ケベック (ケベック州)

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ヴィユ・ド・ケベック/ケベックシティ
Ville de Quebec(仏)
Quebec City(英)
—    —
セントローレンス川とケベック市街


印章
愛称:
ラ・ヴィエイユ・キャピトール
La Vieille Capitale
標語:Don de Dieu feray valoir
(私は神の贈り物を有用に使う)
ケベックシティの位置(ケベック州)
座標: 北緯46度49分0秒 西経71度13分0秒 / 北緯46.81667度 西経71.21667度 / 46.81667; -71.21667
カナダの旗 カナダ
ケベック州
行政区 ラ・シテ、サント・フォワ - シルリー、シャルルブール、ボーポール、リムワル、ラ・オート・サン・シャルル
定住開始 1608年
創設者 サミュエル・ド・シャンプラン
行政
 - 市長 レジス・ラボーム
面積
 -  454.26km² (468.9mi²)
 - 都市部 670.10km² (258.7mi²)
 - 都市圏 327,653km² (12,651mi²)
標高 73m (240ft)
人口 (2006年)[1][2]
 -  491,142人
 - 人口密度 10,812人/km² (28,003人/mi²)
 都市部 659,545人
 - 都市部人口密度 2,184人/km² (5,657人/mi²)
 都市圏 715,515人
 - 都市圏人口密度 9,824人/km² (25,491人/mi²)
等時帯 東部標準時 (UTC-5)
 - 夏時間 東部夏時間 (UTC-4)
市外局番 +1-418/581
ウェブサイト 公式サイト

カナダ > ケベック州 > ケベック・シティー

ケベック・シティーフランス語: Ville de Québec英語: Quebec City、発音:[/kəˈbɛk/])は、カナダケベック州の州都である。州ではモントリオールに次いで人口が多い。2006年の調査では、ケベックシティの人口は491.142人(国内9位)で、大都市圏内では715.515人(国内7位)である。[1][2]

セントローレンス川が、ダイアモンド岬と、対岸のレヴィとに接近した地点で狭まっていることから、先住民アルゴンキン族の言葉で「川が狭くなっているところ」を意味する「ケベック」という名前になった。1608年サミュエル・ド・シャンプランが入植して、北アメリカでも最も古い植民地の一つになる。市内の旧市街はメキシコ以北では現存する唯一の城郭都市となっており、1985年にユネスコ世界遺産に「ケベック旧市街の歴史地区」として登録された[3][4]。 ケベック州との区別から一般に「ケベック・シティー」、または「ヴィユ・ド・ケベック」と呼ばれる。1608年に設立されており、北米内で最も古い歴史を持つ都市のひとつでもある[5]。アメリカ文化が強い北アメリカで、公用語がフランス語で、人々の生活様式や文化の面でフランス文化が強いという独自性を放つ。フランス語ではケベック州は「le Québec」、ケベック・シティーを単に「Québec」と呼び、区別している[6]

目次

歴史

サミュエル・ド・シャンプラン
アビタシオン

1534年から3度にわたり、フランス国王フランソワ1世に派遣されたジャック・カルティエが、スタダコナ(現在のケベックシティ)に入植を試みたが、当初はうまく行かなかった。一方で、ヨーロッパ漁業関係者が、カナダで、副業として毛皮の取引を行っていたことから、フランスは、毛皮取引の占有権を持ち、カナダに植民地を建てた。1600年、ピエール・ド・ショヴァンがタドゥサックに毛皮の交易所を建て、後に占有権を得たピエール・デュグアが、開拓移民団を連れてカナダへ向かった。この一行に地理学者のサミュエル・ド・シャンプランがいた。彼らの開拓した植民地は、ヌーベル・フランスと呼ばれることになる。

彼らはまずアカディアに入り、その後、現ノバスコシア西部のポートロイヤル(ポール・ロワイヤル、現アナポリス・ロイヤル)にも入植したが、不発に終わった。1608年、一行はケベックにアビタシオンと呼ばれる木造建築物を作り、そこを交易所とした。、「ヌーベル・フランスの父」とも呼ばれたシャンプランは、植民地をめぐる様々な問題に取り組み、奥地への探検を奨励した。その一人が、白人として初めてペンシルバニアを横断し、スペリオル湖を発見したエチエンヌ・ブルレである。シャンプラン自身も1609年にシャンプラン湖を発見した。一方で、キリスト教布教が行われ、17世紀半ばには、人口の4分の1は、イエズス会神父や、ウルスラ会の尼僧といった聖職者だった。 毛皮貿易は、一部の非合法者(クーリュエ・ド・ボワ)の問題を抱えながらも大いに栄え、後に女性も入植して来て、家庭を営む人々が増えた。水路などのインフラ整備も行われ、農作物の生産も増大した。

