コンピュータゲームの歴史

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コンピュータゲームの歴史(コンピュータゲームのれきし)では、これまでのコンピュータゲーム関連の主な出来事を記す。コンピュータ囲碁/コンピュータ将棋/コンピュータチェスについては各リンク先を参照。

ゲーム機アーケードゲームコンシューマーゲーム携帯型ゲーム日本におけるゲーム機戦争パソコンゲームパーソナルコンピュータ史携帯電話ゲームクラウドゲームも参照。

黎明[編集]

1912年
  • スペインの技術者レオナルド・トーレス・ケベードが、歴史上最初のコンピュータゲームのひとつと呼ばれるチェス機械、エル・アヘドレシスタを作成した[1]。この機械はチェスの終盤のみを扱い白のキングとルークで人間側の黒のキングを詰ませようとするもので、内部の電気機械的な装置により盤面の状況を判断し駒の動きを決めることができ、人間側のキングの最初の位置がどこであってもチェックメイトすることができた。
1946年
1947年
1950年代前半
  • Whirlwindで、「バウンシング・ボール(Bouncing Ball)」というゲームが動いていたとされ、何らかの形でコンピュータによるゲームが作られた最古の記録と言われる[4]。ただし、ゲームではなくボールがバウンドする様子を再現した一種のデモプログラムだったとする説もある。
  • 日本に駐留するアメリカ軍の娯楽需要を目当てとして、日本にアミューズメント機器を輸入・販売・リースする会社が設立される。これらの会社にはセガの母体となった1951年設立のローゼン・エンタープライゼスやレメーヤー&スチュワート、1953年設立の太東貿易、1955年設立の中村製作所があり、のちに業務用コンピュータゲームに参入することになる[5]
1950年
1952年
  • ケンブリッジ大学EDSACで、同大学の大学院生であったアレキサンダー・ダグラス英語版は、ディスプレイ画面を介してコンピュータと対戦する三目並べの 『OXO』 というプログラムを作成した(「Graphic Tic Tac Toe」とも呼ばれた)。EDSACシミュレータにより、現代でも動作可能である。ゲーム画面の記録が残っている初のビデオゲームとされる。
1958年
1962年
1963年
1966年
  • ラルフ・ベアがそれまで特殊なディスプレイ装置にしか表示出来なかったゲーム映像を、家庭用のテレビ受像機に表示するアイデアを思いつく。彼は所属していたサンダース・アソシエイツ社にて試作品を作り始め、数種類の試作機を完成させる。数年後、同社から世界初の家庭用ゲーム機に関する特許の申請が行われた。
1969年
  • ベアが一般的なテレビ受像機に接続して数種類のゲームが遊べる「ブラウンボックス」を完成させるが製品化には至らなかった。

1970年代[編集]

1971年
1972年
  • ラルフ・ベアがマグナボックス社から世界初の家庭用ゲーム機オデッセイ」を発売。最初の1年間で10万台が販売されたが、大ヒットには至らなかった[4]
  • ブッシュネルは「オデッセイ」に感銘を受けて5月にアタリ社()を創業し、「オデッセイ」のテーブルテニスをヒントにした『PONG』を11月に発売。商業的に成功した最初のゲーム。
1973年
1974年
1975年
  • 初のアドベンチャーゲームアドベンチャー』が登場。
  • ダンジョン』。最初期のコンピュータRPGの1つ。
  • GI(General Instrument)社がTV製造用に開発したワンチップ・テレビゲーム専用LSIの外販を開始し、ゲーム機生産コストが驚異的に低下する[4]
  • 『PONG』を模したGI社製ワンチップ・テレビゲーム用LSIが秋葉原で入手可能となった。
  • 9月 - エポック社テレビテニス』発売。日本初の家庭用ゲーム機。マグナボックスとの技術提携に基づく[7]。販売数量は2万台程度に留まり、これを機にエポック社はNECとゲーム専用LSIの共同開発に乗り出し、日本国内の半導体メーカーがゲーム専用LSIに進出し始めることになる[5]
  • アタリが『PONG』の家庭用である『ホーム・ポン』を開発。シアーズ・ローバック社に独占販売権を与え約15万台を販売する[4]
  • ミッドウェイGun Fight』。タイトーの「ウエスタンガン」のライセンスを受け再設計したもので、マイクロプロセッサIntel 8080)を搭載した初めてのアーケード用コンピュータゲーム機[8]
1976年
1977年
1978年
1979年
  • 8月 - Milton Bradley『Microvision』。世界初のカートリッジ交換型携帯型ゲーム機。
  • 10月1日 - アクティビジョン設立。ゲーム機史上初のサードパーティーとしてゲームソフトを開発・販売した企業。
  • 11月 - ナムコギャラクシアン』。『スペースインベーダー』の人気が一段落した頃にポストインベーダーとして開発された[5]。敵の動きがキャラクター付けされているなど、『スペースインベーダー』を発展させたゲーム内容で大ブームになる。描画にスプライト方式を採用することにより複数のキャラクターを高速かつ滑らかに動作させることに成功しており、スプライト方式をコンピュータゲームの主流に押し上げコンピュータゲームのアイデアを多様化させるという技術的転換点となった[5]
  • 任天堂「ブロック崩し」。
  • 『インベーダー攻略法――これであなたも10000点プレイヤー』(ヘラルド・エンタープライズ)。日本初のアーケードゲーム及びコンピュータゲームの攻略本。[14]

1980年代[編集]

