サンハウス

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サンハウス
出身地 日本の旗 日本 福岡県福岡市博多区
ジャンル ブルースロック
活動期間 1970年 - 1978年
レーベル テイチクレコード
公式サイト HELLO!! SONHOUSE
メンバー 菊(柴山俊之) (ボーカル
鮎川誠ギター
奈良敏博 (ベース)
旧メンバー 篠山哲雄 (ギター)
浦田賢一 (ドラムス)
後藤龍一 (ベース)
浜田卓 (ベース)
鬼平(坂田紳一) (ドラムス))
川島一秀 (ドラムス
浅田孟ベース))
坂東嘉秀 (ギター)

サンハウス (SONHOUSE) は1970年に結成された日本ブルースロックバンドである。

概要・来歴[編集]

バンド名の由来はアメリカ合衆国ブルース歌手サン・ハウス英語版の名前から取る。

アタックというバンドで演奏していた篠山が久留米のダンスホールに出演していた時、鮎川と知合う。アタックに鮎川も参加し、しばらくホールに出演演奏をするが、アタックはメンバーの音楽に対する意見の食違いにより解散。その後鮎川が中洲の美松というソシアルダンスホールでアルバイトを始める。その時のバンマス福間より制服のスーツを作れといわれ鮎川はそれがいやで篠山に交代を頼む事に、その事で篠山がそのバンドで演奏する事になった。しかし福間は篠山の演奏が気に入らず、その時博多駅前に新しく出来るダンスホール「ハニー・ビー」に新しくバンドを組んで出演するよう篠山に仕事を斡旋する。

篠山はやりたい音楽が出来ると鮎川を誘いメンバーをさがす、ボーカルは鮎川が少し前に知合っていた柴山(後の菊)を篠山に紹介、三人は博多の喫茶店で話合い、ブルースをやるバンドをやろうと話あった。

福岡県にてホールなどで歌っていた当時大学生の菊こと柴山俊之が、バンド結成のためオーディションを開催、ブルースギターを弾く久留米市から来た大学生、鮎川誠と出会い結成。

1975年テイチクレコード/ブラックレーベルより1stアルバム『有頂天』にてメジャーデビュー日比谷野外音楽堂にてデビューライブを行う。その後、ゴダイゴcharと共に全国ツアーを回る。

3rdアルバム『ドライヴ・サンハウス』の発売と同日の1978年3月25日、解散を決定させる。解散後、柴山は作詞家としてシーナ&ザ・ロケッツルースターズ、アクシデンツ、UP-BEATなど福岡県、北九州のバンドに詞を提供。 鮎川は妻シーナと共にシーナ&ザ・ロケッツ結成。奈良敏博(Ba)、後期メンバー川嶋一秀、浅田孟(元THE MODSのメンバー)を従えて活動。

1982年、12月31日、新宿ロフトでの企画ライブに出演。柴山俊之(Vo)、鮎川誠(Gu)、花田裕之(Gu)、川嶋一秀(Dr)のメンバーで、サンハウス時代のナンバーをプレイした。尚、この時の映像は、非公式ながら1990年代に『PREVIOUS LIVE/SONHOUSE』として発売された(10曲収録・VHS)。

ライブステージの柴山

1983年、サンハウス再結成。右記4ヶ所でライブを行う。東京(6月18日 渋谷LIVE INN、9月23日 日比谷野外音楽堂)、福岡(8月7日 福岡Super Live '83 小戸公園)、仙台(8月11日 ロックンロールオリンピック)。メンバー:柴山俊之(Vo)、鮎川誠(Gu)、奈良敏博(Ba)、浦田賢一(Dr)。日比谷野外音楽堂でのプレイは、『CRAZY DIAMONDS〜ABSOLUTELY LIVE』というタイトルで、ライブ・アルバム(LP)とカセット・テープが同年11月25日にリリースされた。しかし、カセット・テープこそ全20曲の完全版であったが、LPは12曲の収録でしかなかった。1990年8月21日にビクターエンタテインメントから同タイトルのCDがリリースされるも、尺の関係か18曲の収録に留まり(「ロックン・ロールの真最中」「ミルク飲み人形」が未収録)、長くファン泣かせの音源となっていた。2008年8月20日、紙ジャケ仕様の2枚組CDがリリースされ、ようやくカセット・テープと同じ20曲を収録した完全版となった。尚、カセット・テープ、LPでは「ステディ・ドライバー・マン」の歌詞が数カ所、断片的にテープ逆回しで処理されているが、CDではその処理は行われていない。