フランスがケベックの開拓と発展にいそしんでいたほぼ同じ時期、イギリス北アメリカで植民地建設に力を入れていた。オランダを追い出した後、ハドソン川経由で毛皮貿易を行っており、ヌーベル・フランスにとって脅威であった。特にアカディアやニューファンドランドをめぐっての対立が激しくなり、やがてヨーロッパでの二国間の抗争が、植民地に飛び火するようになって、1754年ジョージ・ワシントンがヌーベル・フランスを攻撃し、その後ヨーロッパの七年戦争が波及する形で、北アメリカでの英仏の衝突が起こった。特にイギリスでウィリアム・ピットが政権を握った頃から、戦況はイギリスに有利に進み、1758年イギリス海軍はフランスを海上封鎖して、ルイブール要塞に壊滅的な打撃を与えた後、1759年にはアブラハム平原の戦いで勝利をおさめ、ついにヌーベル・フランスは、イギリスの統治下に置かれることとなった。北アメリカ植民地での英仏の戦いは、「フレンチ・インディアン戦争」とも呼ばれる。

ケベックの戦い (1775年)

イギリス植民地となったケベックに、今度はアメリカ独立戦争革命軍が押し寄せた。ケベックは、アメリカから大陸会議で革命参加を呼びかけられたが応じず、遂に翌1775年、独立戦争の口火が切られた。革命軍はモントリオールに続いてケベックにも攻め入ったが、長期の戦いと兵站不足に加え、1775年12月31日の戦いで、司令官のリチャード・モントゴメリーが戦死したうえに、イギリス艦隊のケベック接近で、革命軍は撤退せざるを得なかった。

ケベックの戦い (1775年)」も参照

米英の対決はその後も続き、結果、独立をよしとしないアメリカのロイヤリストがカナダに移住してきた。その後イギリス系ロイヤリスト中心のアッパー・カナダ、ケベックを含むフランス系中心のローワー・カナダに分かれて行き、ケベックはローワー・カナダの首都となった。

1793年、革命後のフランスとイギリスの間で再び戦火が起こり、1812年にはカナダとアメリカの間で戦いが始まった。この戦争ののち、イギリス系がカナダに増え、ローワー・カナダとアッパー・カナダでそれぞれ反乱が起こったため、両者の連合が行われ、首都がキングストンに定められた。南北戦争後、カナダ併合論が再燃したアメリカから植民地を守るため、連邦化がが検討されるようになり、1865年10月ケベックで「ケベック決議」が採択され、翌1866年には「カナダ自治領(ドミニオン)」が誕生する。また、西部への開拓が進み、ブリティッシュ・コロンビアや大西洋岸の植民地も連邦に参加した。

ケベック入植400周年を祝うバナー

連邦結成後、ノースウエストの反乱に見られるような地域主義の高まり、また、ケベック議会でも、イギリスに没収されたイエズス会資産への補償金を認め、ローマ教皇がこれに絡んだことから、国内、州の間にさまざまな亀裂が生まれた。その後、首相ウィルフリッド・ローリエが、国内に矛盾を抱えつつも、妥協策により、イギリスの植民地からの離脱を試みた。その尽力により、すべての植民地がドミニオンと呼ばれることになり、個別海軍の設立が認められた。

20世紀に入って移民が増加し、また工業化が進んで、ケベック州もその一端をになったが、カトリック教会が工業化を好まず、実権はオンタリオ州に握られていた。また、ローリエの退陣により、それまでの譲歩策が、アメリカ支配にとって代わられて行った。第一次大戦後の調整期を経て、自立の道を進むも、地域格差が解消されないまま大恐慌、第二次大戦に突入し、主にヨーロッパに軍や軍艦を派遣したが、真珠湾攻撃以降は、太平洋岸で危機感が煽られた。そんな中、ケベックで1943年8月1944年9月に米英首脳会議が開かれ、当時のキング首相も列席するが、ホスト役を務めただけで終わる。