1980年
  • 5月22日 - ナムコ『パックマン』。日本をはじめ世界各国でヒットし、特にアメリカではアニメや音楽が制作されるなど、ポップカルチャー史に残るキャラクターとなる。
  • ウィリアムスディフェンダー』。翌年の『スクランブル』と共に、初めてスクロールを本格的に使ったシューティングゲーム。
  • Origin Systemsウルティマ』。『ウルティマオンライン』にいたる人気ロールプレイングゲームシリーズ第1作。
  • シエラオンラインミステリーハウス』。世界初のグラフィックアドベンチャーゲーム。
  • ユニバーサルSpace Panic』。プラットフォーム・ゲームの先駆け(ただしプレイヤーキャラクターはジャンプ出来ない)[15]
  • エポック社「テレビベーダー」。
  • 任天堂が「ゲーム&ウオッチ」を発売。携帯型電子ゲーム機。LSIゲームがブームとなる。このヒットで日本のコンピュータゲーム市場は業務用ゲームとLSIゲームに二分され、アメリカとは異なりカートリッジ交換式家庭用ゲーム機市場の立ち上がりが遅れた[5]
  • 任天堂がアメリカに現地法人Nintendo of America Inc.を設立[5]
  • 任天堂「コンピュータTVゲーム」。任天堂のゲーム機として史上最悪の売り上げを記録したとされる。流通量が極端に少なく『幻のテレビゲーム』とも呼ばれている。
  • アタリ『バトルゾーン』。業務用としては初めての3Dシューティング。
  • マテル「インテレビジョン[16]
  • アタリの売上高が前年比の2倍の4億1500万ドル、営業利益が前年比の5倍の7700万ドルに達し、ワーナーグループ全体の営業利益の1/3を占めた[4]
1981年
1982年
  • 3月 - アタリがAtari 2600版『パックマン』を発売。低品質な移植作品であっただけでなく、小売の水増し発注と需要予測の誤りの結果として当時のAtari 2600本体の稼働台数を何百万本も上回った数のゲームカートリッジをアタリが生産したこともあって大量の売れ残り在庫が生じ、アタリと消費者に回復しがたいインパクトを与えた[19][20]
  • 4月23日 - シンクレアZX Spectrum」。主にイギリスで人気を得たホビーパソコン
  • 6月3日 - 「ゲーム&ウオッチ」版『ドンキーコング』。LSIゲームの最多売上を記録。
  • 8月 - コモドールコモドール64」。優れた性能と高いコストパフォーマンスを誇るホビーパソコン。ゲームユーザーをターゲットにしたマーケッティング戦略により家庭用ゲーム機のシェアを奪い、アタリショックの原因のひとつとなった。
  • 8月20日 - トミー「ぴゅう太」。ゲームパソコンホビーパソコン
  • 11月 - General Consumer Electronics「Vectrex」。ベクタースキャンを採用した。
  • 11月 - ソード/タカラM5」。ゲームパソコン。
  • 11月 - コモドール「マックスマシーン」。ホビーパソコン。
  • 12月6日 - タイトーが『スペースインベーダー パートII』の無断コピーをめぐり起こした訴訟において、東京地裁がコンピュータプログラムを著作権法上保護されるべき著作物として認める判決(「スペースインベーダー パートII事件」)[21]
  • アタリ『E.T.』。史上最低のゲームとして名高い。高額のライセンス料・大量の売れ残り在庫により、アタリに大きな経済的損失を与え、翌1983年にアタリは赤字に転落、1984年には分割・売却されたため、アメリカのゲーム市場全体が停滞した。
  • アタリ「Atari 5200」。「Atari 2600」の後継機。高性能でソフトのクオリティも高かったが2600との互換性は持たず、アタリは5200の発売後も5200より2600に注力したこともあって失敗に終わった。
  • コレココレコビジョン」。『ドンキーコング』のアーケード版にほぼ忠実な移植を実現するなど、当時としては高性能を誇った。このハードは1984年に生産終了となったものの、発売からそれまでの短い期間中に600万台以上を売り上げた。
  • エマーソン・ラジオEmerson Arcadia 2001」。
  • トミートミー3D』(翌年以降、『The Tomytronic Thundering Turbo 3D』)。トミー3D立体グラフィックゲーム・シリーズ。スコープ・双眼鏡型でディスプレイを2つ搭載し、3D立体表示可能な世界初の携帯型ゲーム機。
  • Entexアドベンチャービジョン」。ドットマトリックスLEDディスプレイを搭載した、ゲームソフト交換式の可搬型家庭用ゲーム機。
  • 12月8日 - ワーナーがアタリの売上下降を理由に同年第4四半期の利益を下方修正し、翌9日にワーナーの株価が暴落する。アタリ社の売上は翌年の第1四半期にかけて急落した。いわゆるアタリショックの始まり[4]
  • アタリハード向けソフト販売におけるアタリのシェアが前年の80%から56%に低下[4]
  • 1980年代前半の北米において家庭用ゲーム機市場の売上高が最大になる[4]
  • アメリカでコンピュータゲーム雑誌『Electronic Fun with Computers & Games』、『JoyStik - How to Win at Video Games』、『Video Games』、『Video Games Player』、『Videogaming Illustrated』が創刊される[22]
1983年
1984年
1985年
1986年
1987年
  • 1月26日 - エニックス『ドラゴンクエストII 悪霊の神々』。前作の人気を受けて発売前から大きな話題を呼び、発売日には全国の販売店に本作を求めて行列するファンの姿も多く見られた。こうした熱狂は一部のマニアだけのものではない社会現象として多くのマスメディアで取り上げられた。
  • 7月13日 - コナミ『メタルギア』。ステルスゲームを広く普及させた作品とされる。後年『メタルギアソリッド』シリーズとして世界的に有名となる。
  • 10月30日 - NECホームエレクトロニクスPCエンジン」。CPUの処理速度、グラフィック美しさや迫力のあるサウンドなど、当時の常識を覆す高速・高性能を実現した。
  • 12月18日 - スクウェアファイナルファンタジー』。ファイナルファンタジーシリーズの第1作。スクウェア社の最後の作品となるソフトなので「ファイナル」と銘打たれたが、ヒット作となって世界的にも有名なシリーズとなった。
  • ケスマイエア・ウォーリア』。娯楽用としては世界初のオンライン・フライトシミュレーションゲーム。運営会社が運用するサーバに接続してプレイするタイプであり、最初期のMMOゲームとも言える。日本では富士通により1992年から数年間に渡って運用された。
  • シャープ「X68000」。優れたAV能力によって業務用ゲームの高度な移植を可能とし、基板のセルフチェック動作までも再現する“完全移植”の概念を後に定着させたパソコン。
  • ドイツのメーカーRainbow ArtsThe Great Giana Sisters』(日本未発売)。あからさまな『スーパーマリオブラザーズ』の盗作でかつ同作を挑発するキャッチコピーだったため任天堂から訴訟が起きて発禁処分となる。後年、このゲームの開発者が欧米ゲーム市場における重鎮となったことから、欧米において伝説的なカルトゲームとなる。
1988年
  • 2月10日 - エニックス『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』。これを買うために発売日に子供が学校を休み、また恐喝の被害が出るなど、社会問題となった。
  • 3月18日 - 光栄『信長の野望 全国版』。当時としても高額の9800円という価格設定。このソフトの発売を皮切りに、PSやSSのCD-ROM時代になるまで、1万円を超えるソフトが発売されるようになった。
  • 10月29日 - セガ「メガドライブ」。日本での売り上げはそこそこだったが、海外市場では日本市場を超える程の売り上げを達成している。
  • 12月4日 - NECホームエレクトロニクス「CD-ROM2」。世界初となるCD-ROM媒体として採用した家庭用ゲーム機。PCエンジンの周辺機器。
  • 12月4日 - ハドソン『ファイティング・ストリート』と『No・Ri・Ko』。世界初のCD-ROMを媒体として用いたゲームソフト。
  • 12月22日 - ビーピーエステトリス』。これにより、日本でテトリスブームが起こる。以後、落ち物パズルがジャンルの1つとして定着する。
  • Game Developers Conference(GDC)の第1回(当時はComputer Game Developers Conferenceと呼称)がクリス・クロフォードの自宅(米国カリフォルニア州サンノゼ)で開催される。
  • 米任天堂(Nintendo of America)がゲーム雑誌Nintendo Power』を創刊。
1989年

1990年代[編集]

