コルネーリス・ファン・ハウテン

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コルネーリス・ファン・ハウテンCornelis Johannes van Houten, 1920年 - 2002年8月24日)は、オランダ天文学者。妻のイングリットも天文学者である。ケース・ファン・ハウテン(Kees van Houten)とも記される。

生涯[編集]

デン・ハーグで生まれる。米国シカゴヤーキス天文台で助手として働いた期間(1954年 - 1956年)を除けば、そのキャリアのすべてをライデン大学で送った。

1940年に学士 (Undergraduate degreeを取得したが、第二次世界大戦が勃発したために研究の中断を余儀なくされ、銀河系外星雲の表面測光によって博士号(Ph.D.)を取ったのは1961年だった。

彼は天文学者のイングリット・フルーネフェルト(結婚後はイングリット・ファン・ハウテン=フルーネフェルト)と結婚し、ともに小惑星に関心を持つようになった。なお、夫婦には1人の息子カレルがいる。

ファン・ハウテン夫妻はトム・ゲーレルスとともに3人で、4631個もの小惑星の発見者として記録されている(2017年5月現在[1]。このほか、イングリットとの夫妻による発見が2[1])。ゲーレルスがパロマ天文台にある口径48インチのシュミット式望遠鏡を用いて掃天観測を行い、その写真をライデン天文台に送り、ファン・ハウテンが小惑星の検出を行った。ファン・ハウテン夫妻とゲーレルスが発見した小惑星の一つ (1743) シュミットには、望遠鏡の開発者ベルンハルト・シュミットの名が付けられている[2]。かれらの観測の結果から、小惑星が「族」(family)に分類されることが明らかとなった。

彼は連星視線速度の研究も行った。彼は死ぬ間際まで研究を行い、小惑星や食連星についての論文を発表した。

出典[編集]