カルロス・トシキ

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カルロス・トシキ
出生名 カルロス・トシキ・タカハシ
(高橋 カルロス 敏樹)
別名 CARLOS
鷹橋 敏輝
生誕 (1964-04-07) 1964年4月7日(54歳)
出身地 ブラジルの旗 ブラジルパラナ州 マリンガ
ジャンル ポップ・ミュージック
ロック
職業 シンガーソングライター
活動期間 1982年 -
レーベル ポリドール
1982年
WEAジャパン
1991年
日本コロムビア
1993年 - 1994年
東芝EMI / TM FACTORY
1994年 - 1995年
インディーズ
2000年
VIVID SOUND
2018年 - )
共同作業者 オメガトライブ
田村直美
岩里祐穂
和泉常寛
月光恵亮
ジョニー・フィンガーズ
公式サイト Carlos Toshiki Official Site

カルロス・トシキ(本名:カルロス・トシキ・タカハシ / 高橋 カルロス 敏樹(たかはし カルロス としき)、1964年4月7日 - )は、日系ブラジル人歌手。血液型O型。AORバンド「1986オメガトライブ」及び「カルロス・トシキ&オメガトライブ」の元リードボーカル。シングル「君は1000%」「アクアマリンのままでいて」など、甘く透明感のある声で歌われたヒット曲で人気ボーカリストとなった[1][2]CARLOS鷹橋 敏輝(たかはし としき)の芸名でも活動した。2018年現在は、「カルロス・トシキ & B-EDGE」のリードボーカル[2]

プロフィール[編集]

ブラジル南部にあるパラナ州マリンガ出身。レストラン経営をする日本人の父と日系人の母の元で育つ[3]。幼少時代はアメリカンポップスから日本の歌謡曲まで幅広く聞いて過ごし、小学校時代はコーラス部に所属。9歳時にパラナ州歌謡大賞・童謡の部で優勝、ブラジル歌謡協会主催の全ブラジルに出場し16歳時に少年の部で優勝、17歳時に青年の部で西城秀樹の「ブルースカイブルー」を歌い優勝するなどの経歴を持ち、ブラジルの日系人社会では「歌のうまいトシキ」として有名であった[1][3]

1982年に来日し、CARLOS名義でソロのシングル盤「ルシア」でデビューする。1985年、社長の急逝による所属事務所の廃業に伴いインディーズとして活動するなか、音楽プロデューサーであり芸能事務所「トライアングルプロダクション」の経営者である藤田浩一にデモテープが届き、同事務所と契約。当初はソロでの活動を予定していたが、杉山清貴の脱退[4]が決まっていたオメガトライブの後任ボーカルを探していた藤田はカルロスの歌声を聞き、有力候補としてレッスンを受けさせる。新生オメガトライブのボーカルとして内定し、さらにボイストレーニングに加え日本語の勉強なども施して、1986年に「1986オメガトライブ」のデビューにいたった[3]。初のTV出演は『おはようスタジオ』で「小鹿のバンビ」をア・カペラで歌っていた[1]。バンドデビュー後は「君は1000%」などのヒット曲を次々とリリース。歌番組においては、ステップを踏みながら歌う姿が特徴的であった。

1988年、バンド名は「カルロス・トシキ&オメガトライブ」に改称した。1991年にカルロス・トシキ&オメガトライブは解散、ソロ活動を開始する。1994年にシングル「FOREVER」発売を機に鷹橋敏輝と改名し独立する。1995年にアルバム『Shake It Down』発売後、同年、鷹橋のCDに記載されている、INES MUSICA内、鷹橋敏輝ファンクラブ「Clocs Tie Club」の時間外限定のテレホンサービスにおいて、スタッフからカルロスの結婚が発表された。その後、椎間板ヘルニアを患い、静養のために帰国し、音楽活動を休止する。

2000年『あの人は今!?』にテレビ出演、ブラジルでレストランを経営している様子が放送され、緊急来日して大ヒット曲「君は1000%」と「アクアマリンのままでいて」を歌唱した。さらに2010年、フジテレビ系列『大追跡!あのニュースの続き』に出演し、ブラジルの品種改良会社「テクノ・プランタ」の責任者であることが報じられ、10年ぶりに再び「君は1000%」を歌唱した。

2017年2月から3月にかけ、横浜公演を皮切りに、東京、横浜、名古屋、大阪、福岡を巡るデビュー30周年記念ライブ・全国ツアーを遂行[5]。同年3月8日放送のフジテレビの情報番組『ノンストップ!』の独占インタビューに応じ、静養のために帰国後暫くは音楽活動から離れて実家のレストランを手伝っていたこと、40歳を過ぎた頃に農業の道を志し、種苗会社に勤務する傍ら47歳でブラジルの国立大学に入学しバイオテクノロジーを学んだこと、ニンニクの品種改良を成功させ現地の雑誌に「ブラジルで最も偉大なニンニク・スペシャリストの一人」と特集されるまでになったことなどを語った[6]

エピソード[編集]

