コーディ・サターホワイト

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コーディ・サターホワイト
Cody Satterwhite
サターホワイト投手.jpg
阪神タイガース時代
(2016年7月6日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ミシシッピ州ジャクソン
生年月日 (1987-01-27) 1987年1月27日(32歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
235 lb =約106.6 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2008年 MLBドラフト2巡目(全体67位)でデトロイト・タイガースから指名
初出場 NPB / 2016年7月31日
最終出場 NPB / 2016年9月27日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
プレミア12 2015年
獲得メダル
男子 野球
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
パンアメリカン競技大会
2007 野球

コーディ・アレン・サターホワイトCody Allen Satterwhite, 1987年1月27日 - )は、アメリカ合衆国ミシシッピ州ジャクソン出身のプロ野球選手投手)。右投右打。現在はFA。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

2005年MLBドラフト37巡目(全体1114位)でクリーブランド・インディアンスから指名されたが、契約をせずにミシシッピ大学に進学した[1]2007年7月にはブラジルリオデジャネイロで行われた第15回パンアメリカン競技大会における野球競技のアメリカ合衆国代表に選ばれ[2]、銀メダルを獲得した。

プロ入りとタイガース傘下時代[編集]

2008年MLBドラフト2巡目(全体67位)でデトロイト・タイガースから指名され、プロ入りした[1]。契約後、A+級レイクランド・フライングタイガース英語版でプロデビューを果たすが、不振によりルーキー級に降格。降格後は3試合に登板し、0勝0敗1セーブ防御率0.00だったが、WHIP2.14と内容は悪かった。再昇格すると、A+級では計17試合に登板し、0勝0敗2セーブ防御率4.42だった[1]

2009年はAA級エリー・シーウルブズでクローザーとして34試合に登板し、4勝6敗12セーブ防御率は3.47。与四球率4.93、12暴投とかなりの制球難だった[1]

2010年はシーズンを全休した[1]

2011年はルーキー級で8試合に登板し、0勝0敗1セーブ防御率は3.60[1]

2012年は再びシーズンを全休[1]すると、タイガースを解雇になった。

独立リーグ時代[編集]

2013年は独立リーグアメリカン・アソシエーション(中地区)のスーシティ・エクスプローラーズに所属し、19試合に登板。2勝1敗1セーブ、防御率は0.65だった[1]

メッツ傘下時代[編集]

2013年7月9日、ニューヨーク・メッツとマイナー契約をした。

A+級セントルーシー・メッツに配属されると、主にロングリリーフとして16試合に登板、2勝2敗 防御率は2.78だったが、与四球率5.16と変わらず制球難に悩まされた。
オフには、アリゾナ秋季リーグに参加した[1]

2014年は、AA級ビンガムトン・メッツで開幕を迎えると、クローザーとして48試合に登板し、3勝2敗15セーブ防御率は2.33という好成績を残した[1]

2015年、AAA級ラスベガス・フィフティワンズで開幕を迎えたが、不振で中継ぎに降格された。57試合に登板し、2勝0敗2セーブ、防御率は4.38。

メッツ退団後[編集]

2015年オフには、台湾で開催された第1回WBSCプレミア12のアメリカ合衆国代表に選出された。グループリーグで2試合と決勝1試合の計3試合に登板し、桃園で開催された日本戦にも登板している。その際には、福岡ソフトバンクホークス松田宣浩に本塁打を打たれた。

大会後には、ベネズエラン・ウインターリーグに参加した[1]

エンゼルス傘下時代[編集]

2016年は、ロサンゼルス・エンゼルスと契約し、AAA級ソルトレイク・ビーズでプレーした。中継ぎとして18試合に登板、3勝1敗 防御率1.80という好成績を残した[1]

阪神時代[編集]

