クオレマ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動先: 案内検索

クオレマ』(フィンランド語: Kuolema)は、アルヴィド・ヤルネフェルトの戯曲。「クオレマ」という言葉は、「」を意味する。1903年に初演され、1911年に改訂された。義弟のジャン・シベリウスが同名の劇付随音楽をつけたことから有名になった。その中でも、後に単独のコンサートピースに編曲された《悲しきワルツ》が名高い。

戯曲[編集]

は以下の3幕からなる。

  1. 第1幕は、パーヴァリ少年と、病臥したその母親が主役である。母親は、眠っていると音楽が流れ出し、踊り子たちのを見る。踊り子たちが部屋を埋め尽くすと、彼女も踊りの中に加わるが、くたくたになってしまう。踊り子たちがいなくなると、再び彼女は踊り始める。しかしながら死神が3回扉を叩くと、音楽は止まる。死神は、亡夫に姿をやつして彼女に言い寄る。
  2. 第2幕の主役は、さすらう青年となったパーヴァリが主役である。ある時パーヴァリは、「年老いた魔女」が暮らす小屋に出くわして、魔女のために小屋の中でパンを焼き、灯りを燈す。魔女はパーヴァリに、未来の花嫁に逢えるという指輪を与える。舞台はたちまち夏のに変わると、森の中でエルザという乙女が歌を口ずさんでいる。そこにパーヴァリが現れる。二人は互いに寄り添って眠った後、パーヴァリは目を醒まして旅立ちの用意をするが、エルザはパーヴァリが自分と一緒にいてくれることを望む。そこにの群れが二人の頭上を飛び回り、そのうち一羽が群れを離れて、一人のみどり児を運んでくる。
  3. パーヴァリとエルザはすでに結婚している。パーヴァリは身銭を切って学校を建てる。その後パーヴァリとエルザの住まいは火事に遭う。自宅が炎上する間、パーヴァリは来し方を振り返り、大鎌を掴んだ母親の亡霊を炎の中に認める。第1幕と同じように、死神が肉親の姿で主人公の前に現れたのだった。自宅が倒潰するのと同時にパーヴァリは息を引き取る。終幕で村人たちがエルザと遺児たちを慰め、パーヴァリを偲ぶ。パーヴァリはみんなの心の中に生きているとエルザが語って結末を迎える[1]

楽曲[編集]

初稿[編集]

1903年の舞台上演に向けてシベリウスが付随音楽として作曲したのは、以下の6曲である。

  1. 第1幕の音楽: Tempo di valse lente - Poco risoluto
  2. 第2幕の音楽:バリトン独唱のための「パーヴァリの唄」 Moderato (Paavali's Song: 'Pakkanen puhurin poika')
  3. 第2幕の音楽:前奏とソプラノ独唱のための「エルザの唄」および後奏 Moderato assai - Moderato (Elsa's Song: 'Eilaa, eilaa') - Poco adagio
  4. 第2幕の音楽:「鶴」 Andante (The Cranes)
  5. 第3幕の音楽: Moderato
  6. 第3幕の音楽: Andante ma non tanto

改作と編曲[編集]

シベリウスは1904年に第1曲を改訂すると、《悲しきワルツ》作品44として同年4月25日に上演した。1905年ブライトコプフ・ウント・ヘルテル社より出版されると、たちどころに聴衆の人気を得て、シベリウスの代表作の一つとなった。しかしながら出版社との契約のため、《悲しきワルツ》の上演で得られる版権は、かなりの低額に留まった[2]

1906年にシベリウスは、第3曲と第4曲を結合し、改訂して、題名も《鶴のいる情景(Scene with Cranes)》に改めた。《鶴のいる情景》は1906年12月14日ヴァーサで初演されたが、作品番号は付されず、作曲者の存命中に再演されることはなかった。結局《鶴のいる情景》が出版されたのは、シベリウスの死後16年目の1973年になってからであり、作品番号は《悲しきワルツ》にあやかって、作品44-2とされた(このため《悲しきワルツ》は、現在では作品44とする例と、作品44-1とする例とが見られる)。

同じく1906年には、劇音楽《クオレマ》を編曲して、弦楽合奏のための《恋人たちのロンディーノ(Rondino der Liebenden)》を書き上げたが、1911年まで上演されないままだった。1911年にヤルネフェルトが戯曲『クオレマ』の改訂版を上演すると、このためシベリウスは《恋人たちのロンディーノ》の改訂稿を作成して《カンツォネッタ》と改題し、さらに新作の《ロマンティックなワルツ(Valse romantique)》を書き下ろした。この2曲の初演は、1911年3月8日にヘルシンキ国立劇場において行われ、《悲しきワルツ》も併せて上演された。演劇は成功しなかったが、シベリウスは《悲しきワルツ》が、《カンツォネッタ》作品62aや《ロマンティックなワルツ》作品62bと一緒に繰り返し成功することを望んで、上演後直ちに(作品62を)2曲抱き合わせで出版した。だが何れも《悲しきワルツ》ほどには聴衆の注目を集めなかった。

《悲しきワルツ》や《鶴のいる情景》、《カンツォネッタ》、《ロマンティックなワルツ》を、(元々それぞれの稿の成立経緯が違っているにもかかわらず)あたかも劇音楽《クオレマ》の全曲録音であるかのように、1つの組曲として上演したり録音することがたまに行われているが、それはシベリウスが意図したことではない。

[編集]

  1. ^ Eija Kurki, Liner notes for BIS recording by Osmo Vänskä and the Lahti Symphony Orchestra (BIS CD-915).
  2. ^ Erik Tawaststjerna (trans. Robert Layton), Sibelius, Volume II: 1904-1914. Faber and Faber (London, 1986), pp. 45-46.

関連項目[編集]