ザ・ブッシュワッカーズ

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ザ・ブッシュワッカーズ
 
2015年、WWE殿堂入り式典にて(左がルーク・ウィリアムス、右がブッチ・ミラー
タッグチーム
メンバー ブッチ・ミラー
ルーク・ウィリアムス
名称
  • ザ・キウィズ
  • ザ・シープハーダーズ
  • ザ・ブッシュワッカーズ
デビュー 1966年
解散 2001年
団体

ザ・ブッシュワッカーズThe Bushwhackers)は、プロレスラーブッチ・ミラールーク・ウィリアムスによって結成されたプロレスタッグチームである。

1980年代まではNWA圏を主戦場に、両者ともニュージーランド出身であることから初期はザ・キウィズThe Kiwis)、後にザ・シープハーダーズThe Sheepherders)のチーム名を用い、狂乱ファイトを主体とするヒールのポジションで活動[1]1988年末からのWWF登場を機にザ・ブッシュワッカーズと改名し、コミカルなベビーフェイスに転じて前座戦線を沸かせた[1]

来歴[編集]

ザ・キウィズ[編集]

コンビ結成はNWAニュージーランド(後のオールスター・プロレスリング)時代の1966年に遡る[2]。当時、ブッチ・ミラーはザ・ブルート、ルーク・ウィリアムスはスウィート・ウィリアムと名乗っていた。オーストラリア東南アジアを経て1972年カナダモントリオール地区に参戦後、1973年スチュ・ハートの主宰するアルバータ州カルガリースタンピード・レスリングに進出[2]。ミラーはリングネームをニック・カーターと改名し、チーム名もニュージーランド出身であることをアピールするために、ザ・キウィズThe Kiwis)と名付けられた[2]

1974年1月にはカルガリー版のインターナショナル・タッグ王座を獲得、トーキョー・ジョー&グレート・サキ(デビル紫)の日本人チームとも同王座を争った[3]。同年9月には揃って国際プロレスに参戦、9月16日に館山にてラッシャー木村&グレート草津IWA世界タッグ王座に挑戦している[1][4]。国際プロレスでは、スーパースター・ビリー・グラハムバロン・フォン・ラシクと組んでの6人タッグマッチにも出場し、彼らの露払い役も務めた[5]

ザ・シープハーダーズ[編集]

1979年5月にはそれぞれボブ・ミラー、スウィート・ウィリアムスのリングネームで全日本プロレスに来日[6]。空位となっていたアジアタッグ王座の王者チーム決定戦でグレート小鹿&大熊元司極道コンビと対戦したが敗退している[7]。6月10日の北海道倶知安町大会ではビル・ロビンソンと異色トリオを組み、ジャイアント馬場ジャンボ鶴田石川隆士組と6人タッグマッチで対戦した[6]

同年よりチーム名をザ・シープハーダーズThe Sheepherders)に改め、太平洋岸北西部のPNW(パシフィック・ノースウエスト・レスリング)に進出。翌1980年にかけて、ロン・スター&アドリアン・アドニススタン・スタージャック&ダッチ・サベージロディ・パイパー&リック・マーテルなどのチームを破り、NWAパシフィック・ノースウエスト・タッグ王座を通算3回獲得した[8]。以降もヒールタッグチームとして各地を転戦し、それぞれのリングネームもブッチ・ミラーとルーク・ウィリアムスで定着[9][10]1980年9月28日にはノースカロライナ州シャーロットにて、バズ・ソイヤー&マット・ボーンからNWAミッドアトランティック・タッグ王座を奪取[11]プエルトリコWWCではアブドーラ・ザ・ブッチャーとも共闘した[12]

1981年下期から1983年にかけてはミラーが一時的にニュージーランドに帰国したため、ウィリアムスは同じ南半球オーストラリア出身のジョナサン・ボイドを新パートナーに活動[13][14]。ミラーがアメリカに戻ると、1983年11月よりチームを再結成[15]。迷彩ズボンにタンクトップ、ボロボロのアーミーキャップという入場コスチュームもこの時期に確立された。1984年3月4日にはサンアントニオファビュラス・ワンズスティーブ・カーン&スタン・レーン)からSCW世界タッグ王座を奪取[16]1985年はプエルトリコを主戦場に、ジ・インベーダーズ(ホセ・ゴンザレス&ロベルト・ソト)とWWC北米タッグ王座を争った[17]

1986年3月16日にはビル・ワットUWFにてテッド・デビアス&スティーブ・ウィリアムスからUWF世界タッグ王座を奪取[18]、10月7日にはフロリダでファビュラス・ワンズを破りNWA USタッグ王座を獲得[19]。翌1987年1月10日にはテネシー州メンフィスCWAにてバッド・カンパニー(ポール・ダイヤモンド&パット・タナカ)を下しCWAインターナショナル・タッグ王座にも戴冠[20]。日本では「タッグ泥棒」なる異名を付けられた[1]

