キング・オブ・ダーク王座

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キング・オブ・ダーク王座
管理団体 DDTプロレスリング
創立 2015年2月15日

キング・オブ・ダーク王座(キング・オブ・ダークおうざ)は、DDTプロレスリングが管理している王座。

概要[編集]

2015年に新たに設立されたタイトルで、同タイトルを保持しているとダークマッチにしか出られず、王者が挑戦者に勝たない限りは本選には出場できない(いわゆる第0試合でしか試合ができない)ことになってしまうタイトル。しかし、王者でも一部の試合には出場できる[1]。初代王者である伊橋剛太曰く「無駄にかっこいいベルト」。

時折、タッグマッチや3WAYマッチとして同王座の防衛戦が行われることもある。シングルの場合王者が直接勝たない限り王座は移動せず引き分けの場合も王座の防衛となる。タッグの場合は王者が直接勝利した場合のみ王座が移動しそれ以外の結果では王者の防衛となり王者に負けた相手が新王者となる。また、3WAYの場合、挑戦者同士で決着がついた場合は王者が防衛となる。両者リングアウトの場合も王者が防衛。また初代王者である伊橋は、各興行で同防衛戦が組まれていないとGMの前説に乱入して挑戦者を募集するが、挑戦者として当日試合の組まれていないDNAの面々や、伊橋が無理やり指名したDNAの面々にやられることが非常に多かった。さらにはルールを自身の得意なボクシングルールにしたり、GMの権限でKO-D無差別級王座ガンバレ☆プロレスに流出させてしまったヤス・ウラノだけ1カウントで負けとなるルールで試合が行われたこともある。自ら挑戦したいと名乗りを上げたレスラーはおらず挑戦者はGMの権限などで勝手に決まっていることが多い[2]

1月19日の川口大会でGMに「王者になるとモテる」「初代チャンピオンはお前しかいない」「赤井沙希とチャンピオンカップルになれる」と言われダークマッチにしか出られないベルトとは聞かされていない伊橋剛太入江茂弘とのシングルマッチに乱入してまでGMが交渉したDJニラのシングルで王座決定戦を行う[3]

しかし、1月25日の後楽園ホール大会のGMの前説中に福田洋星誕期が乱入してダークマッチを行い、星誕期が勝利。同王座の決定戦に、福田と星誕期のタッグがDJニラと伊橋剛太のタッグと対戦することが決定。

2月15日のさいたまスーパーアリーナ大会において初代王座決定戦が行われ、福田洋が首固めで伊橋を丸め込み、伊橋が初代王者となった。

3月29日には、「いつでもどこでも挑戦権」争奪時間差バトルロイヤルのドクロマークの封筒に同王座への挑戦権が入り、これを遠藤哲哉が獲得している。しかし、直前に遠藤が足を負傷したため、同王座の挑戦者にはこの時遠藤が持っていた「いつでもどこでも挑戦権」とすり替えたヤス・ウラノが挑戦することになった。またこの時GMは一部始終を見てはいたが、めんどくさくて黙っていたと言う[4]

8月23日、初の他団体の挑戦者として、"ハリウッド"ストーカー市川が挑戦するも、伊橋が防衛に成功。GMからは「市川さん相手に防衛したらもう上がりだな。もう永久王者としてベルト封印でいいんじゃないか?」と提案されてしまった[5]。なお、勝利したストーカー市川は、敗者が王者になる同ベルトのルールを知らず、「ウチの団体、一個ベルトがなくなったんだよ! よこせよ!」とクレームを付けていた。

11月3日、名古屋大会でKENSOが初のDDTグループ系列外の選手として初めて同王座を戴冠した。

2016年2月28日、ワンチューロが外国人レスラーとして初めて同王座を戴冠した。

5月21日、映像班の今成夢人が初めて同王座を戴冠。実際には事前にXと伊橋がシングルで防衛戦を行うはずがGMも大社長もXとなる選手を探しておらず当日の試合で大社長が今成を呼び込み今成は私服姿のままで王座戦に臨んだ。

2017年8月27日に鈴木大が防衛して以降は防衛戦が行われておらず、そのまま12月に鈴木大が引退。返上のアナウンスもなく事実上 封印状態にある。

歴代王者[編集]

