ガーダー・メイリン

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ガーダー・メイリン(嘎達梅林、簡体字: 嘎达梅林)(1892年 - 1931年4月5日モンゴル語キリル文字:Гаадаа мийрэн Gaadaa Meiren中国語簡体字嘎达梅林)は東部内モンゴルで武装蜂起したことで知られるモンゴル族モンゴル人)。ムルトゥド氏。本名ナドミド、別名イェーシ、漢名孟青山ガダ・メイレン(Gada Meiren)。

内モンゴルの防衛部隊長[編集]

内モンゴルジェリム盟ホルチン左翼中旗(今の通遼市)出身。“ガーダー”は中国語東北方言で末っ子の意味。“メイリン”はその官職で、旗の軍務を統括する防衛隊長に当たる。

武装蜂起[編集]

1929年11月に漢族による蒙地開墾に反対した武装蜂起をし、1931年3月に中華民国東北軍によって鎮圧され、瀋陽の監獄に入れられるが、妻のムータン(中国語名:牡丹)の率いる者たちに救い出されて、それでも東北軍に追跡されて、戦死する。

民話・民謡[編集]

ガーダー・メイリンの話は、内モンゴルの民話として内モンゴル人に広く受け継がれている。

また、民謡としても受け継がれていて、この中国語版は中国内では大変有名で、最近はCDやカラオケでも出回るようになった。中国語版の出だしを書くと、

南方飛来的小鴻雁呀、不落長江不呀不起飛、

  南方から飛んできたガンは、揚子江に下りないと又飛び起きることはできない、

要説起義的嘎達梅林、為了蒙古人的土地。

  武装蜂起したガーダー・メイリンは、モンゴル人の土地を守るためであった。

2002年、馮小寧監督の映画「ガーダー・メイリン」が中国で封切られているが、これはガーダー・メイリンが日本軍および日本人に土地を奪われるので反乱を起こしたとしている。[1]

参考[編集]

関連項目[編集]