1990年
1991年
1992年
1993年
  • 2月16日 - 富士通FM TOWNS マーティー」。パソコン「FM TOWNS」をゲーム機型に簡素化し普及を狙ったが失敗した。世界初の32bit CPU搭載ゲーム機とされる。
  • 7月 - ハドソン『HI-TEN ボンバーマン』。世界初のハイビジョンゲーム[34]
  • 8月20日 - パイオニアレーザーアクティブ」。PCエンジンまたはメガドライブに対応した拡張パックを組み合わせることでレーザーディスクベースの専用ゲームをプレイできるレーザーディスクプレイヤー。
  • 9月17日 - コモドールAmiga CD32」。欧米圏で最初に32bit CPUを搭載したゲーム機。
  • 10月7日 - ナムコ『リッジレーサー』。アーケード用としては初めてテクスチャマッピングを施したポリゴン表示を実用化。
  • 11月23日 - アタリコープAtari Jaguar[35](日本では1994年12月8日発売[36])。1995年9月21日には外付けCD-ROMドライブ「Atari Jaguar CD」が発売されたが[37]商業的に失敗し、これを最後にアタリはハードウェア事業から四半世紀に渡り遠ざかる。
  • 12月1日 - 任天堂「ニューファミコン」。ファミコン発売10周年を機にリニューアル。
  • 12月10日 - id Software『DOOM』。FPS(ファーストパーソン・シューティングゲーム)が一躍メジャージャンルになるとともに、後の同ジャンルに多大な影響を与える。
  • 12月15日 - EAスポーツ『FIFA インターナショナルサッカー』。FIFAシリーズの第1作。最も売れたスポーツゲームシリーズ。
  • 12月 - セガ『バーチャファイター』。世界初の3D格闘ゲームとして大ヒット。シリーズ化もされ第5作が稼働中。
  • 日本国内での家庭用ゲームソフトの流通において、過剰在庫に起因する小売価格の暴落が頻発するようになる。[38]
1994年
1995年
  • スーパーファミコン用ソフトが大容量化により価格が高騰。1万円を越えるソフトが珍しくなかった。
  • Electronic Entertainment Expo(E3)の第1回が米国のロサンゼルスで開催される。
  • 7月21日 - 任天堂「バーチャルボーイ」。サードパーティーがつかず、半年で新作ゲームソフトの発売が途絶える。同ゲーム機開発者の一人である横井軍平はその後、任天堂を自主退社してコトを設立。「ワンダースワン」の開発に携わる。
  • 8月25日 - マイクロソフトがパソコン用OSWindows 95』を発売。以後、Windowsがパソコン用OSのデファクトスタンダードとなる。
  • 9月30日 - マイクロソフトがWindowsにおけるゲーム用APIであるDirectXのバージョン1.0をリリース[39]
  • 10月 - セガ「ノーマッド」。北米市場向けの携帯型ゲーム機(日本未発売)。メガドライブ(ジェネシス)のソフトと互換性があった。
  • 10月 - カシオ計算機「ルーピー」。
  • 11月1日 - 任天堂、セントギガBS放送を利用してスーパーファミコン向けデータ配信事業である衛星データ放送を開始、専用周辺機器サテラビュー」を販売。
1996年
1997年
  • 1月14日 - エニックスも『ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち』をPlayStationで発売することを発表。
  • 1月31日 - スクウェア『ファイナルファンタジーVII』。それまでのRPGの常識を覆したフルポリゴンRPG。それまで拮抗していたPlayStationとセガサターンの売り上げの差が大きく開き、PlayStationが次世代ハード戦争の覇者となるきっかけとなった。以降同作品のようにフルポリゴン化された画面やCGムービーの挿入など高度な画像処理を前面に押し出し、ストーリー性などにも力を注いだ「重厚長大」な作品が人気となる。
  • 9月24日 - オリジン・システムズウルティマオンライン』。MMORPGとして初めての大ヒット作。
  • 9月30日 - ローソン任天堂が日本国内のローソン店頭でのゲームソフトデータ販売サービス「ニンテンドウパワー」を開始。当初はスーパーファミコン用ソフトがサービス対象、2000年3月1日にはゲームボーイソフトも対象に。
  • 10月 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが日本の小売店の不良在庫となったゲームソフト約200タイトル(70万本)を1本あたり2000円で回収する。ソニーが家庭用ゲーム機ビジネスに参入するにあたって日本において構築した流通システムが機能不全を起こしていることを示す出来事であった。[38]
  • 10月21日 - Rockstar Gamesグランド・セフト・オート』。グランド・セフト・オートシリーズの第1作。世界的に有名なゲームシリーズの1つであり、シリーズとしてはマリオ、ポケモンに次ぐ3番目の売上である。
  • 11月 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが従来小売店に課していたPlayStation用ソフトの値引き販売禁止政策が消滅し値引き販売が一般的になる。[40]
  • 12月 - コナミ『beatmania』。音楽ゲームの先駆け。
  • セガとバンダイが合併し、新社名をセガバンダイとすると発表。しかし、後にこの計画は解消された。
  • セガがセガ・ユナイテッドをムーミン(問屋)と合併しセガ・ミューズへ再編。ソニー・コンピュータエンタテインメントの流通システムに倣い小売店への直販化やソフトのリピート発注の迅速化を行う流通改革を行った。[38][41]
  • 任天堂系問屋団体「一心会」が解散する。[38]
  • 12月18日 - ハドソン「てくてくエンジェル」。世界初の育成散歩計[42]。ゲーム付き歩数計市場を構築するきっかけとなった。
1998年
1999年
  • 1月21日 - 任天堂『ニンテンドウオールスター!大乱闘スマッシュブラザーズ』。高いキャラクター性と対戦ゲーム性を両立した作品として話題となる。
  • 2月11日 - スクウェア『ファイナルファンタジーVIII』。記録的な売り上げを達成し、スクウェアの経営方針転換のきっかけとなる。
  • 3月4日 - バンダイ「ワンダースワン」発売。
  • 3月18日 - 『三國志III』のゲームデータ改造ツールを巡って争われた三國志III事件について、東京高裁は『三國志III』は著作権法上の「映画の著作物」に該当せず、そのゲームデータ改造ツールは著作権を侵害しないという判断を示す。[44]
  • 3月19日 - SNK(旧社)「ネオジオポケットカラー」発売。
  • 4月27日 - 『ときめきメモリアル』の改造済みセーブデータの入ったメモリーカードの販売を巡って争われたときめきメモリアルメモリーカード事件について、大阪高裁は『ときめきメモリアル』は著作権法上の「映画の著作物」に該当し、その改造済みセーブデータの入ったメモリーカードの販売は著作権を侵害するという判断を示す[45]。なお、2001年3月18日に控訴棄却により判決が確定した[46]
  • 7月15日 - スクウェア『聖剣伝説 LEGEND OF MANA』。高い売上記録を残すが、スクウェア内部では上記の『ファイナルファンタジーVIII』と比較して少ない売上だったことが指摘され、前年発売の『ゼノギアス』製作スタッフなどとともに『ファイナルファンタジー』偏重の流れ(FFシフト)に反発した社員の集団退社が起こりはじめる。
  • 8月23日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントがPlayStationのエミュレータ「bleem!」の販売差し止めを求めていた訴訟で、サンフランシスコ連邦地裁が販売継続を認める判決を下す[47]
  • 9月 - 新声社倒産により、『ゲーメスト』廃刊。ゲーメストスタッフの一部により、アスキー(現:エンターブレイン)から『アルカディア』創刊。
  • 11月 - 公正取引委員会が、ドリームキャストのハードとソフトの卸売を行っているセガの子会社セガ・ミューズを独占禁止法違反(再販売価格維持)容疑で立ち入り検査。セガは翌2000年7月に販売部門を自社に新設し、卸売業務を自社に移すことで摘発を免れた[48]
  • 12月 - ゲーム業界の老舗メーカーであるデータイーストが和議を申請し経営破綻。後、2003年6月に破産宣告
  • 12月11日 - 任天堂「64DD」。
  • 日本コンピュータゲーム協会が発足。主にパソコン向けのコンピュータゲームを開発する企業による業界団体。

