コブシ
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コブシ | |||||||||||||||||||||
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![]() コブシ(2005年4月)
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分類 | |||||||||||||||||||||
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学名 | |||||||||||||||||||||
Magnolia kobus DC.[1] | |||||||||||||||||||||
和名 | |||||||||||||||||||||
コブシ(辛夷) | |||||||||||||||||||||
英名 | |||||||||||||||||||||
Kobushi magnolia |
コブシ(辛夷、拳、学名:Magnolia kobus)は、モクレン科モクレン属の落葉広葉樹の高木[2]。早春に、他の木々に先駆けて白い花を梢いっぱいに咲かせる[3]。
名称[編集]
和名コブシの由来については定説がない[4]。つぼみが開く前、開花の様子が小さな子どもの握りこぶしのように見えるという説[4][5]。つぼみの形を握りこぶしに見立てたものだとする説[3]。また他説では、果実(集合果)の形がでこぼこしていて、(子どもの)握りこぶしに見立てたことに由来するとする説もある[6][5]。和名「コブシ」が、そのまま英名・学名になっている。
中国植物名(漢名)は日本辛夷(にほんしんい)[7]。日本では「辛夷」という漢字を当てて「コブシ」と読むが、これは花のつぼみを乾燥させた生薬名が辛夷(しんい)であるためである[5]。中国の辛夷は、ハクモクレン(白木蓮)[8][注釈 1]、もしくはモクレン(木蓮)[7]のことを指し、コブシの漢名とするのは誤りとされている[8]。
別名ヤマアララギ、コブシハジカミともよばれる[3][7]。アイヌ地方では「オマウクシニ」「オプケニ」と呼ばれる。それぞれ、アイヌの言葉で「良い匂いを出す木」「放屁する木」という意味を持つ。遠見だと桜に似ていること、花を咲かせる季節が桜より早いことから、ヒキザクラ、ヤチザクラ、シキザクラなどと呼ばれる。これらの呼称は北海道、松前地方を中心に使われる[9]。一方、北海道のコブシは「キタコブシ」と呼ばれることもある[9]。
分布・生育地[編集]
日本の全土(北海道・本州・四国・九州)および、朝鮮の済州島に分布する[10]。日本特産で、山地の湿った平地に好んで生えている[10][7]。また、庭木にされたりもする[10]。
形態・生態[編集]
落葉の小高木から高木[11][10]。 樹高は5 - 20メートル (m) [3]、木の幹はほとんど直立し、直径はおおむね30 - 60センチメートル (cm) に達する[12]。樹皮は灰白色で、表面はややなめらか[4]。生長は割合早いほうで、枝も均整に出て、整った円錐形の樹形になる[4]。枝は太いが折れやすい。葉は倒卵形から広倒卵形で、長さ5 - 15 cm[3][10]、幅5 - 8 cmで、先端は突き出る[11][4]。
花期は早春(3 - 5月)、葉に先だって小枝の先に、ほのかな芳香がある直径6 - 10 cmの花を1個咲かせる[11]。花は純白で、花弁の基部は淡紅色を帯びる[4]。外側に細い3萼片、花弁は6枚[11]、長さは5 - 6 cm[4]。花の中央に雄しべが多く集まる[4]。ふつうは花の基部に小型の1枚の若葉がつく[3][4]。花のほか、枝にも芳香があり、枝を燃やしても香りを放出する[8]。
果実は、長さ5 - 15 cmの集合果で[3][6]、赤紅色でやや扁平状の球形の袋果が数個から十数個結合してできており、所々に瘤が隆起した不整な長楕円形の形状を成している[4][13]。秋(9 - 10月ころ)に熟した果実が開裂し、朱赤い種皮に包まれた種子がこぼれ出して、白い糸状の珠柄で垂れ下がる[11][10][14]。種子は腎形や心形で、赤い外皮のほかに肉質の中層と黒い内層がある[13]。
栽培[編集]
増植は、実生・挿し木・接ぎ木による[11]。実生は秋に行われ、秋に採取した種を床蒔し、2 - 3年後に定植する[11]。挿し木は3月中旬から下旬ころに行い、前年の生枝を15 cmほどの長さに切って、地面に挿す[11]。定植は、日当たりのよい場所を選んで行われる[11]。丈夫で病害虫も少なく、手がかからず栽培は容易である[15]。
利用[編集]
樹の形が美しく整っていることから、庭木・街路樹として植栽されるほか[3][8]、接ぎ木の台木にされる[10]。建材として、樹皮を付けたまま茶室の柱に用いられることがある。
薬用[編集]
早春に採取した花の蕾を風通しのよい場所または、天日で乾かしたものは、辛夷(しんい)という生薬になり[11]、漢方薬に配合される。中国ではモクレン、ハクモクレン、それぞれの蕾の薬物名を辛夷としている[7]。薬効は、鎮痛、鎮静、鼻炎、蓄膿症、頭痛、めまいに効能があるとされる[3][11]。民間では、1日量2 - 10グラムの辛夷を300 - 400 ccの水で半量になるまで煎じ、1日3回に分けて服用する用法が知られている[11][7]。蓄膿症や花粉症の鼻づまりに、よく効くという意見もある[7]。また、乾燥した辛夷を粉末にして、1回0.1 - 0.2グラムを白湯で服用してもよいともいわれている[7]。身体を温める薬草のため、多量に飲むとめまいや充血を起こすこともある[7]。
