オマー・ビスケル

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はビスケル第二姓(母方の)はゴンザレスです。
オマー・ビスケル
Omar Vizquel
ティフアナ・ブルズ 監督
Omar Vizquel on April 26, 2012.jpg
トロント・ブルージェイズでの現役時代
(2012年4月26日)
基本情報
国籍 ベネズエラの旗 ベネズエラ
出身地 首都地区ミランダ州カラカス
生年月日 (1967-04-24) 1967年4月24日(52歳)
身長
体重
5' 9" =約175.3 cm
175 lb =約79.4 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 遊撃手
プロ入り 1984年 アマチュアFA
初出場 1989年4月9日
最終出場 2012年10月3日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督・コーチ歴
国際大会
代表チーム ベネズエラの旗 ベネズエラ
WBC 2006年

オマー・エンリケ・ビスケル・ゴンザレス西: Omar Enrique Vizquel González, 1967年4月24日 - )は、ベネズエラミランダ州カラカス出身の元プロ野球選手遊撃手)。右投両打。2020年シーズンよりメキシカンリーグティフアナ・ブルズで監督を務める。

愛称はリトル・オーLittle O)。

経歴[編集]

プロ入りとマリナーズ時代[編集]

1984年ドラフト外シアトル・マリナーズと契約してプロ入り。

1989年4月3日のオークランド・アスレチックスとの開幕戦にケン・グリフィー・ジュニアと共にメジャーデビュー。「9番・遊撃手」として先発出場するもデーブ・スチュワートらの前に3打数無安打と沈黙し、3回に悪送球でメジャー昇格後初失策を記録した[1]

インディアンス時代[編集]

1993年12月20日にトレードで、クリーブランド・インディアンスへ移籍した[2]。若手の成長で全盛期を迎えつつあったインディアンスにあって、打っては貴重な繋ぎ役として、守ってはロベルト・アロマー1999年 - 2001年在籍)とともに二遊間を形成した。

1993年から2001年にかけて9年連続でゴールドグラブ賞を受賞し、その最中の1999年9月26日から2000年7月21日にかけてリーグ新記録となる95試合連続無失策を達成[3]

2003年オフにはトレードでかつて在籍したマリナーズへの復帰が発表されるが、健康診断で問題が発覚してこのトレードは破棄された。

ジャイアンツ時代[編集]

2004年オフにFAとなり、サンフランシスコ・ジャイアンツに3年1225万ドルで移籍[4]

2005年は8月以降は打率.224と失速したものの、シーズン通してでは打率.271を記録し、5年ぶりの20盗塁以上となる24盗塁を記録し、失策数は2年ぶりの1桁となる8に抑え、5年ぶりのゴールドグラブ賞を受賞。38歳での受賞は遊撃手として最年長記録でもあった[5]

2006年開幕前に開催された第1回WBCベネズエラ代表に選出された[6]

シーズンでは終盤まで打率3割を維持し、2年連続11回目のゴールドグラブ賞を受賞した。

2007年はシーズンを通して打撃不振に見舞われたものの、4月27日に通算400二塁打、5月6日に通算2500安打を達成。5月13日には、それまでオジー・スミスが持っていた遊撃手としての通算併殺数記録(1590)を更新した[7]7月3日シンシナティ・レッズ戦では、ルイス・アパリシオ(2583試合)、オジー・スミス(2511試合)に続き、史上3人目となる遊撃手として通算2500試合出場を果たし[8]、同月21日のミルウォーキー・ブルワーズ戦でスミスを抜き、遊撃手としての通算出場数歴代単独2位となり、2008年5月25日にアパリシオを抜き単独1位となった[9]

レンジャーズ時代[編集]

2009年1月21日、テキサス・レンジャーズとマイナー契約を結んだ。開幕メジャー入りし、6月25日にはアパリシオのもつベネズエラ人最多安打記録の2677本を更新する、2678本目の安打を放った[10]。また、メジャーキャリア21年目にして初めて三塁を守った。

ホワイトソックス時代[編集]

2009年11月23日、シカゴ・ホワイトソックスと1年137万5000ドルで契約合意。これまでつけてきた背番号13はオジー・ギーエン監督がつけていたため、アパリシオが自らの永久欠番になっていた背番号11をビスケルに貸してほしいと申し出た[11]

2010年はチームの三塁手不足のため、三塁手としてレギュラーに定着し、3年振りに100試合以上の出場を果たす。11月2日、1年契約でホワイトソックスと再契約する。

ブルージェイズ時代[編集]

2012年1月24日にトロント・ブルージェイズと1年契約で合意。同年2月22日、2012年限りで引退する意志を明かし、シーズン終了後にそのまま引退した。

引退後[編集]