第二次大戦後、カナダはアメリカとの緊密度が増した。また、ニューファンドランドが正式に連邦に加盟した。工業化が進む中、「静かな革命」が起こる。戦後の復興から取り残された感のあるケベック州で、時の州首相であるジャン・ルサージにより、独自の経済政策や教育改革が起こり、フランス・ナショナリズムが表面化した。一方でこのことで州内に亀裂が生まれ、ベトナム戦争をめぐって対米関係もきしんだ。

1967年モントリオール万国博覧会が開かれ、カナダとしての独自性がはぐくまれる一方で、70年代以後、ケベックの主権を唱える声が高まり、ケベック解放戦線による「十月危機」が発生する。1977年にはフランス語優先政策である「フランス語憲章」が発布された。また、カナダ連邦政府は、米加協調路線を再び取るようになり、ケベック州出身のマルルーニー政権下で、米加にメキシコを入れたNAFTAの調印を見る。そのかたわら、ケベックの分離独立運動は、解決を見ないまま21世紀に突入することになった。

2008年、入植400年を祝う記念行事が行われた。 [7][8][9]

気候

冬季は非常に寒く、雪が多いのが特徴で、4‐5月まで雪がちらつくこともある。夏季湿度が高く雨が多い。7、8月は一年のうちの最暖月である。積雪量は毎年3.5メートル前後といわれる[10]ケッペンの気候区分ではDfbに属する[11]

ケベック市の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 ℃ (℉) 10
(50)
11.7
(53.1)
17.8
(64)
29.9
(85.8)
33
(91)
33.9
(93)
35.6
(96.1)
34.4
(93.9)
33.9
(93)
28.3
(82.9)
20
(68)
13.9
(57)
35.6
(96.1)
平均最高気温 ℃ (℉) -7.9
(17.8)
-6.1
(21)
0.1
(32.2)
7.8
(46)
17.1
(62.8)
22.2
(72)
25
(77)
23.4
(74.1)
17.7
(63.9)
10.7
(51.3)
2.9
(37.2)
-4.8
(23.4)
9
(48)
日平均気温 ℃ (℉) -12.8
(9)
-11.1
(12)
-4.6
(23.7)
3.3
(37.9)
11.2
(52.2)
16.5
(61.7)
19.2
(66.6)
17.9
(64.2)
12.5
(54.5)
6.2
(43.2)
-0.7
(30.7)
-9.1
(15.6)
4.04
(39.28)
平均最低気温 ℃ (℉) -17.6
(0.3)
-16
(3)
-9.4
(15.1)
-1.3
(29.7)
5.3
(41.5)
10.6
(51.1)
13.4
(56.1)
12.4
(54.3)
7.2
(45)
1.7
(35.1)
-4.3
(24.3)
-13.4
(7.9)
0
(32)
最低気温記録 ℃ (℉) -35.4
(-31.7)
-36.1
(-33)
-30
(-22)
-18.9
(-2)
-7.8
(18)
-0.6
(30.9)
3.9
(39)
2.2
(36)
-4.8
(23.4)
-10
(14)
-24
(-11)
-32.3
(-26.1)
-36.1
(-33)
降水量 mm (inches) 89.8
(3.535)
70.6
(2.78)
90.3
(3.555)
81.2
(3.197)
106.1
(4.177)
114.2
(4.496)
127.8
(5.031)
116.7
(4.594)
125.5
(4.941)
101.7
(4.004)
102
(4.02)
104.4
(4.11)
1,230.2
(48.433)
雨量 mm (inches) 26.1
(1.028)
12.6
(0.496)
39
(1.54)
59.5
(2.343)
105.5
(4.154)
114.2
(4.496)
127.8
(5.031)
116.7
(4.594)
125.5
(4.941)
99.5
(3.917)
67.9
(2.673)
29.5
(1.161)
923.8
(36.37)
降雪量 cm (inches) 72.9
(28.7)
63.9
(25.16)
49
(19.3)
17.6
(6.93)
0.4
(0.16)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
1.9
(0.75)
33.2
(13.07)
77.7
(30.59)
316.6
(124.65)
日照時間 100.3 123.6 149.4 168.6 215.9 232 251.7 225.2 155.5 119.8 81.6 81.1 1,904.7
出典: Environment Canada[12] July 23, 2009

