コール オブ デューティシリーズにおける年表

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コール オブ デューティシリーズにおける年表は、アクティビジョンファーストパーソンシューティングコール オブ デューティシリーズ』における実在・架空の出来事を年表形式に掲載する。この世界の出来事は現実の時間軸に沿って展開する設定になっており、以下の年代表記は西暦である。

太字は、実際に起きた出来事。

凡例[編集]

原則として、コール オブ デューティシリーズのうち、第二次世界大戦をベースにしたオリジナルシリーズ、モダンウォーフェアシリーズおよび、ブラックオプスシリーズの作中の設定に基づく出来事について列挙する。

年表[編集]

オリジナルシリーズ[編集]

1930年代[編集]

第二次世界大戦勃発。

1940年代[編集]

7月19日1800時 アメリカ軍フランス サンローに進軍(コール オブ デューティ3)。
7月22日0400時 イギリス軍、フランス トゥーシー近辺に進軍(コール オブ デューティ3)。
7月26日1100時 フランス サン・ジェルマン・シュール・セーヴに進軍(コール オブ デューティ3)。
8月1日2350時 フランス ファレーズ道でカナダ軍によるトータライズ作戦(Falaise road)開始(コール オブ デューティ3)。
8月5日2030時 アメリカ軍、マイエンヌ橋でドイツ軍と戦闘(コール オブ デューティ3)。
8月8日1230時 ポーランド軍によるフランス サンテニャン・クラメニル侵略作戦開始(コール オブ デューティ3)。
8月9日0700時 アメリカ軍、オータンに進軍(コール オブ デューティ3)。
8月11日1600時 アメリカ軍、エクーヴ森に進軍(コール オブ デューティ3)。
8月14日1800時 カナダ軍、レゾン川に進軍(コール オブ デューティ3)。
8月20日1300時 連合軍、シャンボワ包囲作戦開始。この一戦により、巴里は連合軍に解放される(コール オブ デューティ3)。
4月23日-30日 ソ連軍ドイツベルリンへ侵攻するコール オブ デューティ)。

モダンウォーフェアシリーズ[編集]

1960年代[編集]

マクミラン生まれる[1]

1970年代[編集]

9月4日 ウラジミール・R・マカロフ生まれる。

1990年代[編集]

ジョセフ・アレン生まれる。
プライス大尉、当時の上官であったマクミラン大尉と共にウクライナプリピャチ市へ潜伏、イムラン・ザカエフを殺害しようとしたが失敗(コール オブ デューティ4 モダン・ウォーフェア)。

2010年代[編集]

ソープ軍曹SASの選抜試験を合格する(コール オブ デューティ4 モダン・ウォーフェア)。
中東某国ナンバー2の実力者カレド・アル=アサド軍事クーデターを起こし、親米派大統領ヤシル・アル=フラニを拘束・処刑する(コール オブ デューティ4 モダン・ウォーフェア)[2]
ソープ、イムラン・ザカエフを殺害する(コール オブ デューティ4 モダン・ウォーフェア)。
ロシアではザカエフを信奉する大統領誕生、その後第三次世界大戦勃発(コール オブ デューティ モダン・ウォーフェア2)。
8月17日 ロシア連邦軍の攻撃でニューヨークが陥落寸前となるも、デルタフォースジャミング兵器を破壊したことにより陥落を阻止する。その後ロシアはフロリダ半島南岸まで達していた戦線を後退する。同日、ソープとプライス、ニコライがマカロフの部下による襲撃に会うも脱出する(コール オブ デューティ モダン・ウォーフェア3)。
10月3日 ロシア大統領がアメリカとの和平会談のために、護衛と共に専用機ハンブルクへ向かうが、専用機がマカロフの部下達によりハイジャックされる(コール オブ デューティ モダン・ウォーフェア3)。
10月6日 イギリスロンドンを含む全ヨーロッパでマカロフの手下達による化学兵器テロ事件が発生、デイビス一家がテロ事件に巻き込まれる(コール オブ デューティ モダン・ウォーフェア3)。
10月14日 デルタフォースとタスクフォースがボリス・ワルシャフスキーとアショーナ救出作戦を開始する(コール オブ デューティ モダン・ウォーフェア3)。
1月21日2214時 プライスとユーリがアラビア半島のホテルオアシスに逃れたマカロフを襲撃し、殺害する(コール オブ デューティ モダン・ウォーフェア3)。

