カルロス・デ・オリヴェイラ・マガリャエス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
この名前は、ポルトガル語圏の人名慣習に従っています。第一姓(母方の)はデ・オリヴェイラ第二姓(父方の)はマガリャエスです。
リトス Football pictogram.svg
名前
本名 カルロス・マヌエル・デ・オリヴェイラ・マガリャエス
Carlos Manuel de Oliveira Magalhães
愛称 リトス
ラテン文字 Litos
基本情報
国籍 ポルトガルの旗 ポルトガル
出身地 ポルトガルの旗 ポルト
身長 185cm
選手情報
ポジション センターバック
ユース
1985-1986 ラパ
1986-1987 レアル・カンポ・リンド
1987-1992 ボアヴィスタ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1992-93 カンポマイオレンセ 28 (2)
1993 ボアヴィスタ 0 (0)
1994 エストリル 16 (0)
1994-95 リオ・アヴェ 31 (3)
1995–2001 ボアヴィスタ 183 (19)
2001-2006 マラガ 89 (6)
2006–2007 アカデミカ 27 (2)
2008 ザルツブルク 0 (0)
代表歴
1999–2001 ポルトガルの旗 ポルトガル 6 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

リトスLitos)こと、カルロス・マヌエル・デ・オリヴェイラ・マガリャエス(Carlos Manuel de Oliveira Magalhães、1974年2月25日-)は、ポルトガルポルト出身の元プロサッカー選手。ポジションはセンターバック

2001年の優勝チームであるボアヴィスタFCを中心に、9シーズンでプリメイラ・リーガ226試合に出場し、21ゴールを記録した。また、数年間スペインマラガでもプレーした。

クラブキャリア[編集]

1992年、SCカンポマイオレンセでプロのキャリアをスタートさせた。 また、下部組織時代にも所属していたボアヴィスタに短期間所属した後、GDエストリル・プライアリオ・アヴェFCを経て、ボアヴィスタに復帰。2001-02シーズン、後にFCポルトへ移籍することとなるペドロ・エマヌエルと堅牢なセンターバックコンビを形成し、ボアヴィスタ唯一のプリメイラ・リーガ制覇にキャプテンとして貢献した。 

ボアヴィスタでのリーガ制覇の後、リーガ・エスパニョーラマラガCFへ移籍。不動のレギュラーとして活躍した。2005-06シーズン、リーグ戦8試合の出場にとどまり、チームも2部に降格となった。なお、マラガでは5年にわたり同胞のエドガール英語版セルジオ・ドゥダと同僚であった。[1][2]

2006-07シーズン、 アカデミカ・コインブラへ移籍。 1年目はレギュラーとしてプレーした後、2年目には余剰戦力と見なされ、2008年1月、オーストリア・ブンデスリーガSVザルツブルクへ移籍。しかし、ザルツブルクで公式戦に出場することなくシーズン末に現役を引退。

代表歴[編集]

ポルトガル代表として6試合に出場。デビュー戦は1999年2月10日パリで行われたエキシビジョンオランダ代表に3分間出場したものだった。 また、1996年アトランタオリンピックにも出場した。

獲得タイトル[編集]

ボアヴィスタ
マラガ

参考文献[編集]

  1. ^ “El gol del Málaga lleva acento luso” (Spanish). Diario AS. (2003年11月16日). http://masdeporte.as.com/masdeporte/2003/11/16/polideportivo/1068959732_850215.html 2016年6月16日閲覧。 
  2. ^ “El Málaga llega a un acuerdo con Litos para rescindir su contrato” (Spanish). Marca. (2006年7月10日). http://archivo.marca.com/edicion/marca/futbol/2a_division/malaga/es/desarrollo/669586.html 2016年6月16日閲覧。 
  3. ^ Lembra-se deles? Há 15 anos o Boavista foi campeão nacional” [Remember them? Boavista was national champion 15 years ago] (ポルトガル語). TSF (2016年5月18日). 2017年5月18日閲覧。