ギブソン (楽器メーカー)

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ギブソン・ギター・コーポレーション
Gibson Guitar Corporation
Gibson Logo and Guitar.jpg
本社所在地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
テネシー州ナッシュビル
設立 1902年10月11日
業種 その他製品
事業内容 ギターエレクトリックベース及び関連製品などの製造
主要子会社 エピフォンボールドウィン・ピアノ、ウーリッツァー、ヴァレー・アーツスタインバーガーオーバーハイムなど
関係する人物 レス・ポール
チェット・アトキンス
外部リンク www.gibson.com
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同社の看板商品であるレスポール・モデル
エクスプローラー
J200モデル
ES-335
ES-175

ギブソン・ギター・コーポレーション (Gibson Guitar Corporation) は、アメリカテネシー州ナッシュビルに本拠を置く楽器メーカー。主にアコースティック・ギターエレクトリック・ギターを製造している。

概要[編集]

アコースティック・ギターエレクトリック・ギターの他にマンドリンバンジョーアンプストラップピックなども製造しており、業界において世界で極めて著名な会社の一つである。

子会社には、クレイマー (Kramer)とスタインバーガーヴァレー・アーツおよびベースギター専門のトバイアス (Tobias)、ピアノのボールドウィンエフェクターおよびMIDI機器製造のオーバーハイム、ドラム製造のスリンガーランド (Slingerland) がある。

その他関係する会社として、ナッシュビルへ移転する前の従業員により設立されたヘリテイジ (en:Heritage Guitars) がある。その他、メンフィスにおいても、カスタム・ギターの製造・販売を行っている。

2013年ティアックを子会社化、ローランドからCakewalk社を買収。2014年フィリップスの音響機器部門を買収。

2018年5月、過剰な債務が経営を圧迫したため経営破綻し、連邦倒産法第11章の適用を申請。債権者の69%以上が再建に同意しているという[1]

来歴[編集]

その創業は、職人であったオーヴィル・ヘンリー・ギブソン(Orville Henry Gibson, 1856年 - 1918年)が、1894年に、ミシガン州カラマズーマンドリン製作を始めたことに遡る。

1902年には、販売会社として、the Gibson Mandolin-Guitar Mfg. Co, Ltd. (ギブソン社)が設立される。オーヴィルは、自らの意思で経営を筆頭株主だったジョン・W・アダムスらに任せ、1908年以降、ブランド名と彼が取得した特許の使用料として年俸500ドルを受け取るのみで、コンサルタントとして工場に出向いて製作上のアドバイスをする以外に会社経営にはまったく関わることはなかった。1907年から1911年にかけ、入退院を繰り返し、1916年カラマズーを離れ再び入院し、1918年死去した。

1920年代から1930年代にかけ、ギブソン社は、数々のギターのデザイン革新に貢献し、特に当時在籍していたルロイド・ロアーの設計によるモデルL5により、アーチトップ・ギターのトップ企業となった。また、1923年にロイドが製作したF5のマスターモデルのフラットマンドリンを、ブルーグラスミュージックの父とされるビル・モンローが使用していたため、ロイドが当時製作したマンドリンは市場で数千万円という価格で取引されている。

1936年には、一般的には世界初コマーシャル・ベースのエレクトリックギターであるモデル、ES-150を発売した。1944年、CMI(Chicago_Musical_Instruments)社がギブソン社を傘下にする。

1952年、ギブソン社はギタリストのレス・ポールとの共同でソリッドギターを設計、レスポールモデルとしてフェンダー社ストラトキャスターと共に、エレクトリックギターのスタンダードとなる。その後、1950年代末においてエクスプローラーフライングVといったシリーズを発表、突飛なデザインのものでモダニステックギターと呼ばれた。世には出なかったが、モダーンやフューチュラといったモデルが、図面やごく少数プロトタイプで存在する。他にも、セミアコースティックES-335や、当時在籍していたセス・ラヴァーが開発した、ハムバッキングピックアップ(通称:P.A.F、このピックアップの背面に特許出願中の意であるPatent Applied Forと書かれたシールが貼られていたことから)の導入といった数多くの革新的な製品を世に送ることとなる。レス・ポールモデルは、1960年にモデルチェンジにより、翌年にダブルカッタウェイでボディの薄いSG(通称・レスポールSG)になったが、レス・ポール本人はSGを気に入らず、ギブソン社との契約は一時途切れた。