政治

ケベックシティの行政区:右から時計回りにボーポール(黄)、ラ・シテ - リモワル(緑)、レ・リエーヴル(オレンジ)、サント・フォワ - シルリー - カップ・ルージュ(紫)、ラ・オート・サン・シャルル(青)、シャルルブール(赤)

市長はレジス・ラボームである。立法府である議会は、都市圏、区、地区と、小学校高学年の子供たちによる議会とが設けられている[13]。市議会の議員は28名である[14]

かつては行政区が8あったが、その後6になった[15]

  • ラ・シテ・リモワル(La Cité-Limpolou)
  • サント・フォワ - シルリー(Sainte-Foy - Sillery)
  • シャルルブール(Charlesbourg)
  • ボーポール(Beauport)
  • レ・リヴィエール(Les Rivières)
  • ラ・オート・サン・シャルル(La Haute-Saint-Charles)

経済

1763年パリ条約イギリス植民地となったため、経済権をイギリス系移民に支配されるようになり、フランス系エリートの職業は、医師弁護士代書人の三つにほぼ限られていた。その後の英仏の対立の中でも、経済的に惰弱な地位に甘んじざるを得なかったが、この解決策としての経済自立戦略の一環として、1962年、民間の水力発電会社を買収して、イドロケベックが誕生する。 このイドロケベックは、その後のケベック州全体の経済と産業に大いにウェイトを占め。ケベックの様々な産業、ひいては金融機関の設立にも貢献した。また、先端技術部門の開発も可能となった。所謂クリーンエネルギー、そして電力輸出、そして電力確保によっての産業発達の効果は大きい。 金融機関としては、ケベック貯蓄投資公庫(ケス・デポ)が注目される。ケベック州民の年金公共保険が元手となっている。元々は、ケベック州独自の年金計画導入によるものだが、1965年、当時のレスター・B・ピアソン首相が認可を出したために認められた。中央銀行の役割も果たすこの金融機関もまた、ケベックの経済発展に一役買って来た。また、1977年フランス語憲章によるフランス語のみの公用語化も、これに付随している。しかし、これにより、大手企業がケベック州を離れるというマイナスの側面もあった[9]

2007年現在で、同じケベック州のモントリオールは英仏バイリンガルの人口が多いが、ケベックではフランス語人口の方が多く、英語母語とする人口は、ケベック都市圏の約1.5%である。[16][17]

現在、ケベックの雇用の大部分は行政機関や公共サービス、そして旅行業に集中している。州都として、地域管理とサービスセンターとしての利益は大きい。政府はケベックシティで一番の雇用主である、2007年時点で27,900人が州政府で仕事をしている[18]2008年失業率は4.5%で[19]、州の7.3%、カナダ全体での6.6%よりも少ない[20]。他にハイテク関連の製造業がある[21]。 製造業の内訳は下記のとおりである。

応用技術関連
 光学光通信学、電子工学ソフトウエアコンピュータサービス、地理情報学ビデオゲーム防衛関連、セキュリティ
生命科学健康科学栄養学関連
バイオテクノロジー生体医学医薬品栄養補助食品機能性食品農業食品加工
加工原料関連
プラスチック、混合原料、二次木材加工

ケベックシティは683,000人の市場を持つ。これはケベック州では第2位、カナダ全土では第7位の規模である [22]

教育

ラヴァル大学

第二次世界大戦終結後、移民の増加や高学歴化などにより、ケベック州で学校教育改革の必要性が出てくるようになった。カトリック教会の改正要求や、教育の機会均等化や世俗化、教育行政や教育税の再検討、教員養成などの報告書を元に、1960年、抜本的改革のための調査委員会(パラン審議会)が設立され、1963年には、聖職者の元でカトリックとプロテスタントに分かれていた教育の世俗化、一本化がはかられた。これにより、ケベック州で全く新しい公立学校制度が誕生した。また、私立学校補助金制度の見直しも行われた。 1977年にはフランス語憲章により、公用語がフランス語のみとなったため、英語系学校で学ぶには、様々な条件が付けられるようになった。現在、ケベック市内にある大学は下記のとおりである。