2000年代[編集]

2000年
  • 3月4日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが日本で「PlayStation 2」を発売。
  • 4月1日 - アスキーよりエンターブレインが分社。『ファミ通』などの出版事業を移管。
  • 4月18日 - 日本で家庭用ゲームソフトを販売するフランチャイズチェーン本部と流通会社14社がTVゲームビジネス協議会を設立。「PlayStation 2」発売に際し、ソニー・コンピュータエンタテインメントがPlayStation.comで一般流通より安い価格での直販を開始したことと、フランチャイズチェーン本部へのバックマージンを廃止したことに対する危機感が背景にあった[49]。なおTVゲームビジネス協議会は2002年4月にGRA(GAME RETAILERS ASSOCIATION)に名称を変更した[50]
  • 5月30日 - セガがドリームキャスト向けにゲーム配信サービス「ドリームライブラリ」を開始[51]。クラシックタイトルのダウンロード販売の先駆け。
  • 6月15日 - 青少年の精神に悪影響を与えるからという理由で、中国政府が中国国内向けの外国製ゲーム機の製造・販売を禁止した[52][53]
  • 8月3日 - セガがドリームキャスト用ソフトのレンタルを「TSUTAYA」において2000年9月30日から開始すると発表[54]
  • 8月3日 - コーエー真・三國無双』。真・三國無双シリーズの第1作。前作の三國無双は対戦型格闘ゲームであったが、本作から複数の敵と戦う三人称視点のアクションゲームとなっている。無双系と呼ばれる新たなジャンルを確立したとされる。
  • 9月20日~21日 - 第1回CEDECが開催される。
  • 10月1日 - 日本において国立国会図書館法の一部を改正する法律が施行され、コンピュータゲームソフトを含むパッケージ系の電子出版物に納本義務が課せられた。
  • 10月8日 - 韓国でeスポーツ大会「World Cyber Games」の第1回(World Cyber Games Challenge)が開催される[55]
  • 11月 - ハドソンがフランスアンフォグラム社と合弁で「アンフォグラムハドソン株式会社」を設立。
  • 12月19日 - バンダイ「ワンダースワンカラー」発売。
  • Blizzard Entertainment社『DIABLO2』。以後のゲームに影響を及ぼした要素が多数散見される。
2001年
  • 1月26日 - NTTドコモがJava機能「iアプリ」搭載携帯電話「503i」シリーズを発売。日本において携帯電話上で動作するコンピュータゲームの市場が生まれる。
  • 3月21日 - 任天堂「ゲームボーイアドバンス」。
  • 3月27日 - ゲームソフト販売店チェーン・カメレオンクラブを展開する株式会社上昇に中古ソフトの販売中止を要求したため権利不存在確認訴訟を起こされたエニックスに対し、東京高裁は控訴を棄却。[56]さらに3月29日にはカプコン、コナミ、スクウェア、ナムコ、ソニー・コンピュータエンタテインメント、セガの6社によるテレビゲームソフトウェア流通協会加盟会社への訴訟において、大阪高裁が小売側勝訴の判決を下す。[57]これらにより、日本における中古ゲームソフト売買が合法であるというコンセンサスが出来上がる。
  • 3月31日 - セガが「ドリームキャスト」の製造を打ち切り、ハード事業から完全撤退。
  • 4月2日 - エス・エヌ・ケイが民事再生法を申請(10月31日に破産宣告)。エス・エヌ・ケイが開発したゲームの版権は、10月30日の入札でSNKプレイモアが落札。
  • 8月1日 - 公正取引委員会がソニー・コンピュータエンタテインメントに対し、「PlayStation」ソフトウェア販売に関する独禁法違反(再販売価格維持)について排除措置命令を審決。[58]
  • 9月14日 - 任天堂「ニンテンドーゲームキューブ」。
  • 11月15日(日本は2002年2月22日、欧州は2002年3月14日) - マイクロソフトXbox」。Xbox Liveが開始。
  • ファイアーエムブレム』の類似作品であるとして任天堂より警告を受けていた発売予定ソフト『エムブレムサーガ』(当初名称)が『ティアリングサーガ』とタイトルを変えて発売されたことに対し、発売元であるエンターブレインなどを相手取り、任天堂などが著作権と不正競争防止法に関する訴訟を起こす。詳細はファイアーエムブレムを参照。
  • コナミによるプロ野球のゲーム化権利や音楽ゲームの特許の独占、他社製品名による登録商標の申請が問題となる。プロ野球のゲーム化権利については、他社製野球ゲームへの再許諾を遅延させるなどの行為が行われ、後に公正取引委員会より独占禁止法に基づく警告を受けた[59]
2002年
  • 2月 - 日本テレビゲーム商業組合結成。かねてより乱立状態にあったゲームソフト販売店関係団体の統合が果たされる。
  • 4月25日 - 最高裁が中古ゲームソフト売買を合法と判断。日本における中古ゲームソフトを巡るゲームソフトメーカーと小売業者間の法廷闘争が終結。[60]
  • 4月25日 - ドイツでエアフルト事件が発生。犯人の少年が『カウンターストライク』に耽溺していたことから、暴力的な内容のコンピュータゲームの規制を強化する動きが起き、青少年保護法の制定とソフトウェア事前審査機構(USK)の設置に繋がった[61]
  • 6月1日 - 岩田聡山内溥の指名により、任天堂の代表取締役社長に就任した。任天堂は創業して以来、山内家の同族経営であったため、入社2年目の岩田の就任は異例の人事とされた。
  • 6月 - 日本においてコンピュータエンターテインメントレーティング機構(CERO)が発足し、同年10月から活動を開始。これ以後の日本の家庭用ゲーム機用ソフトは対象年齢などのレイティング審査が課せられるようになる。
  • 7月 - ギリシャにおいて全てのコンピューターゲームの所持・利用を禁止する法律(ギリシャ法第3037号)が制定される(2004年廃止)。
  • 7月12日 - バンダイ「スワンクリスタル」。
  • 8月12日 - セガがPC用ゲームソフトのオンライン・レンタルシステム「B-CLUB」をISP向けに開始[62]
  • 10月30日 - 欧州において任天堂と現地ディストリビュータ7社がゲーム機とゲームソフトの並行輸入を妨害したとして、欧州委員会が任天堂らに対し合計1億6780万ユーロの課徴金を決定。そのうち首謀者と認定された任天堂に課せられたのは1億4912万8千ユーロ[63]
  • 11月21日 - 任天堂『ポケットモンスター ルビー・サファイア』。ポケモンの関連商品の販売などを行う事業を『ポケモン』という略称をそのまま使って社名にし、分社化(株式会社ポケモン)。
  • 日本のゲーム市場が前年比で1000億円近い減収となり、日本における市場縮小が顕著化し始める(ゲーム離れ)。同時期の欧米市場は大規模な拡大を見せるとともに欧米製ソフトが市場に普及、日本の世界シェアが著しく低下する。
2003年
2004年
  • 2月14日 - 任天堂が、ファミコン生誕20周年企画として、『ファミコンミニ』シリーズ(過去の名作ファミコンソフト)をゲームボーイアドバンスで完全復刻。
  • E3にて任天堂がそれまでの非ゲームユーザーもターゲットとした新機軸の携帯型ゲーム機「ニンテンドーDS」を発表。同イベントにてソニー・コンピュータエンタテインメントは「PlayStation Portable」を発表し、任天堂のゲームボーイアドバンスの牙城に挑もうとする。
  • 9月21日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが「PlayStation Portable」の重大な発表をすることをこの日に予告。しかし同日に任天堂が対抗するような形で「ニンテンドーDS」の発売日と価格を発表し、ソニーの発表会は予定より遅れて開始され有耶無耶のまま終了する(空白の17分間)。
  • 10月1日 - セガサミーが経営統合、セガサミーホールディングス設立。
  • 11月21日(日本では12月2日) - 任天堂「ニンテンドーDS」発売。
  • 11月27日 - スクウェア・エニックス『ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君』。360万本を超える本数を販売、PlayStation 2用ソフトとして日本国内1位の記録を樹立。
  • 12月12日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント「PlayStation Portable」(PSP)。DSとともに年末に発売され、携帯型ゲーム機戦争として年末商戦の話題となる。ちなみにPSPは任天堂以外の他社製の携帯型ゲーム機で最初から完全カラー表示となるのはゲームギアから約14年振りとなる。
  • 12月16日 - ValveHalf-Life 2』。Steamを介してダウンロード販売が行われ、Steamがゲーム配信プラットフォームとして成立する礎となる。
