コーンウォール (重巡洋艦)

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HMS Cornwall (56).jpg
艦歴
発注
起工 1924年10月9日
進水 1926年3月11日
就役 1928年5月8日
退役
その後 1942年4月5日に戦没
除籍
性能諸元
排水量 基準:9,750トン
満載:13,450トン
全長 630 ft (192 m)
全幅 68.25 ft (20.8 m)
吃水 16.25 ft (4.9 m)
機関 アドミラリティ三胴式重油専焼水管缶 8基
パーソンズ式オール・ギヤードタービン 4基
80,000shp、4軸推進
最大速力 31.5 ノット (58.3 km/h)
航続距離 13,300 海里/12ノット
乗員 700名
兵装 (竣工時)
Mark VIII 20.3cm 連装砲 4基
Mark V 10.2cm 単装高角砲 4基
2ポンド 4連装ポムポム砲 2基
12.7mm 4連装機銃 2基
53.3cm 4連装魚雷発射管 2基
(1942年)
Mark VIII 20.3cm 連装砲 4基
Mark V 10.2cm 連装高角砲 4基
2ポンド 8連装ポムポム砲 2基
12.7mm 4連装機銃 2基
搭載機 水上機 3機、カタパルト 1基
(1942年撤去)

コーンウォール (HMS Cornwall, 56) は、イギリス海軍カウンティ級重巡洋艦

艦歴[編集]

1924年10月9日にデヴォンポートで起工し、1926年3月11日に進水。1928年5月8日に就役した。

1939年10月ドイツの装甲艦アドミラル・グラーフ・シュペーの捜索にあたり、1940年7月、イギリスに戻る。8月、再びイギリスを離れ西アフリカでダカール沖海戦に参加、また自由フランス軍カメルーンドゥアラ占領を支援した。同年12月からは南アフリカサイモンズタウンを拠点に南大西洋とインド洋で多数の船団を護衛した。コーンウォールもまた仮装巡洋艦の捜索も行い、1941年5月8日セーシェルの北で仮装巡洋艦「ピングィン(Pinguin)」を撃沈した。

1942年3月、イギリス東洋艦隊に加わり、4月5日セイロンの南東約320kmのインド洋で日本海軍江草隆繁少佐率いる九九式艦爆隊の急降下爆撃を受け、重巡洋艦ドーセットシャーとともに僅か10数分で撃沈された。(セイロン沖海戦

攻撃を受けるコーンウォール
日本軍機から15発の爆弾を撃ち込まれて傾いた英重巡「コーンウォール」の断末魔。[1]

脚注[編集]

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  1. ^ #太平洋戦争大全 海空戦編p.82『インド洋作戦=セイロン島沖海戦 一九四ニ年四月五日〜九日』 ビジネス社

関連項目[編集]