その後、エリック・クラプトンピーター・グリーンなど、著名ミュージシャンがオリジナル形状のレス・ポールモデルをこぞって使ったことが要因となり、中古市場も高騰するほどの強い支持の下、人気に後押しされるようにレス・ポールとの再契約の上、1968年後半にオリジナルを再発売、SGはレスポールとは異なる別モデルとなった。しかし、完全にオリジナル通りのスペックでの再発はさらに数年を必要とすることになる。現在も生産され続けるレスポールとSGはともに、ハードロックギタリストに非常に人気がある。その一方でバンジョー業界でも、ブルーグラスバンジョーの祖として知られているアール・スクラッグスが使用していたバンジョーを同じインレイ、装飾でスクラッグスモデルとして販売した。このバンジョーは現代でも根強い人気を持っている。

1969年、ECL(Ecuadorian Company Limited後のNorlin社)社という南米パナマのビールやセメントなどの複合企業がギブソンを買収する。

1960年代後半から、フジゲン(富士弦楽器製造株式会社1960年創立)が、星野楽器アイバニーズ神田商会グレコといったブランドでギブソンやフェンダーなどの有名ブランドのエレキギターコピーのOEM楽器製造へとシフト。

1977年 ギブソン社がフジゲン社ら日本の模造品メーカーを訴訟。しかし、フジゲンらがすでに日本で商標登録済みでギブソンが敗訴する結果となり、フジゲンがギブソンに商標譲渡で和解。フジゲン、神田商会やヤマハなどが、共同でコピー品の自粛呼びかけ広告をだしジャパンオリジナルデザイン化の道へ進む。

1974年から1984年に掛け、ギブソンギターの製造の中心はカラマズーからテネシー州ナッシュビルへと順次移転した。しかしながら、年齢など様々な要因でナッシュビルに移ることが出来なかった職人達が中心となってカラマズー工場の操業が続けられ、ヘリテイジとして現在に至っている。時にヘリテイジは「もう一つの、または古き良きギブソン」と呼ばれることもある。

1984年、ギブソン社、ミシガン州のカラマズー工場閉鎖。

1985年 ギブソンの元社員5名がカラマズー工場の機材を買取り、Heritage Guitar Inc.を設立

1986年に、ヘンリー・ジャスコヴィッツ、デイヴ・ベリーマンなどにギブソン社は買収され、新たな体制の下、会社の再編が行われていく。翌1987年、カントリー・ジェントルマンを発売。

2012年1月音響機器メーカーオンキヨーに資本参加、13.40%の株式を保有し第2位の大株主となり、さらに、同年同月にオンキヨーと資本提携をしたティアックと、2013年3月29日資本・業務提携契約を締結することで合意した旨発表、4月1日から株式公開買付けを開始、5月9日付でティアックを子会社化した[2][3]

2014年、米ギブソン・ブランズ(テネシー州)が、オランダの電機大手フィリップスの音響機器部門の1億3500万ドルでの買収。子会社のティアックが発表[4]

2017年、米国内に3つある生産拠点の一つメンフィス工場の、規模を縮小し移転[5]

2017年6月、過去10年間でエレキギターの売上高は、年間約150万台から年間100万台と急激に低下したため、二大企業のギブソンとフェンダーは負債を抱え、業界3位のPRSは人員削減と安価なギターの生産拡大を迫られた、と報じられた[6][5]

2018年2月には、経営危機に直面しており、販売の伸び悩みに加え返却期限の迫る債務が負担になっているとされた[7]

同年5月1日、連邦破産法第11章の適用をデラウェア州の裁判所に申請、楽器製造などの事業を継続しつつ、経営の立て直しを目指す[8]。負債総額は最大5億ドルに上るとみられている[8]

日本[編集]

1980年代後半から1990年代には創業者の名に因んだオービル (Orville) というギブソン社公認のブランドが日本に存在し、日本における他社の安価なコピーモデルを牽制する目的で、レスポールやSGなどを日本の楽器製造業者数社(フジゲンや寺田楽器)で製造し、ギブソン社の製品より手頃な価格で販売していた。その後、オービルブランドの生産は終了し、エピフォンブランドに引き継がれた。

