サイモン&ガーファンクル

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サイモン&ガーファンクル
Simon & Garfunkel 919-3036.jpg
1966年。ポール・サイモン(右)、アート・ガーファンクル(左)。
基本情報
別名 トム&ジェリー
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市
ジャンル
活動期間
レーベル コロムビア・レコード
公式サイト The Official Simon & Garfunkel Site
旧メンバー

サイモン&ガーファンクル英語: Simon & Garfunkel)は、主に1960年代に活躍した、ユダヤ系アメリカ人ポール・サイモンアート・ガーファンクルによるフォーク・デュオ。1975年に一時的に再結成してヒットを出したこともある。

1964年にデビューし、1970年に活動を停止するまで、フォークフォーク・ロックを代表するデュオとして数々のヒット曲を世に送りだした。そのハーモニーとサウンドは、シールズ&クロフツやイングランド・ダン&ジョン・フォード・コーリーら後続のデュオに多大な影響を与えた。以後も折に触れて2人で活動している。1990年ロックの殿堂入りを果たした。

「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第40位。

略歴[編集]

ニューヨークの小学校時代からの親友だった、ポールとアートは、1957年に「トム&ジェリー」を結成(ポールはジェリー・ランディス(Jerry Landis)、アートはトム・グラフ(Tom Graph)という芸名を使用)し、デビュー曲「ヘイ・スクールガール」を小ヒットさせた[2]。その後、二人は大学での学業に専念した。サイモンはこの時期に、キャロル・キングとジェリー・ゴフィンらと仕事をしたりしている[3]。二人は1963年に再びコンビを組み、1964年にグループ名をサイモン&ガーファンクルと改めて、アルバム『水曜の朝、午前3時』でデビューした。

しかし、発売初年度の売上が3,000枚と惨憺たるものだったため、ポールはヨーロッパ放浪の旅へ出て、アートもデビュー前に通っていた大学院へと戻ってしまった。ポール・サイモンはイギリスではマーティン・カーシー、バート・ヤンシュ、アル・スチュアート、サンデイ・デニーらと交流を持った。やがてプロデューサーのトム・ウィルソンが、アルバム収録曲「サウンド・オブ・サイレンス(The Sound of Silence)」にエレキギターやドラムなどを加えてシングル発売したところ、これが66年に全米1位の大ヒットとなった[4]。サイモン&ガーファンクルは、一躍人気フォークロック・デュオとなる。さらに66年には続けて「アイ・アム・ア・ロック」[5]「早くうちへ帰りたい」がヒットした[6]

なお、「キャシーの歌(Kathy's Song)」は、ポールがイギリスに長期滞在していた際に交際していたガールフレンドに贈った曲である。キャシーは、ポールが歌っていたパブで券もぎ係をしていた女性であった。また、「アメリカ」の歌詞で触れているKathyと同一人物で、2人でアメリカ旅行に出掛けた際に書いたとされている。ポールのアルバム『ポールサイモン・ソングブック(Paul Simon Song Book)』に、若かりし頃のポールとキャシーが写っている。

その後も、ポールの哲学的内容の詞・曲とアートの歌声、そして2人のハーモニーが受けて「スカボロー・フェア/詠唱 (Scarborough Fair/Canticle)[7]」「ミセス・ロビンソン (Mrs. Robinson)」などが大ヒット。1967年12月公開の映画『卒業』の音楽を担当し、映画の成功と共に劇中歌「サウンド・オブ・サイレンス」が大ヒットし、日本をはじめ世界的にも大きな成功を収めた。当時は「サイモンとガーファンクル」と表記されていた。

『明日に架ける橋』発表後[編集]

1981年ダブリンでのコンサートにて。ポール・サイモン(右)、アート・ガーファンクル(左)。

1970年発表のアルバム『明日に架ける橋 (Bridge Over Troubled Water)』の制作中に、ポールとアートの音楽に対する意見の違いが表面化した。『明日に架ける橋』は、全世界で売上が1,000万枚を超える大ヒットとなり、グラミー賞の最優秀レコード賞・最優秀アルバム賞を受賞したものの、このアルバムを最後に2人はそれぞれのソロ活動に入った。72年から73年にかけては、日本独自で「冬の散歩道」「エミリーエミリー」がシングル・カットされ、小ヒットしている。

1972年6月14日、ベトナム反戦候補で民主党リベラル派の大統領候補ジョージ・マクガヴァン[8]支援コンサートに揃って登場し「スカボロー・フェア」、「ボクサー」、「明日に架ける橋」などを歌った。ブラス・ロックのシカゴもマクガヴァン候補を熱烈に支援した。

