シェール・バハドゥル・シャハ

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シェール・バハドゥル・シャハ(Sher Bahadur Shah, 1778年1月9日 - 1806年4月25日)は、ネパール王国の第2代君主プラタープ・シンハ・シャハの息子。第3代ラナ・バハドゥル・シャハの弟にあたる。

生涯[編集]

1778年1月9日、ネパール王プラタープ・シンハ・シャハの息子として生まれた[1]

1806年、法王である兄ラナ・バハドゥル・シャハが自身の息子ギルバン・ユッダ・ビクラム・シャハから執権(ムクティヤール)任命されると、身の危険を感じたほかの重臣らは暗殺を計画した[2]。 シェール・バハドゥルはトリブバン・カワースらと暗殺計画を練った[3]

同年4月25日、シェール・バハドゥルはトリブバン・カワースの邸宅で自ら兄を斬殺した[4][5]。だが、そこにいたバール・ナラシンハ・クンワルによって、その場で惨殺された[6]

脚注[編集]

  1. ^ Nepal 6
  2. ^ 佐伯『世界歴史叢書 ネパール全史』、p.511
  3. ^ 佐伯『世界歴史叢書 ネパール全史』、p.511
  4. ^ Nepal 6
  5. ^ 佐伯『世界歴史叢書 ネパール全史』、p.511
  6. ^ 佐伯『世界歴史叢書 ネパール全史』、p.511

参考文献[編集]

  • 佐伯和彦 『世界歴史叢書 ネパール全史』 明石書店、2003年。 

関連項目[編集]