2005年
2006年
  • 1月19日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント『RULE of ROSE』。11月には欧州で発売されたが、EUの司法大臣フランコ・フラッティーニが作中における描写を「みだらで残酷」と評しPEGIのレーティングシステムの変更を求めたり、英国での発売がキャンセルされたりするなど、物議を醸した[66]
  • 3月2日 - 任天堂「ニンテンドーDS Lite」。9000万台以上を売り上げ、同一モデルとしては最も売れたゲーム機である。
  • 3月31日 - コナミグループ再編に伴い、ゲーム部門をコナミデジタルエンタテインメントとして分社化。ナムコがバンダイの家庭用ゲーム事業を譲受し、バンダイナムコゲームスへ商号変更。
  • 4月20日 - 任天堂『MOTHER3』。任天堂としては発表から発売まで最も時間がかかったゲーム(約12年間)となる。
  • 4月25日 - コーエーネットが家庭用ゲームソフトのレンタル事業「RentaNet」を発表[67]。RentaNetは5月から試験運用が行われたが、結局1年足らずで頓挫した[68]
  • 5月31日 - CEROのレーティングが4区分から5区分に細分化される。各区分にアルファベットが付与され、旧来の「18歳以上対象」が「D(17歳以上)」と「Z(18歳以上のみ対象」に2分割され、Z区分の商品は新品・中古品ともに18歳未満の者に販売しないこととされた[69]
  • 11月11日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが日本・米国で「PlayStation 3」(PS3)を発売。発売当初は品薄が続いた。PS3の発売に合わせ、オンラインサービス「PlayStation Network」(PLAYSTATION Network)も開始される。
  • 任天堂、ゲームボーイアドバンスおよびゲームキューブのハード・ソフト開発が終了。
  • 11月19日(日本では12月2日発売) - 任天堂「Wii」。2006年末までの販売台数は98万9118台に達し、一気にライバル「PS3」を追い越す。
  • 12月12日 - スクウェア・エニックスが『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』をニンテンドーDSで発売することを発表。ドラゴンクエストシリーズのナンバリングタイトルが約10年ぶりに任天堂プラットフォームに復帰かつ、シリーズ初の携帯型ゲーム機進出。
  • 「ニンテンドーDS Lite」のハードおよびソフトが人気となり、長期・過度の品不足状態が続く。
  • 国内ゲーム市場規模が1997年の5,332億円以来、過去最高の6,285億円に更新[70]
2007年
  • 2月22日 - カプコン『モンスターハンターポータブル 2nd』。日本国内でPSP初のミリオンセラーを達成。
  • 6月29日 - アップルがアメリカで「iPhone」を発売[71]
  • 7月5日 - マイクロソフトが「Xbox 360」の不具合について、購入日からの無償保証期間を3年に延長。修理費用として10億5000万~11億5000万米ドルを2007年4月~6月期決算に計上した。[72]
  • 9月20日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント、新型PSP「PSP-2000」。発売から2ヶ月で100万台を達成。
  • 9月28日 - セガサターンおよびドリームキャストの修理サポート終了。
  • 10月31日 - 任天堂の時価総額が10兆円突破し、日本3位(トヨタ三菱UFJ FGに続く)となった。DSとWiiの好調から。
  • 10月31日 - ファミリーコンピュータ、ディスクシステム、およびスーパーファミコンの修理サポート終了。
  • 12月1日 - 任天堂『Wii Fit』。
  • 12月2日 - アクティビジョンヴィヴェンディ・ゲームズが合併し、アクティビジョン・ブリザードが誕生。世界最大のゲームソフト会社となる。
  • 12月 - kensington(京仕敦)「Vii」。中華人民共和国で発売されたWiiに似たゲーム機。任天堂のライセンスを受けていないパチモノ機。
  • ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)大手のFacebookがアプリケーション開発用のAPI「Facebook Platform」を提供。後の「ソーシャルゲーム」の基礎となる。
2008年
  • 1月22日 - 「Wii」の日本国内における累計販売台数が500万台を突破。PS2を抜き、家庭用ゲーム機最速の60週で達成。
  • 1月31日 - 任天堂『大乱闘スマッシュブラザーズX』。シリーズで初めて任天堂以外のキャラクターであるソリッド・スネーク(メタルギアシリーズ)、ソニック・ザ・ヘッジホッグ(ソニックシリーズ)がプレイヤーキャラクターとして登場している。
  • 2月19日 - マイクロソフトインテルAMDNVIDIAによってPC Game Allianceが設立。
  • 3月25日 - Wiiオリジナルソフトオンライン販売『Wiiウェア』のサービス開始。
  • 3月27日 - カプコン『モンスターハンターポータブル 2nd G』。わずか1ヶ月で200万本以上を売り上げ、『モンスターハンターポータブル 3rd』発売までPSPで最も売れたソフトであった[73]
  • 4月10日 - 任天堂『マリオカートWii』。世界で最も売れたレースゲーム作品。
  • 7月11日 - アップルApp Store」開始。
  • 10月23日 - Google「Android Market」(現・Google Play)開始。
  • 10月16日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント、新型PSP「PSP-3000」。携帯機器でも最高クラスの液晶ディスプレイを搭載。
  • 11月1日 - 任天堂「ニンテンドーDSi」。画面を拡大、カメラ・SDカードスロット搭載。
  • 12月10日 - スクウェア・エニックスが『ドラゴンクエストX 目覚めし五つの種族 オンライン』をWiiで発売することを発表。異例の前作(『DQ9』)発売前の新作発表。
2009年
  • 2月12日 - ミッドウェイゲームズが倒産。
  • 3月6日 - 世界全体におけるニンテンドーDSシリーズの累計販売台数が1億台を突破。
  • 3月23日 - Zeebo「Zeebo」を発表。ブラジル資本による新興国向けの安価なゲーム機で、携帯電話の部品をベースに作られており、ゲームソフトは3Gネットワークを利用しオンラインで販売された[74]。しかし2011年には販売が終了した[75]
  • 6月3日 - E3にてPSPの新モデル「PlayStation Portable go」を発表。外見とともにUMDを廃止しソフトウェアはオンライン販売のみであるなど、概要が公表される。
  • E3にて、ソニー・コンピュータエンタテインメントがPS3に「PlayStation Move」、マイクロソフトがXbox 360に「Natal(後のKinect)」という新インターフェイスの導入を発表。Wiiへの対抗を見せる。また、任天堂は「Wiiバイタリティセンサー」を発表(しかし開発に躓き商品化されず)。
  • 7月11日 - スクウェア・エニックス『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』。『ドラゴンクエストシリーズ』で最多の初週売上本数を記録する。また搭載された「すれちがい通信」機能を使った遊びが注目された[76]
  • 8月19日~23日 - コンピュータゲームの見本市であるgamescomの第1回がドイツのケルンで開催される。
  • 9月3日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント、新型PS3「CECH-2000」発売。従来モデルの問題点だったサイズや価格を改善し、販売台数を持ち直す。
  • 10月27日 - Riot Games『League of Legends』運営開始。
  • 11月1日(北米では10月1日発売) - ソニー・コンピュータエンタテインメント「PlayStation Portable go」。
  • 11月21日 - 任天堂「ニンテンドーDSi LL」。それまでの携帯型ゲーム機の流れとは異なる「大型化・大画面化」。
  • 12月10日 - サン電子が2007年に経営破綻した日本テレネットが開発したゲームの版権を取得。
  • 12月11日 - Rovio Entertainment『アングリーバード』がApp Storeで販売開始。翌2010年に世界的大ヒットとなる。
  • 成長を続けてきた北米ゲーム市場が減収となる。