1975年には「マイ・リトル・タウン」をS&Gで録音し、それぞれのソロ・アルバム(ポール『時の流れに』、アート『愛への旅立ち』)に収録しているほか、1978年にアートが発表した『ウォーターマーク』に収録されている「ワンダフル・ワールド」では、ジェームス・テイラーと共にギターとボーカルでポールも参加しており、3人がハーモニーを披露している。

1981年9月19日には、ニューヨークのセントラル・パークで再結成チャリティコンサートを開いて53万人もの観衆を動員し、世界ツアーを行った(1982年にはS&Gとして初来日し、後楽園球場大阪スタヂアムでコンサートを行っている)。この時、ポールの作品にアートが参加する形でアルバム制作が行われたが、作品に対する意見の食い違いから、結局ポールのソロ・アルバム(『ハーツ・アンド・ボーンズ』)としてリリースされた。このアルバムに収録された曲のいくつかは、アートも録音に参加し、発売直前までに完成していた。その後、2人の間は疎遠になっていった。2003年には、ポールがソロとしてロックの殿堂入りした際に、「ガーファンクルとは仲直りしたい」とスピーチで述べているほど、2人の関係は冷え切っていた。

近年は1993年2003年とたびたび再結成を行い、全米ツアーなどを行っている。1993年12月1日には「Event of a lifetime Tour」の東京公演・福岡公演としてそれぞれ東京ドーム福岡ドームで再来日公演を行なった。2009年7月には16年ぶりの来日公演を行い、何回かの公演の合計で約15万人を動員する成功を収めた。2014年にはアートがインタビューで、近い将来デュオが再結成され、ツアーが実施されると信じると語った。アートはファンがツアーを望んでおり、自分の心はファンとともにあると述べている。

彼らの作品は多くのミュージシャンにカバーされ、歌い継がれている。「明日に架ける橋」はアレサ・フランクリンのカバー・バージョンがよく知られ、「冬の散歩道」はバングルスのバージョンが全米2位を記録した。

ディスコグラフィ[編集]

シングル(日本編集盤)[編集]

シングル(米国)[編集]

  • "The Sounds of Silence / We've Got a Groovy Thing Goin'" (1965, US HOT100 # 1)
  • "Homeward Bound / Leaves That are Green" (1966, US HOT100 # 5)
  • "I Am a Rock / Flowers Never Bend with the Rainfall" (1966, US HOT100 # 3)
  • "The Dangling Conversation / The Big Bright Green Pleasure Machine" (1966, US HOT100 #25)
  • "A Hazy Shade of Winter / For Emily, Whenever I May Find Her" (1966, US HOT100 #13)
  • "At the Zoo / The 59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy)" (1967, US HOT100 #16)
  • "Fakin' It / You Don't Know Where Your Interest Lies" (1967, US HOT100 #23)
  • "Scarborough Fair/Canticle / April Come She Will" (1967, US HOT100 #11)
  • "Mrs. Robinson / Old Friends-Bookends" (1968, US HOT100 # 1)
  • "The Boxer / Baby Driver" (1969, US HOT100 # 7)
  • "Bridge over Troubled Water / Keep the Customer Satisfied" (1970, US HOT100 # 1)
  • "Cecilia / The Only Living Boy in New York" (1970, US HOT100 # 4)
  • "El Condor Pasa (If I Could) / Why Don't You Write Me" (1970, US HOT100 #18)
  • "For Emily, Whenever I May Find Her (live) / America" (1972, US HOT100 #53 / #97)
  • "My Little Town / Rag Doll (Art Garfunkel) / You're Kind (Paul Simon)" (1975, US HOT100 # 9)
  • "Wake Up Little Susie (Live) / Me and Julio Down by the Schoolyard" (1982, US HOT100 #27)

アルバム[編集]

