シルヴェスター・スタローン

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シルヴェスター・スタローン
Sylvester Stallone
Sylvester Stallone
2014年
本名 Sylvester Gardenzio Stallone
別名義 Sly(スライ), Syl(シル)
生年月日 (1946-07-06) 1946年7月6日(75歳)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン区
身長 180cm
ジャンル 映画俳優監督製作脚本家
活動期間 1968年 -
活動内容 1970年 - デビュー
1976年 - 『ロッキー
1978年 - 映画初監督
1979年 - 『ロッキー2
1982年 - 『ロッキー3』/『ランボー
1985年 - 『ロッキー4』/『ランボー/怒りの脱出
1988年 - 『ランボー3/怒りのアフガン
1990年 - 『ロッキー5/最後のドラマ
1993年 - 『クリフハンガー
1996年 -『デイライト』/『デモリションマン
2006年 - 『ロッキー・ザ・ファイナル
2008年 - 『ランボー/最後の戦場
2010年 - 『エクスペンダブルズ
2012年 - 『エクスペンダブルズ2
2014年 - 『エクスペンダブルズ3 ワールドミッション
2015年 - 『クリード チャンプを継ぐ男
2018年 - 『クリード 炎の宿敵
2019年 - 『ランボー ラスト・ブラッド
配偶者 サーシャ・チャック(1974年 - 1985年
ブリジット・ニールセン1985年 - 1987年
ジェニファー・フレイヴィン(1997年 - )
著名な家族 フランク・スタローン・シニア(父)
ジャッキー・スタローン(母)
フランク・スタローン(弟)
セイジ・スタローン(息子)
主な作品
ロッキー』シリーズ
ランボー』シリーズ
コブラ
デッドフォール
クリフハンガー
デモリションマン
ジャッジ・ドレッド
コップランド
エクスペンダブルズ』シリーズ
大脱出
クリード』シリーズ
 
受賞
ヴェネツィア国際映画祭
監督・ばんざい!賞
2009年ランボー/最後の戦場
放送映画批評家協会賞
助演男優賞
2015年クリード チャンプを継ぐ男
AFI賞
アメリカ映画100年のヒーローと悪役ベスト100(ヒーロー部門第7位)
2003年『ロッキー
ゴールデングローブ賞
助演男優賞
2015年『クリード チャンプを継ぐ男』
ゴールデンラズベリー賞
最低主演男優賞
1984年クラブ・ラインストーン/今夜は最高!
1985年ランボー/怒りの脱出』『ロッキー4/炎の友情
1988年ランボー3/怒りのアフガン
1992年刑事ジョー/ママにお手あげ
最低助演男優賞
2003年スパイキッズ3-D:ゲームオーバー
最低監督賞
1985年『ロッキー4/炎の友情』
最低脚本賞
1985年『ランボー/怒りの脱出』
最低スクリーンカップル賞
1994年スペシャリスト
1980年代最低男優賞
1989年 多数の作品
20世紀最低男優賞
1999年 彼のした全てのことの99.5%に対して
名誉挽回賞
2015年 『クリード チャンプを継ぐ男』でのアカデミー賞ノミネートに対して
セザール賞
名誉賞
1992年
その他の賞
ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞
助演男優賞
2015年『クリード チャンプを継ぐ男』
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シルヴェスター・ガーデンツィオ・スタローン(Sylvester Gardenzio Stallone, 1946年7月6日 - )は、アメリカ合衆国俳優映画監督映画プロデューサー脚本家

身長177cm。1970年代から2010年代のアクション映画を代表するスター。アカデミー賞には、俳優として2度(1976年『ロッキー』、2015年『クリード チャンプを継ぐ男』)、脚本家として1度(1976年『ロッキー』)ノミネートされている。70歳を超えてなお、鍛え上げた肉体で激しいアクションをこなす映画俳優である。左利き。代表作は『ロッキー』シリーズと『ランボー』シリーズ[1]

生い立ち[編集]

ニューヨークマンハッタン区ヘルズ・キッチン地区出身。父はシチリアにルーツを持つイタリア系アメリカ人美容師フランク・スタローンSr(1919年 - 2011年)、母はロシア系ユダヤ人およびフランス系アメリカ人で、元ダンサー・占星術師として著名なジャッキー・スタローン(1921年 - 2020年)[2][3][4]。弟のフランク・スタローンは歌手兼俳優として、兄の主演、監督映画数作に端役で出演、または主題歌、挿入歌を提供している。1人目の妻とのあいだに生まれた長男のセイジ・スタローンも映画監督、脚本家、俳優として父と同じ道を歩むが、2012年、心臓発作により急逝した。