1987年2月には新日本プロレスに来日して、IWGPタッグ王座の決定リーグ戦に出場[21]。国際、全日本、新日本と、タッグチームとして昭和の3団体への登場を果たした[22]。シリーズ中は、アントニオ猪木&坂口征二の黄金コンビや前田日明&高田伸彦UWF勢とも対戦している[23]

同年下期にはジム・クロケット・プロモーションズのフロリダでの興行に参戦。7月31日にマイアミ・オレンジボウルにて行われた『グレート・アメリカン・バッシュ』にもNWAフロリダ・タッグ王者チームとして出場し、ロニー・ガービン&ジミー・ガービンの挑戦を受けた[24]。8月28日にはデイトナビーチにおいて、ロード・ウォリアーズスチール・ケージ・マッチで対戦[25]1988年4月に開催されたタッグチーム・トーナメント "Crockett Cup" の第3回大会にも出場したが、2回戦でボビー・イートンとスタン・レーンのミッドナイト・エクスプレスに敗退している[26]

ザ・ブッシュワッカーズ[編集]

1988年末、チーム名をブッチ&ルークのザ・ブッシュワッカーズThe Bushwhackers)に変更し、従兄弟同士という設定でWWFに登場。同年12月30日、ニューヨークマディソン・スクエア・ガーデンにおいて、ニコライ・ボルコフボリス・ズーコフのザ・ボルシェビクスを破りデビュー戦を飾った[27]

ラフファイト主体のヒールだったシープハーダーズ時代とは異なり、コミック・リリーフを担当するベビーフェイスのベテラン・チームとして売り出され、ファビュラス・ルージョー・ブラザーズ(ジャック・ルージョー&レイモンド・ルージョー)、リズム&ブルース(ホンキー・トンク・マン&グレッグ・バレンタイン)、オリエント・エクスプレス(サトー&タナカ)など、主にBクラスのチームを抗争相手にミッドカード戦線で活動、そのコミカルなキャラクターで子供たちの人気を集めた[1]。目を剥いて口を歪曲させたユーモラスな表情に、腕を頭上まで高く振り上げながらリングへ行進していく入場シーンがトレードマークとなり、彼らのフィギュアもこれを模したポーズで製作されている。1990年12月には、当時WWFと提携していたSWSに来日した[28]

WWFではタイトル戦線に絡むことはなく、大きな活躍の舞台は与えられなかったものの、1991年8月の『サマースラム'91』ではアンドレ・ザ・ジャイアントセコンドに迎え、ナチュラル・ディザスターズアースクエイク&タイフーン)と対戦している[29]。以降、WWFには1996年まで長期間に渡って在籍。レッスルマニアなどのビッグイベントではオープニング・アクトダーク・マッチに出場して会場の「温め役」を担い、同じく会場人気の高かったハクソー・ジム・ドゥガンとトリオを組むことも多かった。

WWF退団後もブッシュワッカーズの名義でインディー団体を転戦し、1999年10月にミシシッピ州で行われたリユニオン・イベント "Heroes of Wrestling" では、ボルコフとアイアン・シークの往年の反米コンビと対戦。2001年4月1日には『レッスルマニアX-Seven』のギミックバトルロイヤルに出場し、久々のWWE登場を果たした。

解散後[編集]

チームを解散し引退してからは、ミラーはニュージーランドに帰国し、首都ウェリントンのプロレス団体KPW(キーウィ・プロ・レスリング)のコミッショナーやレスリング・ウェブサイト "NZPWI" のコラムニストとして活動[30]

ウィリアムスは、かつて主戦場としていたプエルトリコにてIWAプエルトリコのブッカーを担当する一方、TNAROH、カナダ・ノバスコシア州のUCWなど、各地のインディー団体にスポット参戦[31]2010年11月にはSMASHへの参戦でSWS以来となる20年ぶりの来日を果たした[32]

2015年、チームとしてWWE殿堂に迎えられた[33]。3月28日にカリフォルニア州サンノゼSAPセンター・アット・サンノゼにて行われた殿堂入り式典では、かつてNWAフロリダ地区で彼らのマネージャーを務めていたジョニー・エースことジョン・ロウリネイティスがインダクターを担当した[34]

合体攻撃[編集]

獲得タイトル[編集]

