クムル汗国

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清・ジュンガル戦争(1687年~1759年)を進め、クムル汗国は清に味方した。

クムル汗国(クムルハンこく、英語: Kumul Khanate)はハミ王国(はみおうこく)、ハミ王国(はみかいおうこく)などとも呼ばれた、現在の中華人民共和国新疆ウイグル自治区最東部のクムル(現在名:ハミ)を中心に展開したウイグル人汗国(1696年~1930年)である。

短史[編集]

クムル汗国はチャガタイ・ハン国が1347年に東西に分裂してできたモグーリスタン・ハン国の末裔で、1696年に明へ朝貢を始めた。1884年には新疆省に組み入れられたが、半独立状態を保った。1911年に始まった民国政府になっても、新疆省政府主席の楊増新が汗国へ友好的であったので、マスド・シャー王(Maqsud Shah)は新疆政府へ朝貢した。

1920年代には日本の密偵が新疆にも入り始め、汗国はウイグル人の国であったので、ウイグル全体が反乱する盾になっていたが、金樹仁主席は1930年にハミなど三地方を設立して、汗国を廃止した。これはクムル暴動(Kumul Rebellion)を引き起こしたが、1934年までには鎮圧された。

ハミ汗国の王墓は、ハミ市内に王墓群として残されている。[1][2][3]

歴代王のリスト[編集]

参照項目[編集]

脚注[編集]