蕾(辛夷)は芳香料になる[11]。また花は、香水の原料にもなる。
食用・飲用[編集]
かつてアイヌが樹皮をお茶のように使って飲用したとも言われている[8]。ただし、樹皮は有毒なので注意を要する[11]。花は砂糖漬けにしたり、薄く衣をつけて天ぷらに調理されたりもする[8]。赤い果実などを集めて焼酎などに漬けておくと、一風変わった香りの果実酒を作ることができる[8]。
文化・文学[編集]
コブシの咲き具合に応じて種子を撒くなど、農作業の指標として用いられることもある。春早く咲いて目立つことから、北海道や東北地方、信越地方などで、その年の田植えをはじめるので、「満作」あるいは「田打ち桜」「田植え桜」「種まきザクラ」ともよばれた[2][12][16]。栃木県ではコブシが花を咲かせるのを目安に、サトイモの植えつけに着手する。それゆえ「芋植え花」と呼ばれる。
春の季語であり、春の訪れを象徴する花として、千昌夫のヒット曲「北国の春」にも唄われている[16]。
コブシモドキ[編集]
コブシモドキ(学名:Magnolia pseudokobus)はモクレン科の落葉高木。コブシの近縁種とされる。コブシの北方型の変種の一つ[12]。
1948年に阿部近一、赤澤時之の二人により徳島県相生町で発見された。発見された当時、株から出た枝が地面を這って、土に接した部分から根が出ていたことから、「ハイコブシ」の別名もつけられた。4月中旬に直径12 - 15 cmの花を多く咲かせ、コブシよりやや開花が遅いことなどが特徴。また、葉の大きさもコブシより若干大きめで、長さ20 cm、幅8 - 10 cm以上ある[4]。その後も何度か再調査が行われたが、発見された一株以外は見つかっておらず、またこれは三倍体であることから種子も出来ないこと、四国にそもそもコブシが自生していないことなどから謎の多い植物として現在も語り継がれている。野生種は既に存在しないと考えられているが、徳島県の相生森林美術館をはじめとした数箇所で当時の株から挿し木などで増やされたものが栽培されている。環境省のレッドデータブックでは野生絶滅(EW)、徳島県のレッドデータブックでは絶滅と評価されている。
脚注[編集]
注釈[編集]
出典[編集]
- ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-) 「BG Plants 和名-学名インデックス」(YList),http://ylist.info( 2017年5月27日). コブシ
- ^ a b “薬草園だより vol.2013.4月創刊号”. 神戸学院大学薬学部附属薬用植物園. 2020年3月8日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i 西田尚道監修 志村隆・平野勝男編 2009, p. 89.
- ^ a b c d e f g h i j k 辻井達一 1995, p. 152.
- ^ a b c 田中修 2009, p. 59.
- ^ a b 亀田龍吉 2013, p. 28.
- ^ a b c d e f g h i j 貝津好孝 1995, p. 143.
- ^ a b c d e f g 辻井達一 1995, p. 153.
- ^ a b キタコブシ(北拳) - 北海道ホームページ
- ^ a b c d e f g 平野隆久監修 1997, p. 18.
- ^ a b c d e f g h i j k l m n 馬場篤 1996, p. 53.
- ^ a b c 辻井達一 1995, p. 151.
- ^ a b 鈴木庸夫・高橋冬・安延尚文 2018, p. 266.
- ^ 亀田龍吉 2013, p. 29.
- ^ 辻井達一 1995, p. 154.
- ^ a b 田中修 2009, p. 60.
参考文献[編集]
- 貝津好孝『日本の薬草』小学館〈小学館のフィールド・ガイドシリーズ〉、1995年7月20日、143頁。ISBN 4-09-208016-6。
- 亀田龍吉『木の実の呼び名辞典』世界文化社、2013年9月15日、28 - 29頁。ISBN 978-4-418-13433-5。
- 草川俊『有用草木博物事典』東京堂出版。
- 鈴木庸夫・高橋冬・安延尚文『増補改訂 草木の 種子と果実』誠文堂新光社〈ネイチャーウォッチングガイドブック〉、2018年9月20日、266頁。ISBN 978-4-416-51874-8。
- 田中修『都会の花と木』中央公論新社〈中公新書〉、2009年2月25日、59 - 61頁。ISBN 978-4-12-101985-1。
- 辻井達一『日本の樹木』中央公論社〈中公新書〉、1995年4月25日、151 - 154頁。ISBN 4-12-101238-0。
- 馬場篤『薬草500種-栽培から効用まで』大貫茂(写真)、誠文堂新光社、1996年9月27日、53頁。ISBN 4-416-49618-4。
- 平野隆久監修『樹木ガイドブック』永岡書店、1997年5月10日、18頁。ISBN 4-522-21557-6。
- 西田尚道監修 志村隆・平野勝男編『日本の樹木』学習研究社〈増補改訂フィールドベスト図鑑 5〉、2009年8月4日、89頁。ISBN 978-4-05-403844-8。