出産時に産科医が鉗子の扱いを誤り、顔面の左側(とくに唇、顎、舌)の神経が傷つけられたため、言語障害で舌足らずな発音と下唇の下垂という症状が残った。このことは少年期のスタローンを内向的にさせ、空想や漫画、とくに映画へ興味を向けさせた[5]。崩れた容姿と脆弱な性格から、つねにいじめの対象となっていた。このトラウマは現在も残る[要出典]

9歳[5](もしくは12歳)のときに両親が離婚したことをきっかけに、しだいに素行不良になる。小学校から高等学校修了までに14の学校から放校処分を受け、母親の経営するボクシングジムで体を鍛えながらも荒れた生活を続けた。当初はボクシングジムに見向きもしなかったが、このころに観賞した映画『ヘラクレス』(1958年)の主演スティーヴ・リーヴスの影響により、みずから体を鍛え始めるようになったという[6]

高校卒業後は美容師学校へ進んだが中退し、レザンにある American School of Switzerland に体育奨学金を得て入学し、演劇を学んだ(このころから演劇に興味を持ち始めたとも)。アメリカに戻りマイアミ大学の演劇学部に3年間在籍したが、脚本家を志すため中退した[5][注 1](もしくは2年間在籍したが、授業料の支払いが困難となり中退した)。23歳でニューヨークに戻り本格的に俳優を志した。最終的に『ロッキー』の脚本を卒業論文として、マイアミ大学で学士を取得卒業[7]

キャリア[編集]

スタローンが初主演した映画は1970年のソフトコアポルノ映画『The Party at Kitty and Stud's英語版(子猫と種馬のパーティ)』である。当時は極度の困窮生活で、出演はやむにやまれぬ事情だったとスタローンは述べている[8][注 2]

同じく1970年には No Place to Hide(隠れ場無し)という映画に主演した[注 3]。1971年にはオフ・ブロードウェイの小劇場で Score というアダルト劇の舞台に立っている。このようにポルノ映画への出演やボディーガードなどをこなして日銭を稼ぐ極貧生活が長く続いた。顔面麻痺による演技力の限界や、あまりにも典型的なシチリア人の風貌のため54回のオーディションに落ちた[要検証]

1974年に出演した『ブルックリンの青春』(The Lords Of Flatbush)での演技が何人かの評論家の目にとまり、スタローンは妻と愛犬を伴ってハリウッドへ移った[5]。1975年には『デス・レース2000年』に準主役として出演した。

ロッキーの銅像(フィラデルフィア美術館

1975年、29歳のとき、観戦したボクシングの世界ヘビー級タイトルマッチ「モハメド・アリチャック・ウェプナー」の試合に感銘を受け、それをヒントにわずか3日で書き上げた脚本をもって映画会社に売り込む。この作品が『ロッキー』である。低予算のB級扱いとなり、わずかな上映館でのスタートとなったが、徐々に評判を呼ぶことになり、世界的規模で大ヒットした(詳細は 『ロッキー』の項で記述)。映画の主人公の境遇とスタローン自身のそれが「荒んだ生活から一夜にして栄光を掴む」という古典的なまでの「アメリカン・ドリーム」を体現した点で共通していることから大変な話題を呼び、多くの人間に希望を与えた功績が評価された。

ランボー3/怒りのアフガン』のプロモーション(1988年、スウェーデン

その後『パラダイス・アレイ』で監督業にも進出。しかし、さまざまなジャンルに挑戦しつづけるが『ロッキー』シリーズ以外は興行的に成功することがほとんどない状態が続く。1982年の『ランボー』でようやくロッキー・バルボア以外の役をヒットさせることに成功。以降『ランボー』は『ロッキー』と並ぶスタローンの代表作となった。その後は1993年の『クリフハンガー』など、つねに鍛え上げた肉体を駆使した作品でアメリカを代表するアクション俳優となる。

