オーバーダビング

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

オーバーダビング, オーバーダブとは、マルチトラックレコーダーなどを使用し、一度以上録音した音声の上から、さらに別の音声を重ね録りすること。広い意味では、「重ね録り」「多重録音」という場合もある。同一の者が同じ楽器演奏のパートをオーバーダビングする際は、ダブルトラックなどという場合もある。ただし、CD-RMD、オーディオカセットテープなどへの、音声データなど録音内容のコピーを指す「ダビング」とは区別される。

目次

歴史

ダビング技術を駆使して演奏にユニークな特性を持たせようとする試みは古くから存在した。1937年のフランス映画『舞踏会の手帖』(Un Carnet De Bal, ジュリアン・デュヴィヴィエ監督)のテーマ曲『灰色のワルツ』(モーリス・ジョベール作曲)は、楽譜を逆から演奏してレコードに録音し、このレコードを逆回転再生してサウンドトラックに転写したもので、回想の物語に相応しい幻想的な響きのメロディーを得ている。

だが、1940年代までの録音手段はSPレコードとフィルム・サウンドトラックのみで編集の自由度が低かった。オーバーダビングが容易となったのは、ドイツで発明されたテープレコーダー第二次世界大戦後にアメリカに移入されて以来である。

テープによるオーバーダビングのテクニックは、エレクトリック・ギターの先駆者であるギタリストのレス・ポールが1940年代末期から用い始めたのが最初である。

代表的な例など

1950年代

パティ・ペイジがオーバーダビングでユニゾン・輪唱した『テネシーワルツ』(Tennessee Waltz)は1950年に大ヒットし、この技術は大衆にも注目された。日本にオーバーダビングを知らしめたのもこの『テネシーワルツ』である。(当時、歌手のペギー葉山はオーバーダビングを知らず、生声でパティの真似をしようと頑張ったが、無理だったという。)

ジャズ界

オーバーダビングで芸術効果を狙った初期の例としては、クール・ジャズの指導者的存在であった盲目のピアニスト、レニー・トリスターノがトリオ編成で1955年に録音したアルバム『鬼才トリスターノ』がある。倍速ダビングを取り入れて峻厳なサウンドを構成していたが、当時の人々からは理解されなかった。ジャズ界においてオーバーダビングが評価されたのは、ピアニストのビル・エヴァンスが単独で演奏したアルバム『自己との対話』(1963年)が最初と見られている。

アメリカ

アメリカでは1958年から1959年にかけて、オーバーダビングを利用したコミックソングが大流行した。デヴィッド・セヴィル(David Seville)の『ウィッチ・ドクター』(The Witch Doctor)、シェブ・ウーリー(Sheb Wooley)の『ロックを踊る宇宙人』(The Purple People Eater)、チップマンクス(The Chipmunks)の『チップマンク・ソング』(The Chipmunk Song)など。

イギリス

ポピュラー音楽では1967年ビートルズが4トラック(一度に録音できるチャンネルが計4つ)のテープレコーダーを2台つなぎ合わせて計8トラック(その内1トラック分は同期信号用なので録音用は計7トラック)録音できる環境下においてアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」を制作し、ポップ音楽に革命をもたらした。録音できるチャンネルの数が、音楽の自由度を拡大し、大量消費音楽であるロックやポップに常に新しい可能性を与えた。それ以前のビートルズは1台の4トラックテープレコーダーが一杯になると、もう1台別のテープレコーダーを用意し、そちらへリダクション・ミックスを行って空きトラックが増えたマスター・テープのクローンを作り、オーバーダビング作業をしていた。2台をシンクロさせることはかねてからの希望であった。近年はエンヤが、この手法を用いて一人コーラスを行っている事が知られており、かなりの回数のコーラスのオーバーダビングを行い、重厚なコーラスを作り上げている。

フィル・スペクター

またプロデューサーフィル・スペクターは、1960年代から1970年代にかけて、オーバーダビングを多用した「ウォール・オブ・サウンド」(Wall of Sound, 音の壁)と呼ばれる音作りで一世を風靡した。彼の場合は単純にダビングを繰り返すのではなく、ギター 5〜6人、ベース 2〜3人、ドラム 2人、ピアノ 2〜3人などといった編成で同時に録音することでもウォール・オブ・サウンドを作り出していた。

日本

日本でオーバーダビングを駆使してテクニカルな効果を得た例としては、ザ・フォーク・クルセダーズの「帰って来たヨッパライ」(1967年)が有名である。甲高い頓狂な歌声(これは曲の半分のテンポでボーカルを録音した後、倍のスピードで再生したことによる)は、この曲をコミックソングの古典とした。後に同様の手法を使い、あんしんパパの「はじめてのチュウ」(1990年)やB.B.クイーンズの「おどるポンポコリン」(1990年)が知られるようになった。純粋に二重録音としてのオーバーダビングで知られるのは小松未歩で、デビューから一貫してオーバーダビングでのボーカル録音を使用している。また、山下達郎大瀧詠一西司遊佐未森等が、自身の楽曲や一部の他アーティストへの提供曲のコーラスでこの手法を用いた一人コーラスを行っている。特に、山下達郎は一人コーラスによるアカペラアルバムを出している。

今日は何の日(9月21日

もっと見る

「オーバーダビング」のQ&A