シュテファン・ロイター

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
シュテファン・ロイター Football pictogram.svg
Stefan-Reuter-2016-07.jpg
2016年のロイター
名前
愛称 ターボ[1]
ラテン文字 Stefan Reuter
基本情報
国籍 ドイツの旗 ドイツ
生年月日 (1966-10-16) 1966年10月16日(51歳)
出身地 ディンケルスビュール
身長 181cm[2]
体重 75kg[2]
選手情報
ポジション DF / MF
ユース
1971-1982 ドイツの旗 TSV1860ディンケルスビュール
1982-1984 ドイツの旗 1.FCニュルンベルク
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1984-1988 ドイツの旗 1.FCニュルンベルク 125 (13)
1988-1991 ドイツの旗 バイエルン・ミュンヘン 95 (4)
1991-1992 イタリアの旗 ユヴェントス 28 (0)
1992-2004 ドイツの旗 ボルシア・ドルトムント 307 (11)
代表歴
1985 西ドイツの旗 西ドイツ U-18 7 (0)
1985-1987 西ドイツの旗 西ドイツ U-21 11 (2)
1987-1998[3] 西ドイツの旗 西ドイツ/ドイツの旗 ドイツ 69 (2)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

シュテファン・ロイター(Stefan Reuter, 1966年10月16日 -)は、ドイツの元サッカー選手サッカー指導者。選手時代のポジションはディフェンダー(右サイドバック、リベロ)、ミッドフィールダー(右サイドハーフ)[4]

経歴[編集]

クラブ[編集]

ロイターは地元のサッカークラブ・TSV1860ディンケルスビュールの下部組織でサッカーを始めたが、サッカー選手として大成するまでは陸上競技の選手としても活躍し[5]走幅跳クロスカントリーの選手としてバイエルン州ユース選手権で優勝した[5]。また100メートル走を11.2秒で走る俊足を持ち合わせていたことから「ターボ」の愛称で呼ばれた[5]

1982年1.FCニュルンベルクの下部組織へ入団すると、1984年にトップチームに昇格し同年10月6日に行われたブンデスリーガ2部キッカーズ・オッフェンバッハ戦でデビューをした[6]

1988年にチームメイトのローランㇳ・グラハマードイツ語版と共にバイエルン・ミュンヘンへ移籍し、1988-89シーズンと1989-90シーズンのブンデスリーガ連覇に貢献するなど[7]リーグ通算95試合に出場し4得点を記録した。1991年にイタリアのユヴェントスFCへ移籍したが1シーズン限りで退団し[8]、ドイツへ帰国すると1992年ボルシア・ドルトムントへ移籍した[8]

ドルトムントでは1992年十字靭帯断裂2000年軟骨の損傷というの怪我に見舞われたものの[9]、主力選手として1992-93シーズン2001-02シーズンUEFAカップ準優勝[7]、1994-95シーズンと1995-96シーズンと2001-02シーズンのブンデスリーガ優勝[7]UEFAチャンピオンズリーグ 1996-97優勝[7]1997年トヨタカップ優勝に貢献した[7][10]

2004年3月に現役引退を表明した[7]

ドイツ代表[編集]

ドイツ代表としては1987年4月17日に行われたイタリア戦でデビューをした[3]フランツ・ベッケンバウアー監督の下で右ウイングバックのポジションを獲得すると[8]1990年イタリアで開催された1990 FIFAワールドカップでは4試合に先発出場、準々決勝以降はトーマス・ベルトルトにポジションを譲ったものの2試合に交代出場するなど通算6試合に出場し優勝に貢献した[11]。その後も1992年スウェーデンで開催されたUEFA EURO '92では4試合に出場し準優勝[3]1996年イングランドで開催されたUEFA EURO '96では4試合に出場し優勝に貢献したが[3]1998年フランスで開催された1998 FIFAワールドカップではグループリーグ初戦のアメリカ戦の1試合のみの出場に終わった[12]。大会終了後、ベルティ・フォクツ監督の起用法に対して「年齢的な問題ではない。彼との間に信頼関係はなく、代表を続けられない」と表明し、オラフ・トーンと共に代表を引退した[12]。ロイターは国際Aマッチ69試合に出場し2得点を記録した[3]

