ケヴィン=プリンス・ボアテング

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ケヴィン=プリンス・ボアテング Football pictogram.svg
Prince Boateng.jpg
名前
ラテン文字 Kevin-Prince Boateng
基本情報
国籍  ガーナ
ドイツの旗 ドイツ
生年月日 (1987-03-06) 1987年3月6日(32歳)
出身地 西ベルリン
身長 185cm
体重 86kg
選手情報
在籍チーム イタリアの旗 ACFフィオレンティーナ
ポジション MF (OH, DH) / FW (ST)
背番号 10
利き足 右足
ユース
1994 ドイツの旗 ライニッケンドルフ・フクセ
1995-2006 ドイツの旗 ヘルタ・ベルリン
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2004-2007 ドイツの旗 ヘルタ・ベルリンII 29 (5)
2005-2007 ドイツの旗 ヘルタ・ベルリン 42 (4)
2007-2009 イングランドの旗 トッテナム 14 (0)
2009 ドイツの旗 ドルトムント (loan) 10 (0)
2009-2010 イングランドの旗 ポーツマス 22 (3)
2010-2011 イタリアの旗 ジェノア 0 (0)
2010-2013 イタリアの旗 ミラン 74 (10)
2013-2015 ドイツの旗 シャルケ 46 (6)
2016 イタリアの旗 ミラン 11 (1)
2016-2017 スペインの旗 ラス・パルマス 28 (10)
2017-2018 ドイツの旗 フランクフルト 31 (6)
2018-2019 イタリアの旗 サッスオーロ 13 (4)
2019 スペインの旗 バルセロナ (loan) 3 (0)
2019- イタリアの旗 ACFフィオレンティーナ
代表歴
2004-2005  ドイツ U-19 12 (7)
2006  ドイツ U-20 2 (0)
2006-2009  ドイツ U-21 6 (0)
2010-2014 ガーナの旗 ガーナ 15 (2)
1. 国内リーグ戦に限る。2019年6月17日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

ケヴィン=プリンス・ボアテングKevin-Prince Boateng, 1987年3月6日 - )は、西ベルリン(現ドイツベルリン)出身のサッカー選手セリエAACFフィオレンティーナ所属。ポジションはミッドフィールダー

経歴[編集]

クラブ[編集]

出身地のクラブであるヘルタ・ベルリンの下部組織に入り、2005年にプロデビュー。その才能は早くから注目を集め、2007年イングランドプレミアリーグトッテナム・ホットスパーFCへ移籍。しかし、自身の素行やオーバーウェイトが問題となり[1]、十分な出場機会を与えられず、2009年1月にボルシア・ドルトムントへレンタルで放出。2009-10シーズンはポーツマスFCでプレーした。

2010年8月17日、イタリアセリエAジェノアCFCと5年契約を結び完全移籍し、その後すぐに共同保有でACミランに加入した[2]。ミランではトップ下のポジションでプレーし、7年振りのスクデット獲得に貢献。2010-11シーズン終了後にミランへ完全移籍を果たした。2012-13シーズンからは背番号をクラレンス・セードルフが着用していた10番に変更した。

2013年8月30日、ブンデスリーガシャルケ04に移籍が決定。背番号は9番[3]。加入1年目の2013-14シーズンには28試合に出場し6得点をあげる活躍を見せたが、翌2014-15シーズンにはクラブの低迷もあって不調に陥り、戦力外通告を受け、シーズン中の5月11日にシドニー・サムと共にクラブを退団した[4]

半年の無所属期間を経て、2016年1月5日にACミランへ半年契約で復帰した[5]。1月17日のACFフィオレンティーナ戦では得点をあげたが、シーズン終了後に契約満了で退団した。

2016年8月2日、スペインラ・リーガUDラス・パルマスと1年契約を締結[6]スペイン初挑戦となった。8月22日のバレンシアCF戦でデビューし初ゴールをマーク。2016-17シーズンには加入1年目ながら28試合10得点を記録しチーム得点王に輝いた。シーズン終了後には3年間の契約を提示されていたものの、2017年8月16日にプライベートな理由により契約を解除した[7]

2017年8月18日、ヘルタ時代にチームメイトであったニコ・コバチが率いるアイントラハト・フランクフルトへ2020年6月までの3年契約で完全移籍[8]。クラブはブンデスリーガ終盤戦までUEFAチャンピオンズリーグ出場権争いを繰り広げるほどの好調を維持し、自身も中心選手として31試合6得点を記録。DFBポカールでは決勝でFCバイエルン・ミュンヘンを破り30年ぶりとなる優勝を果たした。

2018年7月5日、セリエAのUSサッスオーロ・カルチョへ3年契約で加入[9]

2019年1月21日、FCバルセロナへ半年間のレンタルで加入[10]。800万ユーロでの買取オプションが付随している。背番号は19番。

2019年8月31日、セリエAのACFフィオレンティーナへ完全移籍したことを発表した。

代表[編集]

2001年、U-15ドイツ代表に招集され、以降U-16、U-17、U-19、U-20、U-21代表に選出された経験がある。しかし、2009年にA代表招集を巡ってドイツサッカー連盟と対立、結局A代表は父のガーナ国籍を行使してガーナ代表を選択した。弟のジェローム・ボアテングがドイツ代表を選択していたため批判もあった。ガーナ代表を選択した事に関しては、2010年のFAカップ決勝において、ボアテングのファウルによる負傷で2010 FIFAワールドカップへの出場が絶望となったミヒャエル・バラックがボアテングを批判した際、ボアテングはバラックのフィールド上での態度とファウルにも問題があったと反論。加えてドイツ代表への不満を述べ、ドイツサッカー連盟ヨアヒム・レーヴドイツ代表監督を批判した[11]

