ゴンサロ・バレート

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はバレート第二姓(母方の)はマストロピエロです。
ゴンサロ・バレート Football pictogram.svg
名前
本名 ゴンサロ・バレート・マストロピエロ
Gonzalo Barreto Mastropierro
ラテン文字 Gonzalo BARRETO
基本情報
国籍 ウルグアイの旗 ウルグアイ
イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1992-01-22) 1992年1月22日(27歳)
出身地 トレインタ・イ・トレス
身長 175cm
体重 74kg
選手情報
在籍チーム ウルグアイの旗 モンテビデオ・ワンダラーズFC
ポジション FW (CF)
背番号 17
利き足 右足
ユース
2009 ウルグアイの旗 ダヌービオ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2009-2010 ウルグアイの旗 ダヌービオ 1 (0)
2010-2014 イタリアの旗 ラツィオ 0 (0)
2015-2017 ウルグアイの旗 ダヌービオ 45 (10)
2017 チリの旗 コンセプシオン英語版(loan) 20 (1)
2018 パラグアイの旗 ルケーニョ 30 (4)
2019- ウルグアイの旗 モンテビデオ・ワンダラーズ 11 (3)
代表歴2
2007 ウルグアイの旗 ウルグアイ U-15 6 (2)
2009 ウルグアイの旗 ウルグアイ U-17 9 (4)
1. 国内リーグ戦に限る。2019年8月17日現在。
2. 2010年6月16日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

ゴンサロ・バレート・マストロピエロGonzalo Barreto Mastropierro, 1992年1月22日 - )は、ウルグアイトレインタ・イ・トレス出身のサッカー選手モンテビデオ・ワンダラーズFC所属。ポジションはFW(センターフォワード)。

経歴[編集]

2009年よりダヌービオFCに所属し、タクアレンボーFC英語版戦でデビューした。

2009年9月2日、イタリアSSラツィオと5年契約を結んだ。しかし18歳になる2010年までトップチームでのプレーはできなかった[1]。ラツィオに加入して間もない2010年1月20日、母親が殺害されたとの報せを受けウルグアイへ帰国した[2]。2013年3月には次男が誕生したが、消化器疾患により一時は命の危機に瀕した[3]

2013-14シーズン限りでイタリアを去ると、2015年1月にダヌービオへ復帰[4]。2017年はチリのCDウニベルシダ・デ・コンセプシオンへシーズンローンとなった[3]

ダヌービオとの契約解除後の2018年1月26日、パラグアイスポルティボ・ルケーニョへ加入[5]。翌年1月9日にはモンテビデオ・ワンダラーズFCと契約し母国へ復帰した[6]

代表歴[編集]

U-17ウルグアイ代表として2009 南米U-17選手権に出場し4ゴールを決めた。また2009 FIFA U-17ワールドカップにも出場した。

タイトル[編集]

ラツィオ

脚注[編集]

  1. ^ Danubio Striker Gonzalo Barreto Arrives At Lazio”. Goal.com (2009年12月28日). 2019年8月17日閲覧。
  2. ^ Dramma per il laziale Barreto La mamma è stata assassinata”. La Gazzetta dello Sport (2010年1月21日). 2019年8月17日閲覧。
  3. ^ a b La trágica historia del último refuerzo de la U. de Concepción”. AS Chile (2017年2月1日). 2019年8月17日閲覧。
  4. ^ "Pensé dedicarme a otra cosa"”. Ovación (2015年3月24日). 2019年8月17日閲覧。
  5. ^ "Hubo interés de Nacional, pero me gustó más la propuesta de Luqueño", dijo Gonzalo Barreto”. Fútbol.uy (2018年1月27日). 2019年8月17日閲覧。
  6. ^ Uruguayo: Gonzalo Barreto es la apuesta al gol de Wanderers para el 2019”. Fútbol.uy (2019年1月9日). 2019年8月17日閲覧。