オールド・マスター
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オールド・マスター(英:Old Master または old master)は、18世紀以前に活動していたヨーロッパ古典絵画の巨匠、または、その作品を示す美術用語。レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロ、ハルス、ミケランジェロ、カラヴァッジオ、ルーベンス、ベラスケス、レンブラント、フェルメール、ゴヤらの名があげられる。この意味で、ワトー、クールベ、ドラクロワ、ターナー、マネ、クノップフ、ルノワール、ドガ、モネ、セザンヌ、ゴーギャン、ゴッホ、ムンク、クリムト、シーレ、モロー、シャガール、カンディンスキー、ウォーホル、ダリ、モディリアーニ、ピカソ、ミロ、デュシャンなど近現代の巨匠たちは該当しない。
なお、同時代の芸術家により制作されたオリジナルの版画(例えば、エングレービングやエッチング)は、「オールド・マスター・プリント」(old master print)という。「オールド・マスター・ドローイング」(old master drawing) も同様である。
概要[編集]
語句本来の意味からすると、オールド・マスターは、十分な修練を積み、その地域の芸術家ギルドの親方を務め、独立して活動した「画家」のことをいうはずであるが、実際には、その弟子や工房で作られたと考えられる「作品」も含まれる。したがって、一定以上の優れた水準にあれば、質よりもむしろ年代が、この用語を使用するための要件となる。
オールド・マスターの始期については、18世紀や19世紀には、1450年頃か、あるいは1470年頃とされていることが多かった。これより前の絵画は「原始的」と見なされていた(現在は、そのような区別はしていない)。20世紀の初めに刊行された『オックスフォード英語辞典』(OED) の初版では、オールド・マスターの定義を「a 'master' who lived before the period accounted 'modern', chiefly applied to painters from the 13th to the 16th or 17th century. (“現代”とみなされる時代の前に生きた“マスター”(巨匠)のこと。主に13世紀から16、17世紀までの画家が対象になる。)」としていた。この辞典に収録された最初の用例は、1840年のポピュラーな百科事典からのもので、「As a painter of animals, Edwin Landseer far surpasses any of the old masters. (動物画家として、エドウィン・ランドシーアはオールド・マスターを凌駕する。)」というものだった。
1989年に刊行された『オックスフォード英語辞典』第2版では、上記の記述がそっくりそのまま引き継がれており[1]、2005年にオックスフォード大学出版局より刊行された『オックスフォード英英辞典』第2版改訂版でも、「A great artist of former times, especially of the 13th-17th century in Europe. (昔の偉大な画家のこと。特に13-17世紀のヨーロッパの画家をいう。)」として、従来の説明に沿った記述をしている[2]。しかし、他の英語辞典を見ると、必ずしも年代が一致しているわけではなく、「15世紀から18世紀まで」としているものや「16、17世紀、または18世紀初め」としているものなどがある [注 1]。
オールド・マスターの終期は1800年とされているが、これもまた明確ではない。フランシスコ・デ・ゴヤ(1746年 - 1828年)は確かにオールド・マスターの一員だが、しかし、彼は、1800年から30年近くも経過した1828年に死去するまで、ずっと絵や版画の制作を続けていた。他方、ゴヤとほぼ同時代を生きた画家、たとえば、ジョン・コンスタブル(1776年–1837年)やウジェーヌ・ドラクロワ(1798年 - 1868年)については、オールド・マスターに含まれないのが普通である。