2016年6月13日にNPB阪神タイガースが、サターホワイトと1年契約で合意したことを発表した[3]。背番号は75で、登録名はサターホワイト

阪神ではこのシーズン当初に、クローザー候補として、右腕投手のマルコス・マテオラファエル・ドリスを相次いで獲得。2人ともシーズン序盤で故障に見舞われるなど、一軍の救援陣が安定しなかったことから、中継ぎ要員としてサターホワイトの獲得に踏み切った[4]

7月31日には、右肘を痛めたドリスに代わって、入団後初の出場選手登録[5][6]。同日の対中日ドラゴンズ戦(阪神甲子園球場)9回表に、3番手投手として一軍デビューを果たした[7]。一軍公式戦全体では、20試合の登板で、1勝1敗6ホールド、防御率2.57をマーク。しかし、マテオの残留が決定し、さらにリリーフ要員としてロマン・メンデスを獲得することが決定していたことから、シーズン終了後の11月15日には、翌2017年の契約を結ばないことが球団から発表された[8]11月24日、自由契約公示された[9]。サターホワイトの解雇後に、ドリスとも再契約。

オリオールズ傘下時代[編集]

2017年1月9日、ボルチモア・オリオールズとマイナー契約を結んだ[10]が、スプリングトレーニング後の4月1日に自由契約になった[10]

ナショナルズ傘下時代[編集]

4月20日にワシントン・ナショナルズとマイナー契約を結んだ[10]

2018年5月31日に自由契約となる。

レッドデビルズ時代[編集]

2018年7月2日にメキシカンリーグメキシコシティ・レッドデビルズと契約を結んだ。2018年7月23日に自由契約となった。

投球スタイル[編集]

身長193cmから角度ある最速154km/hの速球が武器の右腕。変化球はスライダースプリットを持っている。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2016 阪神 20 0 0 0 0 1 1 0 6 .500 88 21.0 19 0 8 0 0 18 0 0 8 6 2.57 1.29
NPB:1年 20 0 0 0 0 1 1 0 6 .500 88 21.0 19 0 8 0 0 18 0 0 8 6 2.57 1.29
  • 2018年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]



投手(P)












2016 阪神 20 1 2 0 0 1.000
通算 20 1 2 0 0 1.000
  • 2018年度シーズン終了時

記録[編集]

NPB

背番号[編集]

  • 75 (2016年)

代表歴[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l Cody Satterwhite Register Statistics & History” (英語). Basebal Reference.com. 2016年6月19日閲覧。
  2. ^ 2007 Pan American Team Roster USABaseball.com: The Official Site of USA Baseball (英語) (2010年9月21日) 2017年7月2日閲覧
  3. ^ 外国人選手との契約合意について(2016年06月13日) 阪神タイガース公式サイト 2016年6月15日閲覧。
  4. ^ 阪神がサターホワイトを獲得 1年契約で年俸3200万円 193センチ右腕で中継ぎ強化(2016年06月13日) 産経WEST 2016年11月15日閲覧。
  5. ^ “阪神ドリス 右肘痛で抹消へ サターホワイトが緊急昇格”. スポーツニッポン. (2016年7月31日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/07/31/kiji/K20160731013069330.html 2016年7月31日閲覧。 
  6. ^ 出場選手登録および登録抹消” (2016年7月31日). 2016年7月31日閲覧。
  7. ^ a b “阪神連勝 代打狩野が逆転二塁打、岩崎2勝 サターホワイト締めた”. スポーツニッポン. (2016年7月31日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/07/31/kiji/K20160731013072200.html 2016年7月31日閲覧。 
  8. ^ “外国人選手との来季の契約について”. 阪神タイガース. (2016年11月15日). http://hanshintigers.jp/news/topics/info_4647.html 2016年11月15日閲覧。 
  9. ^ 自由契約選手|2016年度公示”. 日本野球機構 (2016年11月24日). 2016年11月24日閲覧。
  10. ^ a b c MLB公式プロフィール参照。2017年1月10日閲覧。

関連項目[編集]