  • 水曜の朝、午前3時』 - "Wednesday Morning, 3 A.M." (1964年)
  • サウンド・オブ・サイレンス』 - "Sounds of Silence" (1966年)
  • パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム』 - "Parsley, Sage, Rosemary and Thyme" (1966年)
  • 卒業-オリジナル・サウンドトラック』 - "The Graduate" (1968年)
  • ブックエンド』 - "Bookends" (1968年)
  • 明日に架ける橋』 - "Bridge Over Troubled Water" (1970年)
  • 『サイモン&ガーファンクル』 - "Simon & Garfunkel" (1970年) ※日本編集盤
  • 『サイモン&ガーファンクルのすべて』 - "The Best of Simon&Garfunkel" (1971年) ※日本編集盤
  • 『グレイテスト・ヒット』 - "Simon and Garfunkel's Greatest Hits" (1972年)
  • 『S&Gゴールド・ディスク』 - "Simon and Garfunkel's Greatest Hits II" (1972年) ※日本編集盤
  • 『ギフト・パック』 (1972年) ※日本編集盤
  • 『パック20』 (1973年) ※日本編集盤
  • 『ニュー・ギフトパック'75』 (1974年) ※日本編集盤
  • 『グランプリ20』 (1976年) ※日本編集盤
  • 『若き緑の日々』 - "The Simon And Garfunkel Collection-17 Of Their All Time Greatest Recordings" (1981年)
  • 『セントラル・パーク・コンサート』 - "The Concert in Central Park" (1982年) ※ライブ・アルバム
  • 『サイモンとガーファンクル全集』 - "Simon and Garfunkel's Collected Works" (1990年) ※「水曜の朝、午前3時」から「明日に架ける橋」までのアルバム6枚をCD3枚に収めたもの
  • 『The Definitive Simon & Garfunkel』 - "The Definitive Simon & Garfunkel" (1994年) ※日本編集盤
  • 『Simon & Garfunkel - Premium Best』 (1998年)
  • 『サイモン&ガーファンクルのすべて』 - "The Best of Simon and Garfunkel" (1999年)
  • ライヴ・フロム・ニューヨーク・シティ 1967』 - "Live from New York City 1967" (2003年) ※ライブ・アルバム
  • 『オールド・フレンズ−ライヴ・オン・ステージ』 - "Old Friends: Live on Stage" (2004年) ※ライブ・アルバム
  • ライヴ1969』 - "Live 1969" (2008年) ※ライブ・アルバム

アルバム(米国)[編集]

  • "Wednesday Morning, 3 A.M." (1964, US 200 #30)
  • "Sounds of Silence" (1966, US 200 #21)
  • "Parsley, Sage, Rosemary and Thyme" (1966, US 200 # 4)
  • "The Graduate Original Soundtrack" (1968, US 200 # 1)
  • "Bookends" (1968, US 200 # 1)
  • "Bridge over Troubled Water" (1970, US 200 # 1)
  • "Simon and Garfunkel's Greatest Hits" (1972, US 200 # 5)
  • "The Concert in Central Park" (1982, US 200 # 6)
  • "Collected Works" (1990, US 200 # --)
  • "Old Friends" (1997, US 200 # --)
  • "The Best of Simon and Garfunkel" (1999, US 200 # --)
  • "Live from New York City, 1967" (2002, US 200 # --)
  • "The Essential Simon and Garfunkel" (2003, US 200 # 27)
  • "Old Friends: Live on Stage" (2004, US 200 # 154)
  • "Live 1969" (2008, US 200 #33)

日本公演[編集]

5月7日・8日 大阪スタヂアム、10日・11日・12日 後楽園球場
当時南海ホークスの本拠地だった大阪スタヂアム公演では、ポール・サイモンが阪神タイガースの帽子を着用した。
12月1日 福岡ドーム、2日 東京ドーム
7月8日 ナゴヤドーム、10日・11日 東京ドーム、13日 京セラドーム大阪、15日 日本武道館、18日 札幌ドーム

脚注[編集]

  1. ^ a b c Unterberger, Richie. “Simon & Garfunkel | Biography & History”. AllMusic. All Media Group. 2020年12月8日閲覧。
  2. ^ 10万枚のヒットとなり、ビルボード49位まで上昇した
  3. ^ James Bennighof (2019). The Words and Music of Paul Simon. Greenwood Publishing Group. p. 1. https://books.google.com/books?id=ShBhKL-9SLIC&pg=PA1 
  4. ^ http://www.billboard.com/music/simon-garfunkel
  5. ^ ビルボード最高位3位。66年年間チャートで44位のヒットになった
  6. ^ http://www.billboard.com/music/simon-garfunkel
  7. ^ 英国のフォーク歌手、マーティン・カーシーの曲を勝手に盗用した曲で、後に問題になった
  8. ^ 選挙は共和党のニクソンに大敗した

参考文献[編集]

  • ロバート・ヒルバーン『ポール・サイモン 音楽と人生を語る』奥田祐士訳、DU BOOKS、2020年3月25日。ISBN 978-4866471174。

関連項目[編集]