このように、オールド・マスターという用語はあまりにも漠然としているので、美術史家からはその使用を忌避される傾向にあり、特に絵画について論じる際には、その傾向が強くなる。ただし、オールド・マスター・プリントやオールド・マスター・ドローイングという用語の方は、依然として用いられている。他方、美術品の取引において使用されている例は、ずっと多い。たとえば、オークションハウス(競売会社)では、たいていの場合、「オールド・マスターの絵画」(Old Master Paintings)、「19世紀の絵画」(Nineteenth-century paintings)、「現代絵画」(Modern paintings)といった区分を用いている。クリスティーズは、オールド・マスターを「14世紀から19世紀初めまでのもの」と定義付けしている。
また、ほとんどの場合、早い時期から美術史家により、作品を描いた画家が誰であるか、その署名から身元が特定されているが、しかし、彼らの目をもってしても、特定が困難な場合がある。そのような場合には、画家に対して、美術史家から「マスター○○」や「○○のマスター」といった名前を与えられることが多い。たとえば、モノグラムにより名付けられた「マスター E.S.」(Master E.S. )、作品があった場所から名付けられた「フレマールのマスター」(Master of Flémalle)、パトロンの名前から名付けられた「ブルゴーニュ女公マリーのマスター」(Master of Mary of Burgundy)、装飾写本の書架番号から名付けられた「ラテン757番 のマスター」(Master of Latin 757)、作品がブラウンシュヴァイクにある美術館に収蔵されていることから名付けられた「ブラウンシュヴァイク・ディプティクのマスター」(Master of the Brunswick Diptych) などがある。その他の作品については、「知られざるマスター」(Unknown Master) によるものとして扱われる。
英語以外のヨーロッパ言語における表現[編集]
オールド・マスターに相当する言葉は、英語以外のヨーロッパ言語においても存在する。オランダ語では「アウド・メーステル」(oude meester) といい、フランス語では「ヴィユー・メートル」(vieux maître)、ドイツ語では「アルテ・マイスター」(Alte Meister) という。
オランダ人がこの言葉を使用したのは18世紀であるが、これが発祥かもしれない。このときは、ほとんどの場合、17世紀の「オランダ黄金時代の画家たち」を意味していた。フランスのウジェーヌ・フロマンタンが1876年に著した『昔日の巨匠たち』(レ・メートル・ドートルフォワ、Les Maîtres d'autrefois)が、この概念の普及を促した可能性がある。
作品の部門分けにこの言葉を使用する例は多いが、美術館の名称に使用される例となると、非常に少ない。ドイツ東部のドレスデンにある有名なアルテ・マイスター絵画館(ゲメールデガレリー・アルテ・マイスター、Gemäldegalerie Alte Meister)は、そんな数少ない例のひとつである。ドレスデン美術館のコレクションでは、原則としてバロック時代までのものとしている [注 2]。
主なオールド・マスター[編集]
重要なオールド・マスターと代表作をできる限り列挙したが、すべてを網羅しているわけではない。没年順に配列している。
- ジョヴァンニ・チマブーエ(イタリア、1240頃〜1302以後)「サンタ・トリニタの聖母子」「聖母と天使群」
- ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ(1255/1260〜1318頃)「荘厳の聖母」「ルチェライの聖母」「クレヴォーレの聖母」
- ジョット・ディ・ボンドーネ (イタリア、1267年 - 1337年)「イエスと聖母の生涯」「聖母マリアの死」「オーニサンティの聖母」「聖フランチェスコの伝説」「洗礼者および福音記者ヨハネの生涯」
- ジョルジョーネ(イタリア、1476年 - 1478年)「ラウラ」「カステルフランコ祭壇画」「眠れるヴィーナス」 「嵐」「ユディト」
- ルーカス・クラナッハ(1472年 - 1553年)「聖カタリーナ三連祭壇画」「アダムとイヴ」
- アンドレア・マンテーニャ(イタリア、1431年 - 1506年)「聖家族」
- ヤン・ファン・アイク(フランドル、1835年頃 - 1441年)「受胎告知」「ヘントの祭壇画」
- ロベルト・カンパン(フランドル、1387年頃 - 1444年)「ウェルルの祭壇画」「メローデの祭壇画」
- ロヒール・ファン・デル・ウェイデン(フランドル、1400年頃 - 1464年)「十字架降架」「最後の審判」