  • 歌のトップテン』の最終回ではコメントを求められたが、番組名を間違って「僕、ブラジルでもこのザ・ベストテンを見てて」と言ってしまい、他のメンバーや出演者らからはやし立てられていた。
  • 夜のヒットスタジオ』でマルシアと共演したときには、ポルトガル語で雑談をしていた。また、英語も堪能で、オメガトライブのメンバーであったジョイ・マッコイとは英語で会話をしていた。
  • 日本に来て間もない頃、蕎麦屋で「五目そば」が読めず「いつつめそば」と言ったところ店主に怪訝な顔をされたため、慌てて読める「ざるそば」に注文を変更した。その後しばらくは、その店では他のメニューが注文できない(読めない)ため、ざるそばばかり食べていた。
  • 好物はピラニア天ぷらであることが、1986年の『ザ・ベストテン』で判明している[7]
  • ラジオのヒットチャート番組でゲスト出演時、ファンからの葉書の名前を読むように頼まれた際、呼び捨てで列挙しだし、司会が少し慌てて敬称をつけるよう頼んだ。

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

発売日 タイトル カップリング 規格 規格品番 発売元 備考
CARLOS
1st 1982年 ルシア[1] 哀愁のイパネマ EP DI-5020 ポリドール 正式な発売日は不明。このシングルは、1982年にブラジルで発売するため、約3000枚製作された。このシングルの発売後、所属していたプロダクションの社長が1985年に亡くなり、トライアングル・プロダクションへ移籍、その後オメガトライブの一員としてデビューした[8]
カルロス・トシキ
2nd 1991年11月28日 夜明けまでBORDERLESS 孤独な天使 8cmCD WPDL-4266 WEAジャパン
3rd 1993年4月1日 I Love Japan 優しすぎた人へ CODA-154 日本コロムビア
4th 1993年10月21日 PASSION Boy CODA-259
5th 1994年2月1日 夢を見させて 午後の事情 CODA-302
鷹橋敏輝
6th 1994年9月16日 FOREVER Paris Night 8cmCD TODT-3313 東芝EMI / TM FACTORY
7th 1995年2月22日 遠い夢 君が居て 僕が居た TODT-3456
8th 1995年5月10日 Tell Me TODT-3468 カルロス・トシキの最後のシングル。

アルバム[編集]

発売日 タイトル 規格 規格品番 発売元 備考
カルロス・トシキ
1st 1991年12月21日 Emotional〜右側のハートたちへ CD WPCL-621 WEAジャパン
2nd 1993年3月1日 Alquimist COCA-10631 日本コロムビア
3rd 1994年5月21日 どうしてだろう COCA-11755
鷹橋敏輝
4th 1995年6月28日 Shake It Down CD TOCT-8942 東芝EMI / TM FACTORY
カルロス・トシキ
5th 2000年 Carlos CD インディーズ アルバム未発表曲を含んだ自主制作アルバムであり、芸能活動最後のアルバムである。
カルロス・トシキ & B-EDGE
6th 2018年2月21日 ノヴァ・ノスタルジーア CD VSCD-3216 VIVID SOUND

ビデオ[編集]

MARINGA〜CARLOS TOSHIKI〜 FC限定
Acoustic Special FC限定 (1992年)

タイアップ曲[編集]

楽曲 タイアップ
カルロス・トシキ
PASSION Jリーグオフィシャルビデオ「Jリーグ’93フルマッチ」テーマ・ソング
Cross Shadow
夢を見させて テレビ東京系「TVチャンピオン」エンディングテーマ
鷹橋敏輝
FOREVER フジテレビ東海テレビ系連続ドラマ「愛の天使」主題歌
遠い夢 テレビ東京系「ニョキニョキ植物王国」エンディングテーマ
君が居て 僕が居た テレビ東京系「昼どきっ!見聞録」エンディングテーマ
Tell Me テレビ東京系「開運!なんでも鑑定団」エンディングテーマ

ラジオ番組[編集]

その他の出演[編集]

書籍[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d 『1983 - 1991 1986OMEGA TRIBE CARLOS TOSHIKI&OMEGA TRIBE COMPLETE BOX Our Graduation』のブックレットより。
  2. ^ a b カルロス・トシキ新バンドで「君は1000%」など名曲リメイク、ツアーも開催(音楽ナタリー、2018年2月8日)
  3. ^ a b c 【1986年5月】君は1000%/新生オメガトライブ “のど自慢荒らし”を迎えて好スタート
  4. ^ 実質は杉山清貴・大島孝夫・廣石惠一が脱退
  5. ^ 「君は1000%」「SuperChance」「アクアマリンのままでいて」80年代を彩った伝説のバンド、オメガトライブのカルロス・トシキが復活!
  6. ^ “カルロス・トシキ、ヘルニアで帰国後「ニンニク王」”. スポーツ報知 (報知新聞). (2017年3月9日). http://www.hochi.co.jp/entertainment/20170309-OHT1T50094.html 2017年6月19日閲覧。 
  7. ^ 詳細は『Super Chance』を参照。
  8. ^ 春樹の小部屋というブログにこのシングルの記載をしたところ、2008年11月4日に作曲者本人からこのシングルにまつわるエピソードが書き込まれている。

関連項目[編集]