ブラックオプスシリーズ[編集]

1910年代[編集]

ヴィクトル・レズノフ(Viktor Reznov)生まれる[3][4]

1930年代[編集]

アレックス・メイソン生まれる。
第二次世界大戦勃発。

1940年代[編集]

太平洋戦争勃発。
8月17日 アメリカ軍(第2海兵襲撃大隊)による南太平洋・マキン環礁上陸作戦(通称マキンの戦い)開始(コール オブ デューティ ワールド・アット・ウォー[4]
9月17日 ナチス・ドイツによる侵攻作戦開始、スターリングラードが戦火に包まれる(コール オブ デューティ ワールド・アット・ウォー)[4]
9月15日-16日 アメリカ軍によるペリリュー島占拠作戦開始。この作戦をきっかけにサリバン軍曹日本軍の奇襲により戦死(コール オブ デューティ ワールド・アット・ウォー)[4]
4月3日 アメリカ軍による沖縄侵攻作戦開始(コール オブ デューティ ワールド・アット・ウォー)[4]
4月16日-18日 ソ連軍ゼーロウ高地に到達。ディミトリ・ペトレンコが途中の戦いでナチス・ドイツに捕まるが、レズノフらによって解放される(コール オブ デューティ ワールド・アット・ウォー)[4]
4月23日-30日 ソ連軍によるドイツベルリン侵攻作戦開始。ドイツ軍は激しく抵抗する(コール オブ デューティ ワールド・アット・ウォー)[4]
5月29日、アメリカ軍が首里城を襲撃。戦いが終わる(コール オブ デューティ ワールド・アット・ウォー)[4]
1945年10月29日1200時 ドラゴヴィッチ将軍による北極圏のドイツ軍に捕らわれたフリードリヒ・シュタイナー博士救出作戦開始。この作戦をきっかけにディミトリ・ペトレンコが毒ガス「ノヴァ6」の実験台にされて殺害される(コール オブ デューティ ブラックオプス[4]

1960年代[編集]

