ギュスターヴ・ポントン・ダメクール

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La chère hélice(愛しのプロペラ号)。1863年、ナダールが撮影。

ギュスターヴ・ポントン・ダメクール子爵(vicomte Gustave Ponton d'Amécourt 1825年8月16日 パリ - 1888年)はフランスの古銭学者、考古学者。フランス古銭学会(Société française de numismatique )の会長であり創立者である。メロヴィング朝の貨幣を専門に研究した。

ナダール(写真家・飛行家)やジュール・ヴェルヌ(小説家)とは友人であった。何にでも手を出す性格で、数学、サンスクリット語、ギリシア語、ラテン語を学習した。またレジオン・ドヌール勲章保持者である。

ヘリコプターを意味するフランス語 hélicoptère /エリコプテール/ を発明したのは彼である[1]。ポントン・ダメクールは、ギリシア語の helikos (螺旋、プロペラ)と pteron (翼)の2語を組み合わせてこの語を作った。この語の初出は1861年8月3日で、イギリスにおける特許明細書に書かれた。フランスにおける特許出願は1861年4月3日になされ、1862年7月16日に特許番号49.097として認可された。彼はガブリエル・ド・ラ・ランデルと共同で、蒸気動力の模型ヘリコプターを製作した。そのボイラーはアルミニウムの史上最初の使用例の一つであった。おそらく、ジュール・ヴェルヌはダメクールの発明が詳説された1863年の冊子を読んでおり、彼が『征服者ロビュール』(1886年)に登場させたヘリコプターは、ある程度ダメクールの影響を受けている。

ナダールの写真(右図)が残る動力模型ヘリコプター La chère hélice (愛しのプロペラ号)はダメクールが開発したもので、蒸気機関により二重反転ローターを回した。実験は1863年5月21日に行なわれた。[2]

ポントン・ダメクールが市長を務めたセーヌ=エ=マルヌ県トリルポール(Trilport )には、彼の記念碑が建てられている。

出典[編集]

  1. ^ Thierry Le Roy, « L'hélicoptère : une invention prometteuse au XIXe siècle. », dans Pour la Science (ISSN 0153-4092), Les génies de la science, n°31, mai-juillet 2007.
  2. ^ フィリップ・ド・ラ・コタルディエール他著『ジュール・ヴェルヌの世紀』(東洋書林、2009年)p.214

参考資料[編集]

  • Gustave de Ponton d'Amécourt, "Les monnaies mérovingiennes du Cénomannicum", dans la Revue Historique et Archéologique du Maine, Le Mans, 1881-1882, tomes X, XI et XII. (voir aussi : coll. CD-RHAM, édition numérique, en mode image et texte, fonds de documentation interactive de la Revue Historique et Archéologique du Maine (1876 - 2000), Le Mans, 17 rue de la Reine Bérengère).