2010年代[編集]

2010年
  • 2月17日 - 主にケイブのアーケードゲームの販社であったエイエムアイが倒産[77]
  • 3月23日 - 任天堂「ニンテンドー3DS」を同年のE3で公開すると発表。
  • 4月1日 - テクモコーエーに吸収合併され、コーエーテクモゲームス設立。
  • 4月3日 - アップルがタブレット型コンピュータ「iPad」を米国で発売。これをきっかけにタブレット型端末の普及が進み、モバイル端末向けゲーム市場が拡大する。
  • 4月27日 - 梅原大吾が日本人としては初のMadCatzからプロ契約を締結しプロゲーマー(プロ格闘ゲーマー)となった。
  • 6月15〜17日(北米時間) - E3にて、任天堂「ニンテンドー3DS」、ソニー・コンピュータエンタテインメント「PlayStation Move」、マイクロソフト「Kinect」の実物がそれぞれ出展・展示される。
  • 9月15日(欧州時間。北米では9月17日、日本では10月21日発売) - ソニー・コンピュータエンタテインメント「PlayStation 3」の新インターフェイス「PlayStation Move」。
  • 9月18日 - 任天堂『ポケットモンスター ブラック・ホワイト』。日本ゲーム史上における最多の初週売上を記録(263万本。ただし、この記録は2本合計の記録であり、1本としての記録は『ファイナルファンタジーVIII』が最多)。
  • 11月4日(日本では11月20日発売) - マイクロソフト、「Xbox 360」の新インターフェイス「Kinect」。
  • 12月1日 - カプコン『モンスターハンターポータブル 3rd』。わずか2ヶ月で前作を超える売り上げ[73]となり、2011年2月末には日本のサードパーティーで最も売れたゲームソフトとなる。
  • 世界市場の50%を占めていた日本市場は10%にまで低下した[78]
2011年
  • 1月27日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント「NGP(後の「PlayStation Vita」)」と「PlayStation Suite」(現・PlayStation Mobile)を発表。
  • 2月13日 - 『Sid Meier's Civilization IV』「Baba Yetu」がゲーム音楽史上初となるグラミー賞第53回グラミー賞)を受賞[79]
  • 2月26日 - 任天堂「ニンテンドー3DS」発売。
  • 3月9日 - マイクロソフト「Kinect」の世界販売台数が1000万台を超えたことと、「世界最速で1000万台を販売した家庭用電化製品端末」としてギネス世界記録に認定されたことを発表。
  • 3月 - パナソニックが2010年に発表した携帯型ゲーム機「The Jungle」の開発を中止した。
  • 4月1日 - ハドソンがコナミの完全子会社となる。
  • 4月 - 17〜19日にかけて、PlayStation Networkで大規模なクラッキングおよびそれによる大量の個人情報流出が起き、21日から同サービスを停止し、再開まで1ヶ月強を要した。被害対象が7000万人を超える史上最悪の個人情報流出事件となる(PlayStation Network個人情報流出事件)。
  • 4月25日 - 任天堂「Wii」の後継機となるゲームハード(後の「Wii U」)を同年のE3で公開すると発表。
  • 6月 - コンピュータゲームの実況プレイを専門でライブストリーミングするウェブサービス「Twitch」が「Justin.tv」(2007年サービス開始)から分離する形で始まる。
  • 6月7〜9日(北米時間) - E3にて、ソニー・コンピュータエンタテインメント「PlayStation Vita」の正式名称・価格などを発表。任天堂「Wii U」の名称および仕様を発表するとともに実物を展示する。
  • 8月11日 - 任天堂「ニンテンドー3DS」の定価を日本で1万円値下げ(後に海外市場でも順次値下げされる)。
  • 10月14日 - アップルが「iPhone 4S」を発売。自然言語処理システム・Siriを搭載している。処理速度の向上により、ゲーム機としても評価された。
  • 11月18日 - MojangMinecraft』。2019年にそれまで売上1位だったテトリスを抜き世界で最も売れたゲームとなった。
  • 12月6日 - TCG業界からの新規参入であるブシロードがソーシャルゲームサービス『ブシモ』の正式運用を開始。最初のタイトルは『BOUND MONSTERS(バウンドモンスターズ)』と『恋愛リプレイ』。
  • 12月17日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント「PlayStation Vita」発売(任天堂以外の同じ他社製のハードメーカーで次世代の携帯型ゲーム機が発売されたのはこれが初めて。ネオジオポケットとワンダースワンは最初はモノクロ表示であったが、後にカラー表示化をしたマイナーチェンジ版が発売をした)。
  • 「Wii」の日本市場における年間の本体販売台数が全盛期(2007年)の3分の1未満にまで減少し、次世代機への世代交代を待たずに競合相手の「PlayStation 3」に年間の本体販売におけるトップシェアを奪われる。[80]
2012年
2013年
  • 1月7日 - CES 2013にてGPUメーカーNVIDIAがAndroid搭載の携帯型ゲーム機「Project SHIELD」を発表。同じくCESにてSteamを運営するValveが同社のリビング向けSteam専用ゲーミングPC規格「Steam Box」(「Steam Machine」)に準ずる小型機「Piston」を発表。
  • 2月21日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが「PlayStation 4」を発表。TwitterFacebookUstreamTwitch等のソーシャル・ネットワーキング・サービス動画共有サイトとの連携の強化を謳った。
  • 3月22日 - テンセントがEpic Gamesを傘下に置く[85]
  • 5月13日 - ガンホー・オンライン・エンターテイメントの時価総額が1兆5455億円に達し、一時的に任天堂を上回った。
  • 5月21日 - マイクロソフトが「Xbox One」を発表。Kinectを標準装備し、スマートテレビ機能の強化を謳った。
  • 6月 - エドワード・スノーデンがアメリカ政府機関によるインターネット上での情報収集工作活動をマスメディアに暴露。これをきっかけとして、マイクロソフト、Yahoo!、Google、Facebook、PalTalk、YouTube、Skype、AOL、AppleなどのIT企業が情報収集工作活動に協力していたことが判明。
  • 6月10日 - E3に際して開催されたプレスカンファレンスにおいて、マイクロソフトが「Xbox One」の価格を発表。続いてソニー・コンピュータエンタテインメントがPlayStation 4の本体デザインと価格を発表するとともに、PlayStation 4用パッケージソフトウェアの中古流通承認・DRMの不適用を発表。
  • 6月19日 - マイクロソフトが「Xbox One」のパッケージソフトウェアに適用すると発表していたDRMを撤回。
  • 6月25日 - 北米・英国小売店にて「Ouya」の販売が開始される。
  • 6月27日 - インデックスが民事再生手続を申請。のち、11月1日付けでセガの100%子会社であるインデックス(セガドリームより社名変更、のちアトラス)に「アトラス」ブランドを含む大半の事業を譲渡。
