カルロス・ディオゴ

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はディオゴ第二姓(母方の)はエンセニャートです。
カルロス・ディオゴ Football pictogram.svg
名前
本名 カルロス・アンドレス・ディオゴ・エンセニャート
Carlos Andrés Diogo Enceñat
カタカナ カルロス・ディオゴ
ラテン文字 Carlos DIOGO
基本情報
国籍 ウルグアイの旗 ウルグアイ
スペインの旗 スペイン
生年月日 (1983-07-18) 1983年7月18日(35歳)
出身地 モンテビデオ
身長 186cm
体重 79kg
選手情報
在籍チーム 無所属
ポジション DF / MF
利き足 右足
ユース
1999-2001 ウルグアイの旗 リーベル・プレート (URY)
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2001-2004 ウルグアイの旗 リーベル・プレート (URY) 74 (3)
2004 ウルグアイの旗 ペニャロール 16 (0)
2004-2005 アルゼンチンの旗 リーベル・プレート 11 (1)
2005-2007 スペインの旗 レアル・マドリード 13 (0)
2006-2007 スペインの旗 サラゴサ (loan) 30 (4)
2007-2011 スペインの旗 サラゴサ 77 (2)
2012 ブルガリアの旗 CSKAソフィア 0 (0)
2012-2013 スペインの旗 ウエスカ 27 (3)
2013-2014 ベルギーの旗 ヘント 13 (2)
2014-2015 スペインの旗 サラゴサ 9 (0)
代表歴
2003-2007 ウルグアイの旗 ウルグアイ 22 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2015年1月19日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

カルロス・アンドレス・ディオゴ・エンセニャート(Carlos Andrés Diogo Enceñat, 1983年7月18日 - )は、ウルグアイ出身の元同国代表サッカー選手。ポジションはディフェンダー(右サイドバック)、ミッドフィールダー(右サイドハーフ)。

父のビクトール・ディオゴスペイン語版もかつてサッカー選手であり、CAペニャロールやブラジルのクラブでプレーした。

経歴[編集]

クラブ[編集]

初期の経歴[編集]

ウルグアイのCAリーベル・プレートからデビューし、2004年にCAペニャロールに在籍した後の2004-05シーズンはアルゼンチンのCAリーベル・プレートに在籍した。

レアル・マドリード[編集]

2005年夏、同郷のパブロ・ガルシアとともにスペイン・リーガ・エスパニョーラレアル・マドリードと契約したが[1]、出場機会にはあまり恵まれなかった。2006年8月23日、レアル・サラゴサにレンタル移籍した[2]。2007年1月6日のセビージャFCとの試合終盤、ディオゴはブラジル代表FWルイス・ファビアーノの手を踏みつけ、その後彼を侮辱したとされるが、この行為にファビアーノが怒ってディオゴの首根っこを掴んだ[3]。乱闘寸前となり、両者に5試合の出場停止処分が下された[4]

レアル・サラゴサ[編集]

2007年8月、レアル・サラゴサに完全移籍。移籍金は400万ユーロを支払う交渉がなされていたが、結局300万ユーロに落ち着き、契約にはトップクラスのチームが彼の獲得を目指した場合のみ、この全額の払い戻しが可能となるという条項が付けられた。2007-08シーズン終了後、チームはセグンダ・ディビシオン(2部)に降格したが、ディオゴは膝の負傷により2008-09シーズンを丸々棒に振った。2009年4月には2度目の手術を受け、さらに8ヶ月をリハビリ生活に費やした[5]。2008-09シーズン終了後にプリメーラ・ディビシオン(1部)に返り咲き、2009年12月12日のアスレティック・ビルバオ戦 (1-2) で復帰すると得点も決めてみせた。2009-10シーズンは15試合に出場し、2010年3月13日のバレンシアCF戦 (3-0) でも得点した。2010-11シーズンは万全なコンディションに戻り、リーグ戦全試合に先発出場した。契約延長交渉がうまくいかず、2011年7月にサラゴサを離れた[6]

CSKAソフィア[編集]

2012年1月中旬にブルガリアのPFC CSKAソフィアと契約したが、そのわずか15日後に契約を解除してクラブを離れた[7]

KAAヘント[編集]

2013年6月26日、ジュピラー・プロ・リーグKAAヘントに1年契約で移籍した[8]。2014年1月31日、クラブとの契約を解除し退団した[9]

レアル・サラゴサ復帰[編集]

2014年8月12日、同郷のレアンドロ・カブレラと共にレアル・サラゴサに加入した[10]

代表[編集]

2003年3月28日、日本の国立霞ヶ丘陸上競技場で行われた日本との親善試合 (2-2) でウルグアイ代表デビューした。コパ・アメリカに2回 (20042007) 出場している。

脚注[編集]

  1. ^ Uruguayan pair make Madrid move UEFA.com、2005年7月1日
  2. ^ Diogo makes Zaragoza move UEFA.com、2006年8月23日
  3. ^ Fight with Luís Fabiano video YouTube
  4. ^ Players punished for pitch battle UEFA.com、2007年1月10日
  5. ^ Carlos Diogo, operado de la rodilla derecha, estará de baja unos ocho meses Marca、2009年4月17日 (スペイン語)
  6. ^ Real Zaragoza announce surprise departures of Carlos Diogo and Jorge Lopez A Different League、2011年7月16日
  7. ^ Carlos Diogo, de Bulgaria a Brasil en dos semanas Merca Fútbol、2012年2月7日 (スペイン語)
  8. ^ Carlos Diogo tekent contract bij KAA Gent KAAヘント公式ウェブサイト 2013年6月26日付
  9. ^ Carlos Diogo verlaat KAA Gent KAAヘント公式ウェブサイト 2014年1月31日付
  10. ^ Carlos Diogo y Leandro Cabrera se incorporan a la plantilla del Real Zaragoza レアル・サラゴサ公式ウェブサイト 2014年8月12日付