これ以外にも市内には、フランソワ・クサビエ・カルノーカレッジ、メリシーカレッジがある。またサン=ルイ・アカデミーを始めとする私立学校も6校ある[23]。 ケベック州では小学校が6年、普通教育の中等学校が5年で、高校2年の段階で中等教育が終わる。その後は、CEGEPセジェップ(College d enseignement general et professional)と呼ばれる、大学進学準備の教育機関があり、一般教養課程2年、または、技術者養成目的の技術専門課程3年のいずれかを選ぶ。大学は専門課程のみとなる。ケベックにはセジェップ・ド・ラルビティ-テミシャミング(Cegep de l'Abitibi-Temiscamingue)がある。[9]

ケベックの夜景

文化と観光

ケベック州議事堂

建築

シャトー・フロンテナック、オテル・デュー病院、三位一体聖公会教会、ノートルダム大聖堂、ウルスラ会修道院、ロワイヤル広場、旧港地区など、歴史地区も含め、古典的で重厚な建築物が有名である。 市内の建築には、11の異なる様式がみられる。

  1. クラシカル・リバイバル (1790-1820)
  2. ネオ・クラシシズム (1820-1850)
  3. ネオ・ゴシック (1850-1860)
  4. ネオ・イタリアン・ルネッサンス (1860-1880)
  5. ネオ・フレンチ・ルネッサンス (セカンド・エンパイア)
  6. ネオ・バロック (1890-1920)
  7. エクレクティシズム (ハイ・ビクトリア)
  8. シャトー・スタイル (シャトー・イン・ザ・ロワール)
  9. ボー・アール・スタイル
  10. アール・デコ (1925年以降)
  11. インターナショナル・スタイル (1930-1965)[24]

ケベック州議事堂は、この中のネオ・フレンチ・ルネッサンス様式の代表格である。4つの(よく)から成る幅100メートル、高さ52メートルの建築物で、1877年から9年間をかけて完成した[6]

食文化

プーティーン

城塞の下、アンティークの店が並ぶ通りを抜けると旧港市場がある。ここはファーマーズマーケットで、メープルシロップワインの試食、試飲も出来る。フランス文化圏らしくフォワグラや、様々な野菜もある。 伝統料理を出すレストランもある。ケベック開拓時代を思わせる、狩りの獲物を使ったミートパイに、様々なフルーツソースをかけたものや、メープルタルトなどである。また、ケベック州発祥の料理として、フライドポテトチーズグレービーをかけたプーティーンがあり、カナダではマクドナルドのメニューにもある人気の食べ物である。[25][26][27]


観光

プチ・シャンプラン地区
ノートルダム聖堂
戦場公園
ウィンターカーニバルのマスコット、ボノム

観光名所としては、次のような場所が挙げられる。世界遺産の史跡は、旧市街とローワータウンに多い。

旧市街 (ヴィユー・ケベック、オールド・ケベック)

ラ・シタデル
英仏七年戦争の最後の舞台である「ケベック要塞」で、ダイヤモンド岬の上に立つ。カナダで唯一、フランス語で指揮が行われる第22連隊が駐屯。衛兵交代が有名。
ノートルダム聖堂
ケベック大司教座所在地であり、新大陸で最初に建設された聖堂で、フランス統治時代の宝物も数多く保管されている。
シャトー・フロンテナック
セントローレンス川の、岸辺の高台にある老舗のホテルで、ケベックシティのランドマーク的存在。
ダルム(アルム)広場
旧市街の中心に位置し、サミュエル・ド・シャンプランの像がある。
北米フランス博物館
芸術科学関連の事物を収めた博物館。元々は、1663年に建設された神学校の建物で、神学校はその後旧ラヴァル大学となった。ハーバード大学に先立つこと1年の、北アメリカ最古の大学である。
テラス・デュフラン
シャトー・フロントナックから始まる板敷きの歩道で、約700mの距離があり、総督の散歩道へと繋がっている。セントローレンス川周辺や、シャトーフロンテナックを眺めるのにうってつけの場所である。夏には大道芸人の芸も披露される。

ローワー・タウン

プチ・シャンプラン地区
再興された地区で、石畳の道が続いている。ブティック工芸品店、レストランなどが並び、活気のある地区である。テラスデュフランへのケーブルカーも出ている。
ロワイヤル広場
ルイ14世の胸像が建つ小さな広場。かつてアビタシオンが建てられ、ケベック入植の礎を築いた地である。交易所から、後に商業の中心地となった。

アッパー・タウン(新市街)