スタンピード・レスリング
パシフィック・ノースウエスト・レスリング
  • NWAパシフィック・ノースウエスト・タッグ王座:3回 [8]
NWAオールスター・レスリング
ミッドアトランティック・チャンピオンシップ・レスリング
  • NWAミッドアトランティック・タッグ王座:1回 [11]
ワールド・レスリング・カウンシル
  • WWC北米タッグ王座:4回 [17]
  • WWC世界タッグ王座:2回 [36]
ユニバーサル・レスリング・フェデレーション
  • UWF世界タッグ王座:2回 [18]
チャンピオンシップ・レスリング・フロム・フロリダ
  • NWA USタッグ王座(フロリダ版):1回 [19]
  • NWAフロリダ・タッグ王座:1回 [37]
コンチネンタル・レスリング・アソシエーション
  • CWAインターナショナル・タッグ王座:1回 [20]
サウスウエスト・チャンピオンシップ・レスリング
  • SCW世界タッグ王座:1回 [16]
ワールド・レスリング・エンターテインメント

サポートメンバー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 『THE WRESTLER BEST 1000』P172(1996年、日本スポーツ出版社
  2. ^ a b c Luke Williams Wrestling Bio”. Bushwhacker Luke.net. 2010年10月12日閲覧。
  3. ^ a b Stampede International Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年10月12日閲覧。
  4. ^ The IWE matches fought by Butch Miller in 1974”. Wrestlingdata.com. 2014年11月27日閲覧。
  5. ^ IWE 1974 IWA Title Match Series / Super Wide Series”. Puroresu.com. 2021年1月23日閲覧。
  6. ^ a b AJPW 1979 Super Power Series”. Puroresu.com. 2021年1月23日閲覧。
  7. ^ All Asia Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2014年11月27日閲覧。
  8. ^ a b NWA Pacific Northwest Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年10月12日閲覧。
  9. ^ Butch Miller”. Wrestlingdata.com. 2021年2月12日閲覧。
  10. ^ Luke Williams”. Wrestlingdata.com. 2021年2月12日閲覧。
  11. ^ a b NWA Mid-Atlantic Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年10月12日閲覧。
  12. ^ Abdullah with The Sheepherders”. Online World of Wrestling. 2010年10月12日閲覧。
  13. ^ Jonathan Boyd”. Online World of Wrestling. 2010年10月12日閲覧。
  14. ^ ウィリアムスとボイドのチームは便宜上「ニュー・シープハーダーズ」とも呼ばれる。ボイドはオリジナルのシープハーダーズ再結成後、サンアントニオ地区で彼らのマネージャーを務めたが、1985年から1986年にかけてはニュージーランド出身のリップ・モーガンをパートナーに、シープハーダーズ名義での活動を独自に続けた。
  15. ^ The SWCW matches fought by Butch Miller in 1983”. Wrestlingdata.com. 2021年2月12日閲覧。
  16. ^ a b SCW World Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年10月12日閲覧。
  17. ^ a b WWC North American Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年10月12日閲覧。
  18. ^ a b UWF World Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年10月12日閲覧。
  19. ^ a b NWA United States Tag Team Title [Florida]”. Wrestling-Titles.com. 2010年10月12日閲覧。
  20. ^ a b CWA International Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年10月12日閲覧。
  21. ^ The NJPW matches fought by Butch Miller in 1987”. Wrestlingdata.com. 2014年11月27日閲覧。
  22. ^ タッグチームでは、ダスティ・ローデスディック・マードックテキサス・アウトローズも国際、全日本、新日本の3団体参戦を果たしている。
  23. ^ The NJPW matches fought by Luke Williams in 1987”. Wrestlingdata.com. 2021年2月2日閲覧。
  24. ^ NWA The Great American Bash Tour 1987 - Tag 27”. Cagematch.net. 2021年1月29日閲覧。
  25. ^ JCP/CWF at Daytona Beach”. Wrestlingdata.com. 2021年1月29日閲覧。
  26. ^ 3rd Annual Jim Crockett, Sr. Memorial Tag Team Tournament Cup”. ProWrestling History.com. 2010年10月12日閲覧。
  27. ^ WWE Yearly Results 1988”. The History of WWE. 2010年10月12日閲覧。
  28. ^ The SWS matches fought by Butch Miller in 1990”. Wrestlingdata.com. 2014年11月27日閲覧。
  29. ^ WWF Summer Slam 1991”. ProWrestling History.com. 2010年10月12日閲覧。
  30. ^ Butch Miller”. Online World of Wrestling. 2010年10月12日閲覧。
  31. ^ Luke Williams”. Online World of Wrestling. 2010年10月12日閲覧。
  32. ^ The SMASH match fought by Luke Williams in 2010”. Wrestlingdata.com. 2014年11月27日閲覧。
  33. ^ a b The Bushwhackers”. WWE.com. 2015年3月25日閲覧。
  34. ^ WWE Hall Of Fame 2015 TV Report”. Wrestling Observer (March 29, 2015). 2016年4月7日閲覧。
  35. ^ NWA Canadian Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年10月12日閲覧。
  36. ^ WWC World Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年10月12日閲覧。
  37. ^ NWA Florida Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年10月12日閲覧。