クルーズフェリー飛龍

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クルーズフェリー飛龍
Hiryu in Ishigaki.jpg
石垣港に接岸中のクルーズフェリー飛龍
基本情報
船種 フェリー
船籍 日本の旗 日本
パナマの旗 パナマ
所有者 船舶整備公団
有村産業
DBSクルーズフェリー
丹東国際航運
運用者 有村産業
DBSクルーズフェリー
丹東国際航運
建造所 三菱重工業下関造船所
姉妹船 クルーズフェリー飛龍21
IMO番号 9112246
改名 クルーズフェリー飛龍
PYEONG SAN
ORIENTAL PEARL 6
経歴
起工 1994年
進水 1995年
竣工 1995年
就航 1995年7月1日[1]
要目
総トン数 10,351 トン
全長 167.0 m
22.0 m
機関方式 ディーゼル
出力 27,000 PS
最大速力 26.6ノット
航海速力 25.0ノット
旅客定員 270名
車両搭載数 トラック145台、乗用車100台
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クルーズフェリー飛龍(クルーズフェリーひりゅう)は、有村産業が運航していたフェリー

概要[編集]

船舶整備公団の共有建造制度を使用して三菱重工業下関造船所で建造され、1995年名古屋 - 大阪 - 那覇 - 宮古 - 石垣 - 基隆/高雄航路に就航した。本船に続いてクルーズフェリー飛龍21が建造されたが、一部構造が異なる。

有村産業は1999年6月23日会社更生法を適用したが、2008年6月23日に更生手続きが廃止となり事実上破産したため、航路休止となり、本船は鉄道建設・運輸施設整備支援機構に移管され、僚船のクルーズフェリー飛龍21、フェリー海龍とともに常石造船で係船された。

2009年12月、韓国DBSクルーズフェリーに約7億円で売却されPYEONG SANとなった[2][3]イースタン・ドリーム(元クイーンコーラル (2代))の代船として、境港 - 東海 - ウラジオストク航路(環日本海横断定期航路)に就航する計画であった。

2010年、丹東国際航運に売却されORIENTAL PEARL 6(東方明珠6号)として丹東 - 仁川航路に就航している。

船内[編集]

旅客設備を重視した設計で、船内にはエスカレーターエレベーターが設置され、全部屋がバス・トイレを備える豪華仕様であった。エントランスホールには、シーサー紅型があしらわれ、廊下には石敢當が置かれるなど、沖縄をイメージした内装となっていた。

船室[編集]

  • スイートキャビン(特等、2名×3室 Dデッキ2室・Cデッキ1室) - ツイン、バス・トイレ、冷蔵庫、テレビ
  • アウトサイドキャビン(一等、4名×40室 各デッキ20室) - 二段ベッド、バス・トイレ、テレビ
  • インサイドキャビン(二等、6名×36室 各デッキ18室) - 二段ベッド、バス・トイレ、テレビ

船内設備[編集]

Dデッキ「パノラマデッキ」
  • パノラマサロン
  • カラオケルーム「スタジオレキオス」
  • シミュレーションゴルフ「飛龍カントリークラブ」
  • サンセットテラス
  • ゲームコーナー「アミューズメントスペース」
Cデッキ「レセプションデッキ」
  • エントランスホール
  • レセプション(受付)
  • ショップ「まりん・マリン」
  • セレモニールーム
  • イベントホール「レキオグランデ」
  • 茶室「山原舟」
  • レストラン「セブンシーズダイニング」
  • カフェテリア
  • カフェパティオ
  • バー「キャプテンズバー」
  • 特別レストラン「飛龍クラブラウンジ」
  • プールテラス(プール・ジャグジー・水風呂・サウナ)

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 世界の艦船(1995年12月号,p120)
  2. ^ “鉄道・運輸機構 2隻の旅客フェリーの入札結果”. 内航海運新聞 (内航新聞社): pp. 6. (2009年12月21日). http://www.naikou.co.jp/topics/2009-12-21.htm 2016年2月21日閲覧。 
  3. ^ “有村産業の債権者集会で一般競争入札状況を報告”. 内航海運新聞 (内航新聞社): pp. 2. (2010年3月29日). http://www.naikou.co.jp/topics/2010-03-29.htm 2016年2月21日閲覧。