州議事堂
1886年建築のネオ・フレンチ・ルネッサンス様式で、尖塔の高さは50mである。カナダ史を語る上で不可欠な存在である。
戦場公園
アブラハムの平原で有名な場所である。今は国立公園となっていて、学問からレジャーまで様々な用途に使用されている。マーテロータワーやジャンヌ・ダルク庭園などのスポットもある。

市の郊外にはオルレアン島やモンモレンシー滝、サンタンヌ・ド・ボープレ聖堂がある。

ウィンター・カーニバル (Carnaval de Québec)

1894年より続くカーニバル1955年に現在のような形になった。毎年2月に17日間の日程で行われ、街中が様々なイベントにわく。オープニングを飾る雪の彫刻は、世界中から50近いチームが参加して、「自由」をテーマに作品を発表する。半ば結氷したセントローレンス川で行われるカヌーレースや、犬ぞりレース、イグルーと呼ばれる、イヌイットの氷の家や氷の城、遊園地もある。また、雪の女王が選ばれ、パレードが行われる。世界最大の冬の祭りとも言われる。[28][29][30][6]

ケベック・ウィンター・カーニバル」も参照

スポーツ

キャピタルズの試合

ウインタースポーツには最適の地で、スキースノーボードクロスカントリースノーボードやアイス・クライミングも楽しめる。[31]2008年には、スペシャルオリンピック冬季大会を2月26日から3月1日まで開催し[32]また、自転車のツール・ド・ケベックも行われている[33]。他には、野球ケベック・キャピタルズが、カナディアン-アメリカンリーグでプレイしている[34]

かつてはケベック・ノルディクスというNHLのチームがあったが、1995年にアメリカのコロラド州に移転して、コロラド・アバランチとなった。その後、ケベックにプロのスポーツチームは存在していない[35]

交通

ケベックの主な道路
ケベック橋の入口
VIA鉄道パレ駅
フェリーとセントローレンス川

道路と橋

ケベックを走る主な道路としては、オンタリオ州からモントリオールを経由してつながる40号線、南に延びる20号線、逆に南から延びる73号線に、東の方から延びる138号線がある。この道路はケベック東方のシャルルボワから440号線となり、ケベックの中心街を貫いている。 また、市内の主なには、ケベック橋(Pont de Québec)、ピエール・ラポルト橋(Pont de Pierre-Laporte)そしてオルレアン島橋(Pont de l'Ile-Olréans)がある。[36][37]

公共交通機関

  • 飛行機

市の中心部から西13キロの地点にケベック・ジャン・ルサージ国際空港IATA:YQB)があり、トロントから直行で1時間半、経由便を利用すると2時間10分のフライトである。オタワからは1時間45分、モントリオールからは45分である。日本からはエアカナダJALANAやアメリカの航空会社の便があるが、直行便はない。[38]

  • 鉄道

VIA鉄道を利用すると、モントリオールから3時間、オタワから7時間、トロントから9時間で着く[6]。ケベックシティの中央駅はパレ駅(la Gare de Palais)である[38]

  • バス

モントリオールから長距離バスを利用すると、約3時間で到着する。オルレアンエクスプレス、インターカーがある[38]

  • ケベック市内の交通

バスまたはタクシーが中心である。レヴィをはじめ、市内各所からセントローレンス川の対岸に向かうフェリーも出ている[38][39]。また、ベロバスと呼ばれる、自転車を積み込む機能を持つバスもある[40]

  • クルーズ

モントリオールからケベックシティへの、朝食と昼食付きのクルーズもある。朝にモントリオールを出て、夕刻に到着する[41]

姉妹都市

脚注

  1. ^ a b 2006 Community Profiles | Community highlights for Quebec (Ville). 2008年5月13日閲覧。
  2. ^ a b 2006 Community Profiles | Community highlights for Quebec (Census metropolitan area). 2008年5月13日閲覧。
  3. ^ "Historic District of Old Québec". World Heritage; UNESCO. Retrieved January 12, 2009.
  4. ^ ^ "Old Quebec City, Seven Wonders of Canada". cbc.ca. http://www.cbc.ca/sevenwonders/wonder_quebec_city.html. Retrieved February 12, 2008.
  5. ^ フレンチテイストの香り漂うケベック州~ケベックシティ、モントリオール、メープル街道~ カナダ旅行ガイド 専門店 ファイブスタークラブ
  6. ^ a b c d ケベック・シティ - カナダing
  7. ^ 木村和男編 『カナダ史 世界各国史23』 山川出版社、1999年。
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