グローセンゼーバッハ

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紋章 地図
(郡の位置)
Wappen Großenseebach.svg Lage des Landkreises Erlangen-Höchstadt in Deutschland.png
基本情報
連邦州: バイエルン州
行政管区: ミッテルフランケン行政管区
郡: エアランゲン=ヘーヒシュタット郡
緯度経度: 北緯49度37分 東経10度52分
標高: 海抜 296 m
面積: 7.21 km²
人口:

2,395人(2015年12月31日現在) [1]

人口密度: 332 人/km²
郵便番号: 91091
市外局番: 09135
ナンバープレート: ERH
自治体コード: 09 5 72 127
行政庁舎の住所: Am Hirtenberg 1
91091 Großenseebach
公式ウェブサイト: www.Grossenseebach.de
首長: ベルンハルト・ゼーベルガー (Bernhard Seeberger)
郡内の位置
Großenseebach in ERH.svg

グローセンゼーバッハ (Großenseebach) は、ドイツ連邦共和国バイエルン州ミッテルフランケンエアランゲン=ヘーヒシュタット郡に属す町村(以下、本項では便宜上「町」と記述する)で、ヘスドルフ行政共同体の一員である。

地理[編集]

自治体の構成[編集]

この町は、公式にはグローセンゼーバッハ集落単独で構成される[2]

歴史[編集]

ゼーバッハ集落は、1348年に初めて文献上で言及されている。大聖堂の付属農場に属し、1468年からはバンベルク司教区領となったが、個別の地所については、ニュルンベルクの貴族のレーエンとして分割統治された。16世紀には再び司教座教会司祭長管轄地が優勢となり、ビューヒェンバッハ司祭長管区となった。三十年戦争でグローセンゼーバッハは破壊されてしまった。1803年帝国代表者会議主要決議プロイセン王国領となったが、一時的なフランス統治の後1810年バイエルン王国領となった。1811年にヘルツォーゲン地方裁判所、1847年にヘルツォーゲンアウラハ会計局の管轄下に置かれた。現在の自治体が成立したのは、1818年のことである。1980年に、それぞれ独立した自治体であるグローセンゼーバッハとヘスドルフによってヘスドルフ行政共同体が創設された。

行政[編集]

議会[編集]

グローセンゼーバッハの議会は14議席で、これに首長が兼任で加わる。

紋章[編集]

基部は、銀地に青い斜めの波帯。その上部は金地と赤地に二分割。向かって左は左向きの(向かって右向き)の赤い爪を持つ黒い獅子、それにかぶせて銀の斜め帯。向かって右は、銀のアカマツ

交通[編集]

グローセンゼーバッハは、アウトバーンA3 ヴュルツブルク – ニュルンベルク線のエアランゲン西インターチェンジ近くに位置している。

引用[編集]