2013年1月30日、ロサンゼルス・エンゼルスの内野守備コーチに就任することが決定した[12]

2014年から2017年まではデトロイト・タイガースで一塁コーチを務めている。

2016年2月18日に第4回WBCのベネズエラ代表監督を務めることが発表された[13]

2017年開幕前の3月に第4回WBCのベネズエラ代表監督を務める。

2018年シーズンからはホワイトソックス傘下のA+級ウィンストン・セイラム・ダッシュ英語版で監督に就任し[14]、2年間務めた。

2020年シーズンからはメキシカンリーグティフアナ・ブルズで監督を務める[15]。また、シーズン前には同郷かつインディアンス時代の同僚であるアレックス・ラミレスとの縁で、横浜DeNAベイスターズの春季キャンプ中の臨時コーチを務める[16]

プレースタイル[編集]

メジャーリーガーとしては小柄ながら、運動量の多い遊撃手を長年に渡って務めてきた。1999年4月 - 2000年7月にはアメリカンリーグタイ記録の95試合連続無失策。2008年終了時点で遊撃手として歴代1位の2654試合出場、通算守備率は歴代1位(1000試合以上)の.984。ゴールドグラブ賞でもオジー・スミス(13回)に次ぐ11回を誇る。

素手で打球をキャッチするベアハンドキャッチを得意とし、そのルーツは8歳の頃から行ってきた「テニスボールでの壁当てと、返ってきたボールを素手でキャッチしていたこと」だという[17]

インディアンスではロベルト・アロマーとの二遊間を組んだが、球団も二人の華麗な守備をバレエに見立てたCMを作成している。

バントの名手としても知られ、通算犠打数は歴代35位タイである(2012年終了時)。

人物[編集]

非常に多趣味な選手としても知られており、絵画彫刻ロックサルサなどの音楽、果てはスタンド・アップ・コメディ(日本で言う漫才)など非常に幅広い。その趣味を活かし、自宅のデザインやジーンズ会社と提携してジーンズのデザインをしたこともある。

自伝も出版しているが、これが元で騒動が起こったこともある。

  • 1997年、当時インディアンスのクローザーだったホセ・メサワールドシリーズで救援に失敗したことを自伝の中で批判的に取り上げたことにメサが激怒。「10回会ったら10回ともぶつけてやる」などと物騒な発言を繰り返し、親友だったビスケルと絶交宣言をするなど二人の間は一気に険悪になった。その後、移籍などで二人の対戦は中々巡ってこなかったが、2006年4月、メサの所属するコロラド・ロッキーズとビスケルの所属するジャイアンツの対戦が実現し、宣言通り、メサはビスケルの頭にぶつけた。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1989 SEA 143 431 387 45 85 7 3 1 101 20 1 4 13 2 28 0 1 40 6 .220 .273 .261 .534
1990 81 285 255 19 63 3 2 2 76 18 4 1 10 2 18 0 0 22 7 .247 .295 .298 .593
1991 142 482 426 42 98 16 4 1 125 41 7 2 8 3 45 0 0 37 8 .230 .302 .293 .595
1992 136 527 483 49 142 20 4 0 170 21 15 13 9 1 32 0 2 38 14 .294 .340 .352 .692
1993 158 630 560 68 143 14 2 2 167 31 12 14 13 3 50 2 4 71 7 .255 .319 .298 .617
1994 CLE 69 322 286 39 78 10 1 1 93 33 13 4 11 2 23 0 0 23 4 .273 .325 .325 .650
1995 136 622 542 87 144 28 0 6 190 56 29 11 10 10 59 0 1 59 4 .266 .333 .351 .684
1996 151 623 542 98 161 36 1 9 226 64 35 9 12 9 56 0 4 42 10 .297 .362 .417 .779
1997 153 642 565 89 158 23 6 5 208 49 43 12 16 2 57 1 2 58 16 .280 .347 .368 .715
1998 151 660 576 86 166 30 6 2 214 50 37 12 12 6 62 1 4 64 10 .288 .358 .372 .730
1999 144 664 574 112 191 36 4 5 250 66 42 9 17 7 65 0 1 50 8 .333 .397 .436 .833
2000 156 717 613 101 176 27 3 7 230 66 22 10 7 5 87 0 5 72 13 .287 .377 .375 .752
2001 155 693 611 84 156 26 8 2 204 50 13 9 15 4 61 0 2 72 14 .255 .323 .334 .657
2002 151 663 582 85 160 31 5 14 243 72 18 10 7 10 56 3 8 64 7 .275 .341 .418 .759
2003 64 285 250 43 61 13 2 2 84 19 8 3 5 1 29 0 0 20 11 .244 .321 .336 .657
2004 148 651 567 82 165 28 3 7 220 59 19 6 20 6 57 0 1 62 12 .291 .353 .388 .741
2005 SF 152 651 568 66 154 28 4 3 199 45 24 10 20 2 56 0 5 58 10 .271 .341 .350 .691
2006 153 659 579 88 171 22 10 4 225 58 24 7 13 5 56 3 6 51 13 .295 .361 .389 .750
2007 145 575 513 54 126 18 3 4 162 51 14 6 14 3 44 6 1 48 14 .246 .305 .316 .621
2008 92 300 266 24 59 10 1 0 71 23 5 4 7 3 24 9 0 29 4 .222 .283 .267 .550
2009 TEX 62 195 177 17 47 7 2 1 61 14 4 0 5 0 13 0 0 27 0 .266 .316 .345 .660
2010 CWS 108 391 344 36 95 11 1 2 114 30 11 7 7 4 34 0 2 45 8 .276 .341 .331 .673
2011 58 182 167 18 42 7 1 0 51 8 1 2 4 2 9 0 0 18 2 .251 .287 .305 .592
2012 TOR 60 163 153 13 36 5 1 0 43 7 3 2 1 2 7 0 0 17 5 .235 .265 .281 .546
MLB:24年 2968 12013 10586 1445 2877 456 77 80 3727 951 404 167 256 94 1028 25 49 1087 207 .272 .336 .352 .688
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰[編集]

