シュタルフ・悠紀・リヒャルト

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シュタルフ・悠紀・リヒャルト Football pictogram.svg
名前
カタカナ シュタルフ ユウキ リヒャルト
ラテン文字 Stalph Yuki Richard
基本情報
国籍 日本の旗 日本
ドイツの旗 ドイツ
生年月日 (1984-08-04) 1984年8月4日(35歳)[1]
出身地 ノルトライン・ヴェストファーレン州ボーフム[1]
身長 183cm[1]
体重 79kg[1]
選手情報
ポジション MF[1]
利き足
監督歴
チーム
2019- Y.S.C.C.横浜
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

シュタルフ・悠紀・リヒャルト(Stalph Yuki Richard、1984年8月4日 - )は、ドイツボーフム出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはMF

来歴[編集]

ドイツ人の父と日本人の母の間に西ドイツノルトライン・ヴェストファーレン州ボーフムで生まれ、1989年に父の仕事に伴い、一家で東京都へ移住する。

日本移住後は東京・横浜独逸学園に入学し、サッカー部に所属。また、Y.S.C.C.ユースへの所属経験もある。同時にヴッパーターラーSVボルシアへのサッカー留学も経験している。同校卒業後はFCチューリッヒに所属。

その後、海外のチームを渡り歩き、2006年から2007年にかけてヴィッセル神戸京都サンガF.C.に練習生として参加するも入団に至らず、再び海外に活躍の場を求めた。

2011年4月21日にジェフユナイテッド市原・千葉リザーブズに加入した[1]が、故障もあり出場機会はなく、同年をもってチームも活動終了となり退団することになった。

退団後は日本で故障からの回復を目指しながらチーム探しを行っていたが、2012年8月にSCイダー=オーバーシュタイン英語版と契約。

ヘカリ・ユナイテッドFC時代には『世界の果てまでイッテQ!』の取材を受けたこともある。現役引退後は東京ヴェルディ1969の普及部コーチや自身が代表を務めるレコス(RECCOSS)の監督などを務めた[2]

2019年よりY.S.C.C.横浜の監督に就任した[3]。なお、34歳での監督就任はJリーグクラブでの最年少となる[4]。同年7月28日のヴァンラーレ八戸戦で審判員を侮辱する言動をとったとして2試合のベンチ入り停止処分となった[5]

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
スイス リーグ戦 スイス杯オープン杯 期間通算
2003-04 チューリッヒ スイスSL 3 0
ドイツ リーグ戦 リーグ杯DFBポカール 期間通算
2004-05 ブルクブロール ラインラントリーガドイツ語版
2005-06
アンデルナッハ 6 3
シンガポール リーグ戦 リーグ杯シンガポール杯 期間通算
2007-08 バレスティア・カルサ Sリーグ 5 2
オーストリア リーグ戦 リーグ杯オーストリア杯 期間通算
2008 レオーベン エアステ
アメリカ リーグ戦 リーグ杯USオープン杯 期間通算
2008-09 ハリスバーグ・シティ・アイランダーズ USL 5 3
ドイツ リーグ戦 リーグ杯DFBポカール 期間通算
2009-10 イダー=オーバーシュタイン オーバーリーガ・
ズュートヴェストドイツ語版
34 6
パプアニューギニア リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
2010 ヘカリ 3 PNGNSL 4 0
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2011 ジェフR 29 JFL 0 0 - - 0 0
ドイツ リーグ戦 リーグ杯DFBポカール 期間通算
2012-13 イダー=オーバーシュタイン 21 レギオナルリーガ・
ズュートヴェストドイツ語版
0 0
2013-14 オーバーリーガ・
ズュートヴェスト
通算 スイス スイスSL 3 0
ドイツ レギオナルリーガ・ズュートヴェスト 0 0
ドイツ オーバーリーガ・ズュートヴェスト
ドイツ ラインラントリーガ 0 0
シンガポール Sリーグ 5 2
オーストリア エアステ
アメリカ USL 5 3
パプアニューギニア PNGNSL 4 0
日本 JFL 0 0 - - 0 0
総通算 108 23

指導歴[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]