歴代 レスラー 戴冠回数 防衛回数 獲得日付 獲得した場所(対戦相手・その他)
初代 伊橋剛太 1 11 2015年2月15日 さいたまスーパーアリーナ コミュニティアリーナ、星誕期&福田洋、パートナーはDJニラ
第2代 宮武俊 1 1 2015年6月6日 春日部ふれあいキューブ
第3代 伊橋剛太 2 14 2015年6月14日 大阪府立体育会館第2競技場、宮武俊&梅田公太、パートナーは福田洋
第4代 高木三四郎 1 4 2015年9月27日 後楽園ホール
第5代 KENSO 1 0 2015年11月3日 名古屋国際会議場
第6代 岩崎孝樹 1 4 2015年11月8日 春日部ふれあいキューブ、KENSO、伊橋剛太との3WAYマッチ
第7代 鈴木大 1 0 2015年12月13日 博多スターレーン
第8代 伊橋剛太 3 2 2015年12月23日 後楽園ホール、鈴木大&岩崎孝樹、パートナーはゴージャス松野
第9代 諸橋晴也 1 0 2016年1月23日 所沢市民体育館サブアリーナ
第10代 伊橋剛太 4 1 2016年1月23日 所沢市民体育館サブアリーナ
第11代 渡瀬瑞基 1 2 2016年1月31日 後楽園ホール、伊橋剛太&松永智充、パートナーは福田洋
第12代 ワンチューロ 1 0 2016年2月28日 後楽園ホール、渡瀬瑞基&梅田公太、パートナーは福田洋
第13代 諸橋晴也 2 1 2016年3月5日 春日部ふれあいキューブ、ワンチューロ&DJニラ、パートナーは星誕期
第14代 星誕期 1 0 2016年4月2日 春日部ふれあいキューブ
第15代 伊橋剛太 5 1 2016年4月24日 後楽園ホール、星誕期、松永智充との3WAYマッチ
第16代 今成夢人 1 2 2016年5月24日 春日部ふれあいキューブ
第17代 1 2 2016年8月6日 春日部ふれあいキューブ
第18代 島谷常寛 1 11 2016年9月25日 後楽園ホール、力&KENSO&伊橋剛太、パートナーはワンチューロ&レッカ
第19代 伊橋剛太 6 2 2017年2月19日 後楽園ホール
第20代 鈴木大 2 1 2017年8月20日 両国国技館、12月13日に引退したので返上

主な記録[編集]

  • 最多戴冠回数 : 6回 - 伊橋剛太(初代、3、8、10、15、19代)
  • 最多連続防衛回数 : 14回 - 伊橋剛太(第3代)
  • 最多通算防衛回数 : 30回 - 伊橋剛太

参考文献[編集]

  • 週刊プロレス No.1781、平成26年3月11日号(2月25日発行)、14頁、2015年
  • 週刊プロレス No.1782、平成26年3月18日号(3月4日発行)、104頁、2015年

脚注[編集]

  1. ^ 初代王者である伊橋は野郎Z興行で関根龍一と第一試合で対戦しているほか路上プロレスやビアガーデンプロレスの本戦などに参戦している。第6代王者の岩崎もDNA12に参戦している。
  2. ^ 【後楽園リポート】坂口、ケジメの勝利。いざ8・23両国メインのKO-D無差別級王座挑戦へ。「兄弟喧嘩は兄貴が勝つ」(KUDO)「兄弟喧嘩? これは戦争。殺し合いだよ」(坂口)/KO-Dタッグ前哨戦は関本&岡林に凱歌/MIKAMI、DDT所属最終試合を勝利で飾る/8・23両国で遠藤哲哉が復帰/アントンがEXTREME級王座奪取、8・23両国でV1戦/ディーノ&ササダンゴがKO-D6人タッグ王座挑戦を熱望。もう一人のパートナーは!?/8・23両国でスト市がキング・オブ・ダーク挑戦  2015年7月19日付
  3. ^ http://www.ddtpro.com/ddtpro/19290/
  4. ^ http://www.ddtpro.com/ddtpro/22691/
  5. ^ 【両国ピーターパン2015リポート】兄弟喧嘩を制したのは坂口! KUDOを撃破して悲願のKO-D無差別級王座を奪取! 最後は”祭り”→酒盛りで締めくくる!/団体エース対決を制した棚橋は怒りのコメント。HARASHIMAは「怒ってた? 思い通りにできなかったんじゃないですか」/関本&岡林のパワーに負けず、飯伏&佐々木がKO-Dタッグ奪還/ディーノ&ササダンゴ&大家のユニット名は#大家帝国に。KO-D6人タッグを取れずともリマッチ要求→ドリフは拒否/天龍引退ロード第16戦は?/遠藤復帰も勝利で飾れず/DDT EXTREME級戦に中澤マイケルが駆けつける/LiLiCoがプロレスデビュー! 試合後、アイアンマン王座を狙ってアジャを襲撃/井上&渡瀬がデビュー/伊橋、スト市にも敗れるも永久王者&ベルト封印は拒否/3・21両国は全面使用で路上プロレス開催/11・28大阪にRG、山里亮太が“特別参戦” 2015年8月23日付