- マルティン・ショーンガウアー(ドイツ、1450年頃 - 1491年)「薔薇園の聖母」「最後の審判」
- サンドロ・ボッティチェッリ (イタリア、1445年 - 1510年)「春」「ヴィーナスの誕生」「聖告」
- ジョヴァンニ・ベッリーニ(イタリア、1430年 - 1516年)「総督レオナルド・ロレダ一ノの肖像」
- イェロニムス・ボス(オランダ、1450頃〜1526頃)「七つの大罪」「干し草車」「快楽の園」「茨の戴冠」
- レオナルド・ダ・ヴィンチ (イタリア、1452年 - 1519年)「受胎告知」「モナ・リザ」「聖アンナと聖母子」「最期の晩餐」
- ラファエロ・サンティ (イタリア、1483年 - 1520年)「聖母の婚礼」「小椅子の聖母」「ブノアの聖母」「システィーナのマドンナ」「アテネの学堂」
- マティアス・グリューネヴァルト(ドイツ、1460年頃 - 1528年)「イーゼンハイムの祭壇画」
- アルブレヒト・デューラー (ドイツ、1471年 - 1528年)「ローゼンクランツの祝祭」「聖三位一体の礼拝」「四人の使徒」
- アルブレヒト・アルトドルファー(ドイツ、1480年頃 - 1538年)「レーゲンスブルク近郊のドナウ風景」「アレクサンドロス大王の戦い」
- コレッジョ(イタリア、1494年 - 1534年)「聖母被昇天」「聖カタリーナの婚礼」「聖夜」「聖母と聖ゲオルギウス」
- ハンス・ホルバイン (子) (ドイツ、1497年 - 1543年)「エラスムスの肖像」「ロッテルダムのエラスムス」「トマス・モアの肖像」「棺の中に横たわるキリスト」「フランス大使たち」「死の舞踏」「ヘンリー8世の肖像」
- ミケランジェロ・ブオナローティ (イタリア、1475年 - 1564年)「アダムの創造」「アダムとイヴ」「ドーニ家の聖家族」
- ピーテル・ブリューゲル (父) (フランドル、1525年頃 - 1569年)「雪中の狩人」「農民の婚宴」「死の勝利」「イカロスの墜落のある風景」
- ティツィアーノ・ヴェチェッリオ (イタリア、1477年頃 - 1576年)「天上の愛と地上の愛」「洗礼者ヨハネの首を持つサロメ」「聖母被昇天」「聖母子と聖カテリナと羊飼い」「ダナエ」「ウルビーノのヴィーナス」「エウロペの略奪」「ディアナとアクタイオン」「ディアナとカリスト」「ペルセウスとアンドロメダ」「フローラ」「悔悛するマグダラのマリア」
- パオロ・ヴェロネーゼ (イタリア、1528年頃 - 1588年)「カナの婚宴」「レヴィ家の饗宴」
- ティントレット (イタリア、1518年 - 1594年)「最期の晩餐」
- ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ (イタリア、1573年 - 1610年)「キリストの埋葬」「聖マタイの召命」
- フランス・ハルス (オランダ、1580年 - 1666年)「聖エリザベート病院の理事たち」「養老院の女理事たち」
- エル・グレコ (スペイン(ギリシア出身)、1541年 - 1614年)「オルガス伯爵の埋葬」「受胎告知」「羊飼いの礼拝」
- ピーテル・パウル・ルーベンス (フランドル、1577年 - 1640年)「ヴァリチェッラの聖母」「アケロオスの祝宴」「パエトンの墜落」「聖ゲオルギウスと竜」「十字架昇架」「十字架降架」「レウキッポスの娘たちの略奪」「オレイテュイアを略奪するポレアス」「マリー・ド・メディシスの生涯」「シュザンヌ・フールマン」「聖母被昇天」「三美神」「幼児虐殺」
- アンソニー・ヴァン・ダイク(イギリス、1599年 - 1641年)「馬上のチャールズ一世」
- グイド・レーニ(イタリア、1575年 - 1642年)
- シモン・ヴーエ(フランス、1590年 - 1649年)
- アルテミジア・ジェンティレスキ(イタリア、1597頃〜1651以後)
- ホセ・デ・リベーラ(スペイン、1591〜1652)
- ディエゴ・ベラスケス (スペイン、1599年 - 1660年)
- フランシスコ・デ・スルバラン(スペイン、1598年 - 1664年)
- ニコラ・プッサン (フランス、1594年 - 1665年)
- フィリップ・ドゥ・シャンパーニュ(フランス、1602〜1672)
- クロード・ロラン(フランス、1600年 - 1682年)
- バルトロメ・エステバン・ムリーリョ(スペイン、1618年 - 1682年)
- ウィレム・クラースゾーン・へーダ(オランダ、1594頃〜1682頃)