2006年12月末、日本国内の輸入代理店であった山野楽器は、米国ギブソン社との輸入代理店契約を終了。2007年1月をもって公式ウェブサイトGibson Official Fan Club JapanおよびEpiphone Official Site Japan(共にgibson.jp内)の運営を終了した。

2007年6月、Gibson USA出資の日本法人GIBSON GUITAR CORPORATION JAPANを設立し、初代代表取締役社長に、フェンダー・カスタムショップに在籍した経歴とギター関連の著作で知られる岩撫安彦が就任。日本国内の自社工場は所有していないが、東京都内にショールームを開設した。

2012年旧代理店時代には垣根のない小売店への卸販売が行われていたが、2012年7月現在では国内の限定された楽器店のみGibson製品の流通販売が行われている。

2014年7月、米Gibson Brands(ギブソン)の世界初となるショールームが東京・八重洲にオープン(元・オンキヨーのショールーム)[9]

2016年7月現在、本社所在地はショールームのある八重洲のビルの6Fとなっており、前住所の銀座オフィスは閉鎖されたと思われる。またギブソン・ジャパンの会社HPも閉鎖されており、今後日本法人が継続するのか危惧されている。

2017年12月、東京・八重洲に設置したショールームを閉鎖[5]

使用する木材[編集]

楽器としてのこだわりから、良質の木材を使用している。2009年、アメリカの司法当局は、ギブソンが木材の違法輸入をしているとして捜査を開始。捜査の過程で、26万ドル分もの木材の差押を受けている。結果的に、マダガスカルから黒檀を違法輸入したとして、30万ドルの罰金を命じられている[10]

製造品[編集]

アコースティックギター[編集]

  • J-200
  • J-185
  • J-180
  • J-165EC
  • J-45
  • J-50 - J-45のナチュラル・フィニッシュ・カラー。
  • B-25
  • L-00
  • L-1
  • ヘリテイジ(カスタム)(heritage(custom))
  • LG-0
  • LG-1
  • LG-2
  • アドバンスジャンボ (Advanced Jumbo)
  • ブルースキング (Blues King)
  • カントリーウェスタン (Country Western)
  • ダヴ (Dove)
  • ハミングバード (Hummingbird)
  • ソングライター (Song Writer)
  • サザンジャンボ (Southern Jumbo)

エレクトリックギター[編集]

エレクトリックベース[編集]

  • EB-0
  • EB-1
  • EB-2
  • EB-3
  • EB-4

フラットマンドリン[編集]

  • ギブソン・Aシリーズ
  • ギブソン・F5G
  • ギブソン・F5L Fern
  • ギブソン・F12
  • その他Fタイプフラットマンドリン

バンジョー[編集]

  • ギブソン・アールスクラッグスシリーズ
  • ギブソン・RBシリーズ
  • ギブソン・フリントヒルスペシャル
  • ギブソン・グラナダモデル

その他[編集]

使用アーティスト[編集]

海外[編集]

日本[編集]