2006年、シリーズ16年ぶりの新作となる『ロッキー・ザ・ファイナル』 が公開され、2008年には20年ぶりの新作となる『ランボー/最後の戦場』が公開された。

2007年の2月に『ロッキー・ザ・ファイナル』の宣伝でオーストラリアを訪れた際、シドニー空港にて、手荷物のなかにオーストラリアでは禁止されているステロイドが発見され、起訴された。5月15日に行われた審理では代理人が起訴事実を認めたが、スタローンは出廷をしなかった。21日、2500ドルの罰金を科す判決が下った。本人は当初「持ち込んだのは成長ホルモンだけだ」と弁明していたが、やがてはステロイド剤の所持を認めるに至った。しかし、後日になると「あれはテストステロンだ。ステロイドではない」と再度弁明を行った[9]

2009年9月12日、ヴェネツィア国際映画祭にて

2010年9月に訪日し、大相撲秋場所を観戦。その際、九重親方に映画出演のオファーを行い話題を呼んだ。また、同年9月28日放送分のNTV系列『魔女たちの22時』や、『おしゃれイズム』にもゲスト出演している。

2010年12月7日、一連の『ロッキー』シリーズのボクシング映画製作などが評価され、国際ボクシング殿堂顕彰者に選出された[10]

2015年に公開された映画『クリード チャンプを継ぐ男』で再度ロッキー・バルボアを演じ、その演技が批評家から絶賛され[11][12][13]、2016年の第73回ゴールデングローブ賞では自身初の助演男優賞を受賞した。

作風[編集]

俳優としては鍛え上げられた肉体を全面に押し出したアクションが売りである。もともと顔面神経麻痺や言語障害があり、決して表現力に長けているとは言えないものの、役作りに対してはストイックに取り組むことでも知られる。『コップランド』では冴えない中年警官を演じるために肉体派俳優の生命線である体重をあえて増量し、『ランボー』ではノースタントで木から飛び降り肋骨を数か所骨折している。

スタローンが監督や脚本まで担当した『ランボー/最後の戦場』や『エクスペンダブルズ』などの戦場が舞台になる作品では、人体破壊・肉片が飛び散るなどのゴア表現がかなり見られる。また、素早いカットを多用してスピード感溢れる演出にすることで戦場での緊迫感を醸し出している。

記録[編集]

  • 1970~2010年代の5つの年代に全米1位(週末興行成績)獲得の主演作を持つ世界唯一の俳優である[14]

関連人物[編集]

シュワルツェネッガーとの関係[編集]

ともに極限まで肉体を鍛え上げたアクションスターであり肉体派ヒーローを演じる機会が多いアーノルド・シュワルツェネッガーと頻繁に比較される。当初は互いに牽制しあっていたが、現在では彼ら自身もよきライバルであり親友であるという認識を共有している。80年代後半には著名人が一堂に会す場において撮影された二人がともに納まった写真もしばしば映画誌などに掲載されていた。現在では互いに映画のイベントや宣伝に出演しあい、誕生日を祝いあうほどの仲である。また1993年公開の『ラスト・アクション・ヒーロー』『デモリションマン』では互いに作中で笑いの種にしている。2010年公開の映画『エクスペンダブルズ』では1シーンのカメオ出演ながら初めて両者が共演し、2012年公開の続編『エクスペンダブルズ2』では本格的な共演をしているほか、2013年公開の『大脱出』ではW主演を果たしている。またシュワルツェネッガーがスタントの怪我で入院した際、偶然にもスタローンと一緒の病室であり、スタローンもスタントの怪我で入院していた。

コッポラとの関係[編集]

『ロッキー』で共演し、長年の親友であるタリア・シャイアは、実兄であるフランシス・フォード・コッポラに『ゴッドファーザーPARTIII』にスタローンを出演、または監督させる約束を取り付けたが、コッポラがいずれも反故にしたため、両人のあいだに亀裂が生まれたという。

私生活[編集]

家族[編集]

スタローンは計3回の結婚歴があり、二男三女をもうけている。

下積み生活中の1974年にサーシャ・チャックと結婚。俳優・映画監督のセイジ・スタローンら二人の男児をもうけたあと、1985年に離婚。

1985年に『ロッキー4/炎の友情』『コブラ』で共演したブリジット・ニールセンと再婚し1987年に離婚。

現在の妻は女優・モデルのジェニファー・フレイヴィン英語版1996年に一女をもうけ、1997年に結婚、さらに二女をもうけた。

2017年、第74回ゴールデングローブ賞では、長女ソフィア、次女システィーン、三女スカーレットがミス・ゴールデングローブ(授賞式のアシスタント役)に選ばれている[16]

思想・信仰[編集]

