ガエタノ・コメリ

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ガエタノ・コメリ
Gaetano Comelli
生誕 1894年6月19日
イタリア王国の旗 イタリア王国ミラノ
死没 1977年11月16日
日本の旗 日本東京都大田区
学歴 ミラノ音楽院
ジャンル クラシック
職業 指揮者
担当楽器 指揮

ガエタノ・コメリ: Gaetano Comelli1894年6月19日 - 1977年11月16日)は、イタリア出身の指揮者作曲家日本クラシック音楽に対し強い功績があった。

生涯[編集]

1894年、ミラノに生まれる。ミラノ音楽院を優秀な成績で卒業し、卒業時には自作のピアノ曲『英雄的エピソード』を演奏した。第1次世界大戦時にはイタリア第3軍の軍楽隊長を務める。

1927年3月、カルピ歌劇団の指揮者として来日。前から日本に対する強い関心があったという。4月には、1925年オーストリア人音楽家のヴィルヘルム・ドブロウィッチが死去して以来空席だった宮内省式部職楽部の教師に任じられる。以後、たびたび楽部を指揮してラジオ番組出演や宮中行事における演奏を行う。1934年2月13日日本人の江川しま子と結婚。これを報じた2月14日の朝日新聞にはファシスト党の徽章を付けて夫人と共に写るコメリの写真が掲載され、「銀ブラも出来なくなる、コメリではなくコマリです」と洒落を交えた言葉が紹介された。

1940年12月7日皇紀2600年奉祝曲として作曲され、日本政府に送られたイルデブランド・ピツェッティ交響曲イ調を紀元二千六百年奉祝交響楽団と共に初演する。この演奏は録音され、CDとして販売もされている。

戦後は藤原歌劇団を指揮したり、武井守成男爵が結成したマンドリンオーケストラのオルケストラ・シンフォニカ・タケヰを指揮して武井の作品を演奏した。武井作品の演奏は録音され、LP(後にCD)としても販売された。1970年勲四等旭日小綬章に叙された。

1977年11月16日、東京都大田区にて死去。享年83。

作品・編曲[編集]

指揮者として紹介されることの多いコメリだが、作曲や雅楽の編曲も手がけている。

  • ピアノ曲「英雄的エピソード」(ミラノ音楽院卒業時に演奏)
  • 一幕の歌劇「ミデューナ」(イタリア各地で上演された)
  • 五常楽 急
  • 賀殿 急
  • 慶徳
  • バルカローレ
  • 舟唄(独唱と管弦楽)
  • 蓑山(独唱と管弦楽)