  • 鮎川誠 - 長年、黒のレスポール・カスタムを使用。
  • 阿部義晴 - フライングVを愛用。
  • 植木等 - 本来はジャズギタリストであり、クレージーキャッツ時代にはES-175などを使用していた。
  • 植村花菜 - デビュー当時からB-25を愛用している。
  • 岡本仁志GARNET CROW) - Historic Collection 1957 Les Paul Reissueを主に使用。
  • 奥田民生 - 大のギブソンフリークであり、「至宝」とも呼ばれる1959年製のレスポール・スタンダードを愛用する他、日本人で初めてインスパイアシリーズとして自身のモデルが発売された。
  • 山口洋 -レスポールjr.ファイアーバードを所有しライブやレコーディングにて使用している。
  • 橘高文彦 - ヴィンテージのフライングVをメインで使用している。
  • 岸田繁くるり) - Les Paul Custom,Les Paul Standard (Gold Top),SG Standard,CL-20などを使用。
  • 後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION) - P-90ピックアップの音色を非常に気に入っており、その事からライブ・レコーディング問わずレスポール・スペシャル(又はジュニア)を愛用している。過去にはレアモデルであるマローダーをメインで使用していた時期があり、「ソラニン」を除く全てのPVで使用している姿が見られる。またジョン・レノン・モデルのレスポール・ジュニアも使用。
  • 喜多建介(ASIAN KUNG-FU GENERATION) - 大学時代からチェリーサンバーストのレスポールをライブ・レコーディング問わず愛用している。
  • 斉藤和義 - 長年愛用している黒色のJ-45を筆頭に様々な機種を所有している。
  • 桜井和寿Mr.Children)J-45やJ-200 ES-335やES-330などを愛用。
  • 北川悠仁ゆず) - 初期からJ-160Eを愛用しており数本所有。他にHumming Bird,Southern Jumbo,村上隆のペインティングが施されたJ-50などを使用。自宅用にL-50を所有。
  • 佐藤研二(元マルコシアス・バンプ) - ギブソン派だと言う。同じギブソン派であり、『三宅裕司のいかすバンド天国』で対決した事があるたま(現在は解散)の滝本晃司にベースを借りる事もあったと言う。
  • 椎名林檎 - 第2期の東京事変以降、現在までRDアーティストを使用。  
  • JOJO広重非常階段)- SGをメインで使用。
  • 岡野昭仁ポルノグラフィティ) - Les Paul Special,SG Jr(共にTV Yellow)や、Sheryl Crowなどを使用。
  • 新藤晴一ポルノグラフィティ) - 1960年製レスポールなど多くのギブソンギターを所有。また、2007年までギブソンとエンドースメント契約をしていた。
  • 高見沢俊彦THE ALFEE) - 1959年製レスポールスタンダード、1958年製3ピックアップ仕様レスポール・カスタム(ブラック・ビューティー)、ジミー・ペイジモデルのレスポール等シグネチャーモデルES-335フライングV等、多数のギブソン製ギターを愛用している。
  • 竹仲絵里 - アルバム『ペルソナ』発表以降今日に至るまでJ-200を愛用している。
  • 田原健一(Mr.Children) - ES-355やES-335 レスポールスタンダードなど数多く使用している。
  • CHAGE (CHAGE and ASKA) - DoveやJ-45をライヴで使用している。
  • NAOTO(ORANGE RANGE) - シングル「チャンピオーネ」発表頃からレスポール・カスタム、ES-335など、ライブ・レコーディングを問わず多くの機種を使用している。
  • 中山加奈子(元プリンセス・プリンセス)- SGをメインで使用。
  • 橋本絵莉子チャットモンチー)- ライブやレコーディングでしばしばレスポール・カスタムを使用。レスポール・カスタムとしては珍しいTVイエローカラー仕様を使用している。一時期はレスポール・スペシャルも使用していた。アコースティックギターもレコーディングで使用している。
  • PATAX JAPAN) - ライヴではほとんど使用している。
  • hide(X JAPAN)生まれて初めて手にしたエレクトリック・ギターは、横須賀米軍キャンプで購入したレスポール・デラックス。レコーディングでは1959年製レスポール・スタンダードをメインで使用していた。自身の代名詞とも言えるフェルナンデス製モッキンバードタイプのオリジナルモデルにもレスポールのスペック(ブックマッチのメイプルトップ+マホガニーバックボディ+パッシブピックアップ等)を取り込んで製作するほど、レスポールサウンドを気に入っていた。
  • 福山雅治 - レコーディング時にはギブソン・J-50 '59を使用することが多く、またジョン・レノン・モデルのレスポール・ジュニアも使用。
  • 藤原基央BUMP OF CHICKEN) - ヒストリック・コレクション 1960 レスポール・スペシャル シングルカッタウェイ TVイエローを4本所有。他に、1957年製レスポール・スペシャルも所有している。
  • 増川弘明BUMP OF CHICKEN) - ヒストリック・コレクション レスポール・スタンダードを3本所有。インディーズ時代はレスポール・スタジオを使用していた。
  • 星野源 - ES-125,ES-335,J-45を各2本、B-25,J-50,ES-335TDを各1本使用。SAKEROCKの初期では植木等へのリスペクトからかES-175コピーモデル(Greco S-55)を使用していた。
  • 高城晶平(cero) - ES-335を使用。
  • 細美武士ELLEGARDEN/the HIATUS/MONOEYES) - レスポールをメインで使用し続けている。
  • ホリエアツシ(ストレイテナー) - デビュー以来今日まで常にSGをメインで使用し続けている。
  • 真島昌利 (ex-THE BLUE HEARTS) (ex-↑THE HIGH-LOWS↓) (現ザ・クロマニヨンズ) - 1987年のデビュー当時から、レスポール・スペシャルを愛用し、後にヒストリック・コレクションの レスポール・スタンダードや、レスポール・ジュニアなどを愛用。「ライブでは、やっぱりレスポール。コードをガーッン!!ってね」とは本人の談。
  • 松本孝弘B'z)- アジア人初のシグネチャープレイヤー。名前を冠したギターを日本人で初めて製作されている。
  • 葛城哲哉 - 国内初(1993年)のギブソン社契約プレイヤー。
  • miwa - 高校時代に購入したギブソン・J-45をメジャーデビューした現在も愛用している。メロディ・メイカーのジョーン・ジェットモデルの件で女性で初めてギブソン社に公認ギタリストとして認められた。
  • 三輪テツヤスピッツ) - デビュー当初からレスポールを好んで使用し、現在はP-90を積んだゴールドトップをメインに起用している。
  • 矢口壹琅 - B.B.King Lucille (Cherry)、1986年制 J-180 Everly Brothers Flattopを使用。
  • 山崎まさよし - 大のギブソンフリークとして知られており、ヴィンテージを含め様々な機種を所有している。
  • KOHTA YAMAJI - レスポールをメインで使用。
  • 山内総一郎(フジファブリック) - 一部楽曲でES-335、レスポールゴールドトップを使用。
  • 吉田拓郎 - 日本でJ-45といえば、まず吉田拓郎の名前が挙がる[11](⇒明日に向って走れ)。
  • KIYA-HEN - 1981年製フライングVを愛用している。
  • 招鬼(陰陽座)カスタムショップ製のレスポールカスタム、レスポールスタンダード、EDS-1275、SGスタンダードなど、一貫してギブソン製ギターを使用している。
  • dEnkAKNOCK OUT MONKEY) - メジャーデビュー以前から一貫してギブソン・レスポールを使用。コリーナVも所有。