  • 7月 - 『League of Legends』のゲーマーが米政府からスポーツ選手と認定された[86]
  • 7月31日 - NVIDIAが北米で「SHIELD」の販売を開始。
  • 9月17日 - Rockstar GamesGrand Theft Auto V』。「24時間で最も売れたビデオゲーム」としてギネス世界記録を樹立。
  • 9月24日 - マイクロソフトが中国のIPテレビ会社である百視通新媒体と合弁会社上海百家合情報技術発展を設立し、中国でのゲーム機の生産・販売解禁に向けて準備を始める[53]
  • 10月10日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが日本で「PlayStation Vita」の新型モデル「PCH-2000」を発売。
  • 10月12日 - 任天堂が北米・欧州・豪州で「ニンテンドー3DS」の廉価版モデル「ニンテンドー2DS」を発売。
  • 10月17日 - マイクロソフトが「Xbox 360」の全世界での販売数が2013年9月で8000万台に到達したと発表。[87]
  • 10月22日 - 任天堂が「Wii」の生産終了を発表。[88]
  • 10月26日 - ソフトバンクが、フィンランドを拠点とするモバイル端末向けゲーム事業大手のSupercell社を15.3億ドルで買収すると発表。[89]
  • 10月31日 - ValveSteamのユーザー登録数が6500万人を突破(前年比30%増)したと発表。
  • 11月14日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが日本で「PlayStation Vita TV」を発売。
  • 11月15日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが北米で「PlayStation 4」を発売(欧州主要国、豪州等は11月29日)。
  • 11月15日 - PlayJam「GameStick」。
  • 11月22日 - マイクロソフトが北米・欧州主要国・豪州で「Xbox One」を発売。
  • 12月9日 - アメリカ国家安全保障局(NSA)が少なくとも2006年頃からオンラインゲームの盗聴を行っていたことをThe New York Timesが報道。[90]
  • 12月13日 - ValveがSteamOSのベータ版を公開。
  • 国際年齢評価連合が設立された。
2014年
  • 1月7日 - CES 2014にてソニー・コンピュータエンタテインメントクラウドゲーム提供サービス「PlayStation Now」を発表。
  • 2月22日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントが日本で「PlayStation 4」を発売。
  • 3月14日 - ハムスターが日本物産のゲームの権利を取得。
  • 3月25日 - Facebookが「Oculus Rift」を開発するOculus社を20億ドルで買収[91]
  • 3月25日 - 日本のスマートデバイス用ゲーム市場が家庭用ゲーム市場の2.2倍となった[92]
  • 3月31日 - PlayStationおよびPlayStation Oneの修理サポート終了。
  • 4月2日 - Amazon.comセットトップボックスFire TV」を発表[93]
  • 4月21日 - 上海市政府が上海自由貿易試験区内でゲーム機の生産・販売を正式に解禁。ただし事前審査を経ての許可制[53]
  • 4月28日 - KADOKAWAフロム・ソフトウェアを完全子会社化。
  • 5月14日 - KADOKAWAドワンゴKADOKAWA・DWANGOを設立。
  • 5月26日 - ソニーの子会社である索尼(中国)と上海東方明珠(集団)の子会社である上海東方明珠文化発展が上海自由貿易試験区に合弁会社として上海東方明珠索楽文化発展と索尼電脳娯楽(上海)を設立することが判明[94][95]
  • 9月4日 - マイクロソフトが日本で「Xbox One」を発売。
  • 9月15日 - マイクロソフトがMojangの買収を発表[96]
  • 9月29日 - マイクロソフトが中国で「Xbox One」を発売し、2000年に禁止されて以来14年ぶりに中国で据え置き型ゲーム機が正規販売される[97]
  • 10月11日 - 任天堂、ニンテンドー3DSの上位モデル「Newニンテンドー3DS」を発売。
  • 国内ゲーム市場規模が過去最高の1兆1,925億円に更新[98]
2015年
  • 3月17日 - 任天堂がディー・エヌ・エーとの提携を発表し、スマートフォン向けアプリケーションへの参入と新ハード「NX(後のNintendo Switch)」の開発を表明。
  • 4月1日 - セガが商号をセガゲームスへ、バンダイナムコゲームスが商号をバンダイナムコエンターテインメントへそれぞれ変更。
  • 国内ゲーム市場規模が過去最高の1兆3,591億円に更新[99]
2016年
  • 2月27日 - 任天堂「ニンテンドー2DS」を『ポケットモンスター 赤・緑』20周年のキャンペーン品として日本でも発売。
  • 3月 - Oculus社、「Oculus Rift」を発売。
  • 3月17日 - 任天堂、初めてのスマートフォン用アプリケーションとしてソーシャルゲーム『Miitomo』をリリース。
  • 4月1日 - ソニー・コンピュータエンタテインメントがソニー・インタラクティブエンタテインメントに商号を変更。
  • 4月5日 - HTC、「HTC Vive」を発売。
  • 7月6日 - オーストラリアニュージーランド、アメリカで『Pokémon GO』を先行サービス開始。モバイルゲームとして配信初月のダウンロード数最多記録などで、5つのギネス世界記録に認定された。
  • 9月15日 - 任天堂、日本における「ニンテンドー2DS」の一般販売を開始。
  • 10月13日 - ソニー・インタラクティブエンタテインメントが「PlayStation VR」を発売。
  • 11月10日 - ソニー・インタラクティブエンタテインメントが「PlayStation 4 Pro」を発売。
  • 10月20日 - 任天堂、「Nintendo Switch」を正式に発表。
  • 国内ゲーム市場規模が過去最高の1兆3,801億円に更新[100]
2017年
  • 3月1日 - マイクロソフトが「Xbox Game Pass」を発表。
  • 3月3日 - 任天堂が「Nintendo Switch」を発売。
  • 7月13日 - 任天堂が「Newニンテンドー2DS LL」を発売。
  • 7月25日 - Epic Gamesフォートナイト』有料早期アクセス版。9月25日にバトルロイヤルの早期アクセス版が開始。同時接続プレイヤー数が最も多いビデオゲームとしてギネス世界記録に認定された(1080万人)。
  • 11月7日 - マイクロソフトが「Xbox One X」を発売。
2018年
2019年
  • 3月19日 - 「Google Stadia」を発表。
  • 3月25日 - 「Apple Arcade」を発表。
  • 4月16日 - マーク・サーニーは次世代PlayStationについて言及した[102]
  • 5月17日 - ソニーとマイクロソフトは戦略的提携に向けた意向確認書を締結した[103]
  • 7月10日 - 任天堂が「Nintendo Switch Lite」を発表。
  • 9月20日 - 任天堂が「Nintendo Switch Lite」を発売。