引退後[編集]

現役引退後の2004年7月1日から2005年1月3日までは古巣のドルトムントのフロント業務に携わっていたが、2006年1月にTSV1860ミュンヘンのスポーツディレクターに就任した[13]。在任期間中にはオーストリアのヴァルター・シャッハナードイツ語版を監督に迎え、 元ドイツ代表のダニエル・ビーロフカドイツ語版ベンヤミン・ラウトらを獲得したが成績は低迷し[14]2009年2月2日に解任された[15]

2012年12月27日FCアウクスブルクのゼネラルマネージャーに就任した[16]。契約期間は2015年6月30日までとなっていたが[16]、同年4月に契約期間を2020年まで延長したことが発表された[17]

個人記録[編集]

代表での成績[編集]

出典[3]
西ドイツ代表
出場 得点
1987 7 1
1988 3 0
1989 5 0
1990 9 0
ドイツ代表
出場 得点
1991 6 1
1992 8 0
1993 0 0
1994 4 0
1995 7 0
1996 12 0
1997 3 0
1998 5 0
合計 69 2

代表での得点[編集]

出典[3]
# 開催日 開催地 対戦国 結果 大会
1 1987年12月12日 ブラジルブラジリア ブラジルの旗 ブラジル 1-1 親善試合
2 1991年3月27日 ドイツフランクフルト・アム・マイン ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦 2-1 親善試合

脚注[編集]

  1. ^ Abschiedstour: Turbo Reuter rollt langsam aus”. spiegel.de (2003年12月30日). 2014年9月20日閲覧。
  2. ^ a b Stefan Reuter”. DFB - Deutscher Fußball-Bund e.V.. 2014年9月20日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g Stefan Reuter - International Appearances Appearances”. rsssf.com. 2014年9月20日閲覧。
  4. ^ Stefan Reuter über Flügelspiel”. FD21. 2014年9月20日閲覧。
  5. ^ a b c FC Bayern: Stefan Reuter: Sammer sorgt für einen Ruck”. Abendzeitung München (2012年7月12日). 2014年9月20日閲覧。
  6. ^ Spielstatistik Kickers Offenbach gegen 1. FC Nürnberg 2:3 (2:0) - 2. Liga 1984/1985 - Der 9. Spieltag”. Fussballdaten. 2014年9月20日閲覧。
  7. ^ a b c d e f Borussia Dortmund: Reuter beendet seine Karriere”. FAZ (2004年3月21日). 2014年9月20日閲覧。
  8. ^ a b c Reuter in neuer Rolle”. UEFA.com (2006年4月4日). 2014年9月20日閲覧。
  9. ^ Stefan Reuter macht Schicht, der letzte Weltmeister geht”. DIE WELT (2004年4月22日). 2014年9月20日閲覧。
  10. ^ Erfolge Was war der höchste Sieg des BVB?”. Borussia Dortmund. 2014年9月20日閲覧。
  11. ^ Abschiedstour: Turbo Reuter rollt langsam aus”. SPIEGEL ONLINE (2003年12月30日). 2014年9月20日閲覧。
  12. ^ a b Reuter: "Nie mehr unter Vogts"”. RZ-Online (1998年8月20日). 2014年9月20日閲覧。
  13. ^ Reuter neuer Manager bei 1860 München”. RP ONLINE (2006年1月23日). 2014年9月20日閲覧。
  14. ^ Stefan Reuter:Was zählt, ist die Erinnerung”. FAZ (2012年12月29日). 2014年9月20日閲覧。
  15. ^ Stefan Reuter offiziell beurlaubt”. Tagesspiegel (2009年2月3日). 2014年9月20日閲覧。
  16. ^ a b Stefan Reuter wird Geschäftsführer Sport”. FC Augsburg (2012年12月27日). 2014年9月20日閲覧。
  17. ^ FCA: Weinzierl verlängert bis 2019, Reuter bis 2020”. Augsburger Allgemeine (2015年4月5日). 2017年7月22日閲覧。