2010 ワールドカップでは持ち前のダイナミックなプレーでガーナ代表の中盤を支え、決勝トーナメント1回戦のアメリカ戦では先制点をあげた。翌2011年11月に代表引退を表明したが[12]、2013年に代表に復帰した[13]

2014 FIFAワールドカップでは、グループリーグ最終戦を目前に自国協会から「規律違反があった」としてサリー・ムンタリと共に代表メンバーから外され大会から姿を消した。チームスタッフに対する暴言が噂されたが後に本人がインタビューで自国協会の選手に対する待遇の悪さと改善の兆しが無かった事を明かしている[14]

人物・エピソード[編集]

  • バイエルン・ミュンヘン所属でドイツ代表ジェローム・ボアテングは異母兄弟である。
  • 名前について、本当は「ケルヴィン=プリンス」という名前をつけられるはずであったが、出生時のミスにより「ケヴィン」となってしまった。故に「ケヴィン」をあまり気にいっておらず、ユニフォームの背中には「PRINCE」と表記している、と自身は語っている。
  • 2013年12月25日、前妻と息子に会いに行った帰宅途中に路上で何者かに暴行を受け、軽傷を負った[15]
  • 『Prin$$ Boateng』名義で歌手活動も行なっており、2019年にデビュー曲『Bella Vita』をリリースした[16]

個人成績[編集]

2019年2月17日現在
クラブ シーズン リーグ戦 カップ戦 欧州カップ戦 合計
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
ヘルタBSC II 2004-05 18 3 18 3
2005-06 4 1 4 1
2006-07 7 1 7 1
合計 29 5 29 5
ヘルタBSC 2005-06 21 2 2 0 4 0 27 2
2006-07 21 2 3 0 2 1 26 3
合計 42 4 5 0 6 1 53 5
トッテナム・ホットスパー 2007-08 13 0 5 0 3 0 21 0
2008-09 1 0 2 0 0 0 3 0
合計 14 0 7 0 3 0 24 0
ボルシア・ドルトムント (loan) 2008-09 10 0 1 0 0 0 11 0
合計 10 0 1 0 0 0 11 0
ポーツマス 2009-10 22 3 5 2 27 5
合計 22 3 5 2 27 5
ミラン
2010-11 26 3 1 0 7 0 34 3
2011-12 19 5 1 1 7 3 27 9
2012-13 29 2 1 0 7 1 37 3
2013-14 0 0 0 0 2 2 2 2
合計 74 10 3 1 23 6 100 17
シャルケ04 2013-14 28 6 1 0 6 1 35 7
2014-15 18 0 1 0 6 0 25 0
2015-16 0 0 0 0 0 0 0 0
合計 46 6 2 0 12 1 60 7
ミラン 2015-16 11 1 3 0 14 1
合計 11 1 3 0 14 1
ラス・パルマス 2016-17 28 10 0 0 28 10
通算 28 10 0 0 28 10
アイントラハト・フランクフルト 2017-18 31 6 5 0 36 6
通算 31 6 5 0 36 6
サッスオーロ 2018-19 13 4 2 1 15 5
通算 13 4 2 1 15 5
バルセロナ (loan) 2018-19 1 0 1 0 0 0 2 0
通算 1 0 1 0 0 0 2 0
通算 321 49 35 4 44 8 400 61

試合数[編集]


ガーナ代表国際Aマッチ
出場得点
2010 8 1
2011 1 0
2013 1 1
2014 5 0
通算 15 2

タイトル[編集]

アイントラハト・フランクフルト
FCバルセロナ

脚注[編集]

  1. ^ 帰ってきた“バッドボーイ”…フランク加入のK・P・ボアテングが抱負 - 2017年8月19日
  2. ^ ボアテング:「ミランでのプレーは夢の実現」 - Goal.com 2010年8月20日
  3. ^ ミランがボアテング放出を発表 - Goal.com 2013年8月30日
  4. ^ シャルケ幹部の解雇予告が現実に…ボアテング、サムと“即時”契約解除 - サッカーキング 2015年5月11日
  5. ^ ミラン、KPボアテング復帰を正式発表。6日のボローニャ戦出場へ - フットボールチャンネル 2016年1月05日
  6. ^ ボアテング、7クラブ目の新天地はラス・パルマスに決定…リーガ初挑戦 - サッカーキング 2016年8月2日
  7. ^ ラス・パルマス、ボアテングとの契約終了を発表…昨季はチーム得点王の活躍 - Goal.com 2017年8月16日
  8. ^ Boateng: "Eintracht ist ein großer Verein" - eintracht.de 2017年8月18日
  9. ^ K・P・ボアテングがサッスオーロ移籍 3季ぶりセリエA復帰 - サンケイスポーツ 2018年7月6日
  10. ^ バルサ、FWボアテングのレンタル獲得を発表…バイエルンDFの異母兄弟 - サッカーキング 2019年1月22日
  11. ^ ボアテング、バラックの批判に驚く - Goal.com 2010年8月25日
  12. ^ ボアテングがガーナ代表からの引退を決意 - サッカーキング 2011年11月5日
  13. ^ ガーナ、ボアテングやムンタリが代表復帰 - Goal.com 2013年8月27日
  14. ^ W杯中にガーナ代表追放となったボアテング「協会は素人だった」 - サッカーキング 2014年6月30日
  15. ^ シャルケ、ボアテングが暴行の被害に - Goal.com 2013年12月27日
  16. ^ バルサ退団のボアテングが歌手デビュー!その新曲がこれだqoly 2019年7月9日