2020年代[編集]

2020年
  • 11月10日 - マイクロソフトが「Xbox Series X」、「Xbox Series S」を発売。
  • 11月12日 - ソニー・インタラクティブエンタテインメントが「PlayStation 5」を発売。
  • アタリが四半世紀ぶりにゲーム機業界に復帰し、「Atari VCS」を発売予定。
  • マテルがゲーム機業界に復帰し、「Intellivision Amico」を発売予定。
  • Panicが「Playdate」を発売予定。

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ Montfort, Nick(2005). Twisty Little Passages: An Approach to Interactive Fiction. MIT Press, p.76. ISBN 0262633183
  2. ^ http://www.pong-story.com/2455992.pdf U.S. Patent #2,455,992
  3. ^ Classic Games at About.com
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 藤田直樹「米国におけるビデオ・ゲーム産業の形成と急激な崩壊 ―現代ビデオ・ゲーム産業の形成過程(1)―」『經濟論叢』第162巻5-6、京都大學經濟學會、1998年11月、 54-71頁、 NAID 120000904860
  5. ^ a b c d e f g h i 藤田直樹「「ファミコン」登場前の日本ビデオ・ゲーム産業--現代ビデオ・ゲーム産業の形成過程(2)」『經濟論叢』第163巻第3号、京都大學經濟學會、1999年3月、 311-328頁、 NAID 120000898882
  6. ^ 1960: DEC PDP-1 Precursor to the Minicomputer” (英語). CED Magic. 2008年12月4日閲覧。
  7. ^ エポック社沿革
  8. ^ ふたりのNutting publisher=Classic 8-bit/16bit Topics” (2004年10月18日). 2014年5月27日閲覧。
  9. ^ 70年代 ビデオゲーム時代の幕間」『社団法人アミューズメントマシン協会 設立20周年記念誌』
  10. ^ a b c d 家庭用テレビゲーム機究極年表”. CLASSIC VIDEOGAME STATION:ODYSSEY 2001 (2013年7月13日). 2014年5月27日閲覧。
  11. ^ a b 武宗しんきろう (2012年12月11日). “第1回:TVゲームグラフティー[1970年代日本編]”. テレビゲームファーストジェネレーション ~日本の据え置き型ゲーム機のはじまり~. FAMITSU.com. 2014年5月27日閲覧。
  12. ^ 上村雅之、細井浩一、中村彰憲『ファミコンとその時代:テレビゲームの誕生』,pp.198-199,エヌティティ出版,2013年
  13. ^ 上村雅之、細井浩一、中村彰憲『ファミコンとその時代:テレビゲームの誕生』,pp.214,エヌティティ出版,2013年
  14. ^ 上村雅之、細井浩一、中村彰憲『ファミコンとその時代:テレビゲームの誕生』,pp.207,エヌティティ出版,2013年
  15. ^ Brett Alan Weiss. “Space Panic”. allgame. 2014年5月23日閲覧。
  16. ^ Intellivision history”. Official Intellivision Classic Videogame Website. Intellivision Productions, Inc. 2014年6月4日閲覧。
  17. ^ a b 高野雅晴 (2008年9月29日). “【任天堂「ファミコン」はこうして生まれた】第6回:業務用ゲーム機の挫折をバネにファミコンの実現に挑む”. 日経トレンディネット. 日経BP. 2014年5月22日閲覧。
  18. ^ NECパソコンの歴史”. NECパーソナルコンピュータ株式会社. 2014年6月4日閲覧。
  19. ^ Matt Barton, Bill Loguidice (2008年2月28日). “A History of Gaming Platforms: Atari 2600 Video Computer System/VCS” (英語). Gamasutra. 2014年5月22日閲覧。
  20. ^ アタリショック論(5) パックマン・フィーバー”. Runner's High! (2014年3月23日). 2014年5月22日閲覧。
  21. ^ 東京地裁昭和54年(ワ)第10867号損害賠償請求事件 民事第29部判決(『判例時報』1060号,19頁)
  22. ^ DP Library - Magazines”. Digital Press. 2014年5月23日閲覧。
  23. ^ 任天堂株式会社に対する件 昭和五八年(勧)第九号
  24. ^ 単機能の家庭用コンピュータゲーム機としては新世代社との共同開発で後年の販売例がある。
  25. ^ ハドソンベストコレクション』より。
  26. ^ 東京地裁昭和 56年 (ワ) 8371号事件 民事第29部判決(『判例時報』1129号,120頁)
  27. ^ Commodore-Amiga Sales Figures”. Gareth Knight. 2014年5月30日閲覧。
  28. ^ 上村雅之、細井浩一、中村彰憲『ファミコンとその時代:テレビゲームの誕生』,pp.209,エヌティティ出版,2013年
  29. ^ No.63 日本のエレクトロニクスを支えた技術「パーソナルコンピュータ」第7回”. エレクトロニクス立国の源流を探る. アイコム株式会社. 2014年7月9日閲覧。
  30. ^ 日本放送協会名古屋放送局「91年Xマステレビゲーム商戦」(『NHK経済マガジン』)によると、加盟にあたっては5坪以上の専用スペースの確保、黄金のマリオ像に象徴される任天堂指定の高額な展示用機材の購入、任天堂の指定通りの展示レイアウトが必要であり、小規模小売店や競合他社フランチャイズの加盟店は排除されていた。玩具量販店トイザらスの日本進出を前にしてソフトの値引き販売や小売による主導権掌握を抑えるための試みであったが、ソフト在庫の偏在による値崩れが発生し成功しなかった。
  31. ^ (株)藤田屋に対する件 平成2年(判)第2号
  32. ^ 作田隆成『特許事件史―知財事件総覧』第2巻,pp.207-208,日本特許新聞社,2006年
  33. ^ Lewis Galoob Toys, Inc. v. Nintendo of America, Inc. - ウィキソース
  34. ^ Hi-Ten Bomberman (1993) - First HD video game - YouTube(動画時間 0:00-0:02)
  35. ^ ATARI SHIPS JAGUAR FOR NEW YORK AND SAN FRANCISCO MARKETS; WORLD'S FIRST 64-BIT INTERACTIVE MULTIMEDIA HOME ENTERTAINMENT SYSTEM AVAILABLE”. PR Newswire (1993年11月23日). 2014年5月30日閲覧。
  36. ^ Atari Jaguar stalks Japan.”. PR Newswire (1994年11月21日). 2014年5月30日閲覧。
  37. ^ Atari Jaguar CD system pounces onto multimedia marketplace.”. Business Wire (1995年9月21日). 2014年5月30日閲覧。
  38. ^ a b c d e f g h i 和田剛明「家庭用テレビゲームソフトの流通―リスクとリターンの構造と市場への影響―」『赤門マネジメント・レビュー』2巻11号,pp. 563-580,発行 特定非営利活動法人グローバルビジネスリサーチセンター(GBRC),2003年
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