記録[編集]

背番号[編集]

  • 42(1989年 - 同年途中)
  • 13(1989年途中 - 2009年、2016年 - 2017年)
  • 11(2010年 - 2011年)
  • 17(2012年)
  • 31(2014年)
  • 15(2015年)

代表歴[編集]

監督歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ April 3, 1989 Seattle Mariners at Oakland Athletics Box Score and Play by Play” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年11月3日閲覧。
  2. ^ Omar Vizquel Transactions” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年11月3日閲覧。
  3. ^ The Ballplayers - Omar Vizquel” (英語). BaseballLibrary.com. 2008年11月3日閲覧。
  4. ^ Vizquel the long-term solution at shortstop” (英語). ESPN.com. 2008年11月3日閲覧。
  5. ^ Omar Vizquel from the Chronology” (英語). BaseballLibrary.com. 2008年11月3日閲覧。
  6. ^ 2006 Rosters” (英語). The official site of World Baseball Classic. 2015年2月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年3月3日閲覧。
  7. ^ Vizquel sets shortstop double-play mark Giants Gold Glover passes Smith for all-time record” (英語). MLB.com. 2008年11月3日閲覧。
  8. ^ Giants vs. Reds - Recap - July 03, 2007” (英語). ESPN.com. 2008年11月3日閲覧。
  9. ^ Vizquel becomes all-time leader in games played at SS” (英語). ESPN.com. 2008年11月3日閲覧。
  10. ^ Vizquel becomes Venezuelan hits king Rangers shortstop surpasses Hall of Famer Aparicio” (英語). MLB.com (2009年6月25日). 2009年6月29日閲覧。
  11. ^ 3人は共にベネズエラ出身で遊撃手としてゴールドグラブ受賞経験がある。なお、ギーエンやビスケルがつけた13番は、シンシナティ・レッズビッグレッドマシンの一員として活躍、遊撃手として5回のゴールドグラブ賞に輝いたベネズエラ人デーブ・コンセプシオンがつけていた背番号で、レッズでは永久欠番となっている。
  12. ^ http://mlb.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20130130&content_id=41252666&vkey=news_mlb&c_id=mlb
  13. ^ Omar Vizquel selected to manage Team Venezuela in 2017 World Baseball Classic MLB.com Detroit Tigres Press Release (英語) (2016年2月18日) 2016年3月3日閲覧
  14. ^ Chris Kuc (2018年1月16日). “White Sox announce player development staff for 2018 season” (英語). Chicago Tribune. 2018年3月16日閲覧。
  15. ^ TOROS DE TIJUANA ESTARÁ EN LAS MEJORES MANOS Omar Vizquel será el manejador de Toros de Tijuana en la temporada 2020 de la Liga Mexicana de Beisbol” (英語). Toros de Tijuana.com (2019年12月2日). 2020年2月6日閲覧。
  16. ^ DeNA臨時コーチにGG賞11度の名手ビスケル氏”. 日刊スポーツ (2020年1月28日). 2020年2月6日閲覧。
  17. ^ 素手の芸術 オマー・ビスケル『月刊スラッガー』2003年2月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-2、67-69頁。

関連項目[編集]