コロネーション

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
コロネーション
欧字表記 Coronation V
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1946年
死没 (不明)
ジェベル
エスメラルダ
母の父 トウルビヨン
生国 フランスの旗 フランス
生産 マルセル・ブサック
馬主 マルセル・ブサック
調教師 シャルル・センブラ(フランス
競走成績
生涯成績 13戦6勝
テンプレートを表示

コロネーション (Coronation V) とは、フランス競走馬である。凱旋門賞を制すなど活躍した。馬名は英語戴冠式の意。日本ではフランス語風に読んだコロナティオンとも呼ばれる。

生涯[編集]

1946年にフランスの競走馬生産者・実業家のマルセル・ブサックによって生産された。父は1942年凱旋門賞優勝馬ジェベル、母はプール・デッセ・デ・プーリッシュ(フランスの1000ギニーに相当)勝ち馬、エスメラルダ。両者の父はともにトウルビヨンである。この配合はサラブレッドの生産においても極度の近親交配とされ、極端な配合、その成功と弊害例としてしばしば取り上げられる[1]。非常に神経質な馬であったと伝えられる。ブサックはこの馬を、シャルル・サンブラに預けた。

2歳時に、地元シャンティイのシャトー賞でデビューすると、落ち着きのないレースぶりながら何とか1馬身差で勝った。ブサックはこの馬に強い期待を持ち、イギリスロイヤルアスコット開催に遠征、クインマリーステークスに出走させた。ここでもヴァルキリーに頭差で勝った。次に出走したロベールパパン賞ではブラントームのレコードタイムを2秒4も縮めるレースレコードを記録した。だが、このあとのモルニ賞、シェヴェリーパークステークスともに集中力のないレースぶりで敗れている。

3歳になると、ブサックは大レースを目指し、まず初戦のプール・デッセ・デ・プーリッシュに出走。やはり集中力を欠いたレースぶりだったが、何とか1着同着に持ち込んだ。このあとオークスに出走するが、スタートから暴走してしまい2着、さらにアイリッシュオークスにも挑戦するが2着に敗れた。

このころ、ブサックは凱旋門賞を世界最大のレースにするために各方面に働きかけており、凱旋門賞の賞金を大幅に増額させることに成功していた。賞金は2500万フラン[2]に達し、世界でも最高額の賞金を持つレースとなった。凱旋門賞に出走した本馬はめずらしく落ち着いており、直線突き抜け4馬身差で圧勝、ブサックの計画は大成功に終わった。本馬は翌年も競走生活を送ったが、ヴェルムー賞に勝ち、クインエリザベスステークスで2着した程度に終わっている。

その後はブサックのもとで繁殖用に供されたが、仔出しの悪さに悩まされた。10年以上も繁殖牝馬として供用されたが、死産、不受胎が続き、ついに一頭の産駒も残せないまま牧場から出されてしまった。その最期は分かっていない。

競走成績[編集]

  • 1948年(5戦3勝)
    • クインマリーステークス
  • 1949年(4戦2勝)
    • プール・デッセ・デ・プーリッシュ、凱旋門賞
  • 1950年(4戦1勝)

血統表[編集]

コロネーション血統 (血統表の出典)[§ 1]
父系 トウルビヨン系

Djebel
1937 鹿毛
父の父
Tourbillon
1928 鹿毛
Ksar Bruleur
Kizil Kourgan
Durban Durbar
Banshee
父の母
Loika
1926
Gay Crusader Bayardo
Gay Laura
Coeur a Coeur Teddy
Ballantrae

Esmeralda
1939 鹿毛
Tourbillon
1928 鹿毛
Ksar Bruleur
Kizil Kourgan
Durban Durbar
Banshee
母の母
Sanaa
1931
Asterus Teddy
Astrella
Deasy Alcantara
Dianna Vernon F-No.14
母系(F-No.)
5代内の近親交配 Tourbillon 2×2=50.00% Teddy 4×4=12.50%
出典
  1. ^ JBISサーチ - 5代血統表[3]

参考文献[編集]

  1. ^ 山野浩一, p23.
  2. ^ フランスでは1960年に100分の1のデノミネーションが行われたが、ここではそれ以前の旧フランである。
  3. ^ JBISサーチ - 5代血統表”. JBISサーチ. 2017年11月11日閲覧。
  • 山野浩一『伝説の名馬(Part III)』中央競馬ピーアール・センター、平成8年、ISBN 4924426490