ゲラルダス・ファン・デル・レーウ

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ゲラルダス・ファン・デル・レーウ(1928)

ゲラルダス・ファン・デル・レーウ(Gerardus van der Leeuw, 1890年3月18日 - 1950年11月18日)は、オランダ神学者・宗教現象学・宗教史学者。

人物[編集]

ハーグの税関官吏の子として生まれ、ギムナジウムを卒業後ライデン大学神学科に進んで古代エジプト語を習得し、卒業後はベルリン大学エジプト学を、ゲッティンゲン大学で宗教史学・神学を学び、古代エジプトについての論文で学位を得た。1918年、28歳からフローニンゲン大学で教鞭をとった。

ファン・デル・レーウは哲学において提唱されていた現象学的手法を宗教学に応用して宗教現象学を確立し、その著作『宗教現象学入門』『宗教現象学』は宗教現象学における古典となっている。また宗教学のみならず様々な分野に精通し、1945年 - 1946年にはオランダの文部大臣を務めたこともあった。1950年9月、第7回国際宗教学宗教史学会の会長に推された直後に急病で倒れ、ユトレヒト大学病院で亡くなった。

同じく宗教現象学者であるミルチャ・エリアーデはファン・デル・レーウの『芸術と聖なるもの』(Vom Heiligen in der Kunst) に寄せた序文の中で、ファン・デル・レーウをレオナルド・ダ・ヴィンチミケランジェロなどの「百科全書的」「万能」な人間像と対比させ、その業績が世間に知れ渡っていないのはその多面的な活動と著作の恐るべき多様性が原因であるとしている。

著書[編集]

日本語訳[編集]