出典[編集]

  1. ^ データを読む 楽器メーカーギブソン破綻、関係先への影響は東京商工リサーチ 2018年5月7日
  2. ^ 梅咲 恵司(東洋経済 記者) (2013年3月29日). “ギター名門ギブソンの“仰天”TOB会見―買収先のティアック社長とロックで競演―”. 東洋経済オンライン. http://toyokeizai.net/articles/-/13491 2013年3月30日閲覧。 
  3. ^ ギブソン・ホールディングス・インクによる当社株式に対する公開買付けの結果並びに親会社及び主要株主である筆頭株主の異動に関するお知らせ(2013年5月1日)
  4. ^ 米ギブソン、フィリップスの音響機器部門を買収
  5. ^ a b c ギブソンが経営悪化。ムーディーズの担当者「今年は危機的だ」”. HUFFPOST (2018年2月20日). 2018年5月2日閲覧。
  6. ^ Why my guitar gently weeps”. The Washington Post (2017年6月22日). 2018年5月2日閲覧。
  7. ^ 老舗ギターメーカー、米ギブソンが経営危機 債務返済に苦慮”. AFP (2018年2月20日). 2018年5月2日閲覧。
  8. ^ a b 米ギター老舗ギブソン、破産申請”. ニューヨーク時事(時事.com) (2018年5月1日). 2018年5月2日閲覧。
  9. ^ 名門の米ギブソン、東京から始まる世界戦略〜ギター界の巨人が世界初のショールームを開設〜
  10. ^ ギターのギブソン社、木材の違法輸入で罰金2300万円ロイターニュース 2012年8月7日
  11. ^ 小川真一 「J-45名盤案内」『ギブソンJ-45永久保存ガイド』 晋遊舎〈晋遊舎ムック〉、2011年8月1日、pp.88-91。ISBN 978-4-86391-312-7。小栗有以と久保怜音は「東京五輪のころにAKB48の顔に」 (SmartFLASH)クロサワ楽器店×三木楽器×ギブソンによるオリジナルオーダーモデル GIBSON ACOUSTIC 1967 J-45

参考文献[編集]

  • ロブ・ローレンス『レスポール大名鑑1915~1963 写真でたどるギブソン・ギター開発全史』(ブルース・インターアクションズ、2011年)ISBN 978-4-86020-390-0
  • トニー・ベーコン『世界で一番美しいアメリカン・ギター大名鑑 ヴィジュアルでたどるヴィンテージ・ギターの歴史』(DU BOOKS、2013年)ISBN 978-4-92506-472-9

関連項目[編集]