コンスタンディノス・デメルジス

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コンスタンディノス・デメルジス

コンスタンディノス・デメルジスギリシア語: Κωνσταντίνος Δεμερτζής1876年 アテネ - 1936年4月12日 アテネ)は、ギリシャ王国の政治家。首相を務めた(在任:1935年11月30日 - 1936年4月13日)。

デメルジスはアテネ大学ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘンで法学を学び、1928年にアテネ大学法学部の親族法の教授になった。

彼の政治生涯は1910年にギリシャ議会選挙で当選したことで始まった。ギリシャ第二共和政成立の1924年に他の多くの政治家と同じく政党を結成したが、短期間で解散した。

1935年11月30日、国王ゲオルギオス2世がデメルジスを暫定首相に任命、デメルジスはさらに外相、戦争相、海軍相を兼任した。しかし、比例代表制で行われた選挙では王党派が143議席、共和派が141議席とそれぞれ4割強の議席を得て、15議席を得た共産党がキャスティングボートと化してしまった[1][2]。共産党との協調を選ぶ各政党の姿勢に対し陸軍の不満がくすぶる中、デメルジスは有効な対策を打ち出せないまま、1936年4月13日に心臓発作で死亡した。

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • リチャード・クロッグ著・高久暁訳 『ギリシャの歴史』 創土社、2004年。ISBN 4-789-30021-8。
  • 桜井万里子著 『ギリシア史』 山川出版社、2005年。ISBN 4-634-41470-8。
公職
先代:
ゲオルギオス・コンディリス
ギリシャの首相
1935年11月30日 - 1936年4月13日
次代:
イオアニス・メタクサス