2010年、3度目となる再結成を果たし結成35周年を記念して全国5箇所を回るツアーを行った。

2015年9月12日サンハウス初期のメンバー、菊、鮎川、奈良、浦田の4人で、鮎川誠主謀のライブ「マディ・ウォーターズ生誕100年祝賀祭」のために再び結集する。(イベントの出演は、シーナ&ザ・ロケッツ、サンハウス、永井”ホトケ”隆)。その際のライブ音源は2016年3月に「TIGER IN YOUR TANKーマディに捧ぐ」というタイトルでライブ盤としてCD(17曲収録)で発売された。 また同年シーナの38回目のバースディを記念して博多に再結集。シーナ&ザ・ロケッツ、サンハウスの2バンドで11月28日福岡ドラムロゴスにてライブを行う。このライブの為にサンハウスの全盛期のメンバーで再集したサンハウスのリハーサルテープを40周年を記念にCD化。「サンハウス / HAKATA (2CD) 」全26曲(30Tracks)118分収録で11月23日シーナの誕生日に発売された。

2016年4月7日「シーナの日」にシーナ&ザ・ロケッツ、サンハウス(菊、鮎川、奈良、篠山、鬼平)の2バンドで2デイズにてライブを行った。二日間のセットリストは、鮎川誠の運営するロケットウェブ(HP)にアーカイブとして残されている。

メンバー[編集]

菊(柴山俊之)
ボーカルハーモニカ担当。結成時から解散まで在籍。
鮎川誠
ギターハーモニカ担当。結成時から解散まで在籍。
坂東嘉秀
ギター担当。1977年10月から解散まで在籍。
川島一秀
ドラムス担当。1977年10月から解散まで在籍。
浅田孟
ベース担当。1977年10月から解散まで在籍。

旧メンバー[編集]

篠山哲雄
ギター担当。結成時から1976年12月まで在籍。
浦田賢一
ドラムス担当。結成時から1974年2月まで在籍。
アルバムCRAZY DIAMOND(1983年)にクレジットされている。
サンハウス脱退後は、SHOT GUN、HAKATA BEAT CLUBで活躍。
博多時代から交流のあった武田鉄矢の薦めもあり、俳優としても活躍している。代表作にドラマ『3年B組貫八先生』などで助演している。
2003年に公開された映画『ROCKERS』では、主人公の父親役を演じた。
後藤龍一
ベース担当。結成時から1971年1月まで在籍。
浜田卓
ベース担当。1971年4月から1973年1月まで在籍。
奈良敏博
ベース担当。1973年1月から1977年10月まで在籍。
また、1970年冬頃、臨時メンバーとして参加していた。

 俳優松田優作からの信頼も厚く、脱退後は“松田優作with EX”のメンバーとして活躍。

サンハウス脱退後は、シーナ&ザ・ロケッツで活躍。
坂田紳一(鬼平)
ドラムス担当。1974年3月から1977年10月まで在籍。

作品[編集]

シングル[編集]

  1. 地獄へドライブ/キングスネークブルース (1975年1月15日)自主制作盤
  2. ロックンロールの真最中/レモンティー (1975年6月25日)
  3. 爆弾/雨
  4. 夢みるボロ人形/あの娘は18才 (1975年11月25日)

アルバム[編集]

  1. 有頂天 (1975年6月25日)
  2. 仁輪加 (1976年6月25日)
  3. ドライヴ・サンハウス (1978年3月25日) - ライブ盤
  4. STREET NOISE (1980年) - 未発表曲集
  5. CRAZY DIAMOND (1983年) - ライブ盤
  6. POISON (1983年) - ベスト盤
  7. HOUSE RECORDED (1991年) - ブートレグ
  8. Back To The Live 1972 (1991年) - ライブ盤 ※ブートレグ
  9. Highway '61 Vol.1&2 (1994年) - 未発表曲集 ※ブートレグ
  10. ROCKIN' BLUES BEFORE SONSET (1998年) - 全曲集BOX SET
  11. 風よ吹け (2000年) - 1998年ライブ盤(CD/VHS/DVD)
  12. SONHOUSE TWIN PERFECT COLLECTION (2001年) - 全曲集
  13. THE CLASSICS 〜35th ANNIVERSARY〜(2010年) - 全8枚組BOX(CD:7枚/DVD:1枚)