy. Beatles Gear. p. 221. ISBN 1617130990. http://www.andybabiuksfabgear.com/beatles-gear/ 2017年7月4日閲覧。 
  45. ^ The Marmalade - Ob-La-Di Ob-La-Da / Chains - CBS - UK - 3892”. 45cat. 2020年9月15日閲覧。
  46. ^ Clayson 2003, p. 129-130.
  47. ^ Roberts 2006, p. 351.
  48. ^ Murrells 1978, p. 243.
  49. ^ Clayson 2003, p. 130.
  50. ^ Roberts 2006, p. 51.
  51. ^ Official Singles Chart Top 50”. Official Charts Company (1969年1月1日). 2020年9月15日閲覧。
  52. ^ Sulpy & Schweighardt 1997, p. 178.
  53. ^ The Hot 100 Chart”. Billboard (1969年1月18日). 2020年9月15日閲覧。
  54. ^ Ankeny, Jason. Jazz Swings Pop - Various Artists | Songs, Reviews, Credits - オールミュージック. 2020年9月15日閲覧。
  55. ^ Bailame - Various Artists | Songs, Reviews, Credits - オールミュージック. 2020年9月15日閲覧。
  56. ^ Gallucci, Michael. Humanitarian - Jimmy Cliff | Songs, Reviews, Credits - オールミュージック. 2020年9月15日閲覧。
  57. ^ Jarnow, Jesse. Live Phish, Vol. 13: 10/31/94, Glens Falls Civic Center, Glens Falls, NY - Phish | Songs, Reviews, Credits - オールミュージック. 2020年9月15日閲覧。
  58. ^ The Jukebox Years - Daniel O'Donnell | Songs, Reviews, Credits - オールミュージック. 2020年9月15日閲覧。
  59. ^ ユッスー・ンドゥール / オブラディ・オブラダ”. CDJournal. シーディージャーナル. 2020年9月15日閲覧。
  60. ^ Yesterday [Original Motion Picture Soundtrack] - Original Motion Picture Soundtrack | Songs, Reviews, Credits - オールミュージック. 2020年8月28日閲覧。
  61. ^ NHK紅白歌合戦ヒストリー”. 日本放送協会. 2020年9月15日閲覧。
  62. ^ 抱きしめたい (1988, CD)”. Discogs. Zink Media. 2020年9月15日閲覧。
  63. ^ Go-Set Australian charts - 23 April 1969”. poparchives.com.au. 2020年9月15日閲覧。
  64. ^ Kent, David (2005). Australian Chart Book (1940-1969). Turramurra: Australian Chart Book. ISBN 0-646-44439-5 
  65. ^ "Austriancharts.at – The Beatles – Ob-La-Di, Ob-La-Da" (in German). Ö3 Austria Top 40. 2020年9月15日閲覧。
  66. ^ "Ultratop.be – The Beatles – Ob-La-Di, Ob-La-Da" (in French). Ultratop 50. 2020年9月15日閲覧。
  67. ^ "Ultratop.be – The Beatles – Ob-La-Di, Ob-La-Da" (in Dutch). Ultratop 50. 2020年9月15日閲覧。
  68. ^ Song artist 1 – The Beatles”. Tsort.info. 2020年9月15日閲覧。
  69. ^ "Dutchcharts.nl – The Beatles – Ob-La-Di, Ob-La-Da" (in Dutch). Single Top 100. 2020年9月15日閲覧。
  70. ^ Search NZ Listener > 'The Beatles'”. Flavour of New Zealand. 2020年9月15日閲覧。
  71. ^ "Swisscharts.com – The Beatles – Ob-La-Di, Ob-La-Da". Swiss Singles Chart. 2020年9月15日閲覧。
  72. ^ “Billboard Hits of the World”. Billboard: 67. (15 March 1969). https://books.google.com.au/books?id=zygEAAAAMBAJ&pg=PA67&dq=%22Ob-La-Di+Ob-La-Da%22&hl=en&sa=X&ved=0ahUKEwjpjumGo_rgAhXOZSsKHTwuAZIQ6AEIKjAA#v=onepage&q=%22Ob-La-Di%20Ob-La-Da%22&f=false. 
  73. ^ RPM Top Singles, January 8, 1977”. RPM. Library and Archives Canada. 2020年9月15日閲覧。
  74. ^ Whitburn, Joel (1993). Top Adult Contemporary: 1961-1993. Record Research. p. 25 
  75. ^ Hoffmann, Frank (1983). The Cash Box Singles Charts, 1950-1981. Metuchen, NJ & London: The Scarecrow Press, Inc. pp. 32-34 
  76. ^ "Austriancharts.at – The Marmalade – Ob-La-Di Ob-La-Da" (in German). Ö3 Austria Top 40. 2020年9月15日閲覧。
  77. ^ "Norwegiancharts.com – The Marmalade – Ob-La-Di Ob-La-Da". VG-lista. 2020年9月15日閲覧。
  78. ^ "Swisscharts.com – The Marmalade – Ob-La-Di Ob-La-Da". Swiss Singles Chart. 2020年9月15日閲覧。

参考文献[編集]