- ピーテル・デ・ホーホ(オランダ、1629年 - 1683年)
- レンブラント・ファン・レイン (オランダ、1606年 - 1669年)
- ヨハネス・フェルメール (オランダ、1632年 - 1675年)
- ヤン・ステーン (オランダ、1625年または1626年 - 1679年)
- ヘラルト・テル・ボルフ(オランダ、1617年 - 1681年)
- ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ (イタリア、1691年 - 1770年)
- トマス・ゲインズバラ(イギリス、1727年 - 1788年)
- ジョシュア・レイノルズ (イギリス、1723年 - 1792年)
- フランシスコ・デ・ゴヤ (スペイン、1746年 - 1828年)
- カール・ブリューロフ(ロシア、1799〜1852)
- イワン・クラムスコイ(ロシア、1837〜1887)
- ^ 以下に参考として、他の英語辞典における記述例を挙げる(出版年順)。
- 「an eminent artist of an earlier period, esp. from the 15th to the 18th centuries. (初期の、とりわけ15世紀から18世紀にかけての傑出した画家のこと。)」 (Stuart Berg Flexner(ed. in chief) 『The Random House Dictionary of the English Language』 Random House, 1987年第2版, 英語, p.1349左段より引用。)
- 「one of the great European painters of the period 1500 to 1800. (1500年から1800年までのヨーロッパの偉大な画家のこと。)」 (J.M.Sinclair(general consultant) 『Collins English Dictionary』 HarperCollins, 1991年第3版, 英語, p.1088左段より引用。)
- 「a superior artist or craftsman of established reputation; esp a distinguished European painter of the 16th, 17th, or early 18th century. (定評がある優れた画家、工芸家のこと。特に、16、17世紀、または18世紀初めのヨーロッパの傑出した画家をいう。)」 (Sue Engineer and Heather Gay(ed.), Brian O'Kill(associate editor) 『Longman Dictionary of the English Language』 Longman, 1992年新版第2刷, 英語, p.1115右段より引用。)
- 「any of the great European painters before the 18th cent. (18世紀より前のヨーロッパの偉大な画家のこと。)」 (Victoria Neufeldt(ed. in chief) 『Webster's New World College Dictionary』 Macmillan USA, 1996年第3版, 英語, p.943右段より引用。)
- ^ アルテ・マイスター絵画館は、ドレスデン美術館の一翼をなしている。
出典[編集]
- ^ J.A.Simpson and E.S.C.Weiner(ed.) 『The Oxford English Dictionary』VOLUME IX (Look-Mouke), Oxford: Clarendon Press, 1989年第2版, 英語, p.443左段-中段「Master」の項16a.
- ^ Catherine Soanes and Angus Stevenson(ed.) 『Oxford Dictionary of English』 Oxford: Oxford University Press, 2005年第2版改訂版, 英語, p.1224右段.
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- Great "Old Master" Artists of Europe (オールド・マスターについての解説。英語)