4月17日0500時 アレックス・メイソンCIA特殊作戦チーム「OP40」によるフィデル・カストロ暗殺作戦開始。海辺の別荘に急襲、カストロ暗殺に成功したかに見えたが、実は影武者で、そのあとメイソンはヴォルクタ強制収容所へ連れて行かれることになる。ちなみにこの時期はピッグス湾事件の最中に当たる(コール オブ デューティ ブラックオプス[4]
10月6日0600時 ヴォルクタ強制収容所でレズノフとメイソンらによる脱出を兼ねた反乱作戦が起きる(コール オブ デューティ ブラックオプス)。
11月10日 メイソン、ペンタゴンジョン・F・ケネディに呼び出され、ドラゴヴィッチ暗殺と宇宙船打ち上げ阻止を含めた秘密作戦「オペレーション・フラッシュポイント」に参加する(コール オブ デューティ ブラックオプス)。
11月17日0700時 ソビエト連邦バイコヌールアメリカ軍による「オペレーション・フラッシュポイント」作戦開始。ウィーバーが捕まるというアクシデントがあり、作戦を強行、宇宙船の打ち上げ阻止には成功したものの、もう一つの目的であるドラゴヴィッチ暗殺には失敗する(コール オブ デューティ ブラックオプス)[4]
11月22日 ケネディ大統領暗殺事件
  • 1968年
1月21日0900時 ドラゴヴィッチの腹心であるクラフチェンコラオスで活動している事を察知、ベトナムのケサンへ向かう。そこで五年ぶりにウッズと再会する(コール オブ デューティ ブラックオプス)[4]
2月2日1900時 MACV SOGのチームが北ベトナム軍の攻撃激しいフエ市に降下。そこで、レズノフと再会する(コール オブ デューティ ブラックオプス)[4]
2月9日1200時 メイソン、クラフチェンコがラオス領内でノヴァ6に関わる活動を行っている事が突き止める(コール オブ デューティ ブラックオプス)。
2月9日1700時 ハドソン、ウィーバーとともに香港九龍城にてプロジェクト・ノヴァの関係者であったダニエル・クラーク博士を確保。しかし、尋問中にスペツナズ部隊がクラーク博士を襲撃。脱出中にクラーク博士がスペツナズに殺害される(コール オブ デューティ ブラックオプス)。
2月11日1300時 メイソン、墜落したノヴァ6を搭載したソ連の偽装輸送機を見つけるため、墜落した輸送機があるラオスへ向かう(コール オブ デューティ ブラックオプス)。
2月18日1700時 ハドソンらCIAチーム、クラークの証言を元にウラル山脈ヤマンタウ山にある軍事施設に潜入。モーズリー大尉らが操縦するSR-71偵察支援もあり、潜入は成功。しかし、ハドソンらが突入した時にはすでにシュタイナーの姿は無く、基地では撤収準備が進んでいた。その後ラオスのメイソンらは、クラフチェンコによって捕らえられることとなる(コール オブ デューティ ブラックオプス)[4]
2月19日1100時 ボウマンたちが敵の兵士によって殺害される中、ウッズとメイソンは一瞬の油断を突き脱出に成功、その後クラフチェンコの拠点を襲撃、そこでレズノフと再び再会する(コール オブ デューティ ブラックオプス)。
2月23日2230時 メイソン、シュタイナーを殺害すべくレズノフとともにアラル海のリバース島[5]に向かう。同時にハドソンもシュタイナーを捕らえるために反対側から向かう。その後、シュタイナーを殺害したメイソンは、ハドソンによって拘束される(コール オブ デューティ ブラックオプス)[4]
2月26日0600時 メイソン、ハドソンらとともにメキシコ湾にある送信施設の破壊に向かう(コール オブ デューティ ブラックオプス)[4]

1970年代[編集]

6月19日、ジョセフィーナ・メネンデスが兄ラウル・メネンデスを助けるため、火事になった家から脱出するもやけどを負う(コール オブ デューティ ブラックオプス2)。
アレックス・メイソンの息子、デイビッド・メイソン生まれる[4]

1980年代[編集]

ホセ・ルイス・メネンデスCIAによって殺害される(コール オブ デューティ ブラックオプス2[4]
7月2日、アンゴラ内戦中、アンゴラ全面独立民族同盟(UNITA)のジョナス・サヴィンビとメイソンがウッズ捜索に協力する(コール オブ デューティ ブラックオプス2)。
マヌエル・ノリエガとCIAが手を結びメネンデス逮捕作戦を行う。この作戦をきっかけにジョセフィーナ・メネンデスがウッズによって誤って殺害される(コール オブ デューティ ブラックオプス2)。
12月19日-20日、ウッズたちがパナマの指導者マヌエル・ノリエガ逮捕作戦のためにSEALsと協力してパナマ侵攻を開始する。途中メイソンをウッズが誤って殺害、もしくは重傷を負わす(コール オブ デューティ ブラックオプス2)[4]

2020年代[編集]

6月19日[6] ウッズデイビッド・メイソンらに過去の話をする。同日、セクションたちがハイチにあるドローンの送信施設を襲撃、ラウル・メネンデスを殺害[4]コール オブ デューティ ブラックオプス2)。

2060年代[編集]

自然災害、気象の大変動、資源の枯渇などが続いた影響でウィンズロウ・アコード”と“コモン・ディフェンス・パクト”が台頭する。[4]コール オブ デューティ ブラックオプス3

脚注[編集]

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参考文献[編集]

  • コールオブデューティー・モダンウォーフェアー3海外限定版『Hardend Edition』