幼少のころから大天使ミカエルの洗礼名を持つ[17]ローマ・カトリックのキリスト信者である。『ロッキー・ザ・ファイナル』公開の時にはキリスト教原理主義系の番組に出演し、自身の信仰について語った[18]。『ランボー/最後の戦場』にもキリスト教の要素を加えたと語っている[19]

熱心な共和党員で、政治的な発言も多い。2008年の大統領選挙では同党候補ジョン・マケインへの応援活動を行った。また、その影響が自身の作品に色濃く現れることもあった(『ランボー/怒りの脱出』、『ランボー3/怒りのアフガン』、『ロッキー4/炎の友情』などの脚本)。

ドナルド・トランプとは、彼が大統領に就任する前からの古い親友であり、「俺はドナルド・トランプが好きだ。アーノルド・シュワルツェネッガーやベーブ・ルースのような英雄でも、彼らが政治の世界で国を動かせるかどうかはわからないけれどね」と大統領選前に発言している[20]。トランプが主催した2016年の新年前夜パーティにも参加し、大統領就任の際には就任を称えるメッセージを非公式で送っている[21]。2016年にはトランプ大統領側から「全米芸術基金(ENA)」の会長職の打診を受けるも、「退役軍人の生活保障」の方に関心があるとして、これを辞退した[22]。2018年には黒人初のヘビー級ボクシング王者であり、冤罪で服役したジャック・ジョンソンに対する死後恩赦をトランプ大統領に打診した[23]。その後、ジョンソンに恩赦が与えられた際には、ホワイトハウスで行われたセレモニーにも出席している[24]

共和党員ではあるが、リベラルな側面を見せることもある。殺傷能力の高い自動小銃などを一般市民が保持することに対しては批判的であり、2013年には「猟銃にも使えないし、軍に襲撃されるわけでもないのに何に使おうというのか」とコメントしている[25]。また民主党のビル・クリントンとは個人的な親友であり、「モニカ・ルインスキー事件」ではクリントンを支援・擁護する姿勢を見せている[26]

主な作品[編集]

公開年 邦題
原題
役名 備考 吹き替え
1969 白銀のレーサー
Downhill Racer
レストランの客 クレジットなし TBAテレビ東京版)

The Square Root(That Nice Boy)
N/A
1970 ザ・イタリアン・スタローン
The Party at Kitty and Stud's
(Italian Stallion)
スタッド ポルノ映画 (吹き替え版なし)
ふたりの誓い
Lovers and Other Strangers
クレジットなし
M★A★S★H マッシュ
M*A*S*H
クレジットなし[27] TBAフジテレビ版)
TBALD版)

The Sidelong Glances of a Pigeon Kicker
パーティーゲスト クレジットなし N/A
1971 ウディ・アレンのバナナ
Bananas
チンピラ 日本劇場未公開
コールガール
Klute
エキストラ出演 TBAテレビ朝日版)
TBATBS版)
1974 ブルックリンの青春
The Lords Of Flatbush
兼脚本(ダイアログ監修)
レベル
No place to hide
ジェリー・サベージ
1975
The Prisoner of Second Avenue
若者 N/A
ビッグ・ボス
Capone
フランク・ニティ 青野武(TBS版)
デス・レース2000年
Death Race 2000
マシンガン・ジョー 玄田哲章(テレビ朝日版)
マンディンゴ
Mandingo
若きクラウド 出演シーンカット N/A
さらば愛しき女よ
Farewell, My Lovely
ジョニー TBA(TBS版)
刑事コジャック
KOJAK
山城新伍
ポリス・ストーリー
Police Story
ロッキー
1976 爆走!キャノンボール
Cannonball
TBA日本テレビ版)
ロッキー
Rocky
ロッキー・バルボア 兼脚本 羽佐間道夫(TBS版)
1978 フィスト
F.I.S.T.
ジョニー・コヴァック
パラダイス・アレイ
Paradise Alley
コスモ・カルーボニ 兼監督、脚本 玄田哲章(テレビ朝日版)
1979 ロッキー2
Rocky II
ロッキー・バルボア 羽佐間道夫(TBS版)
1981 ナイトホークス
Nighthawks
ディーク・ダシルヴァ 兼一部監督[28](クレジットなし) 夏八木勲(フジテレビ版)
佐々木功(テレビ朝日版)
楠大典(2016年版)
勝利への脱出
Escape to Victory
ロベルト・ハッチ  佐々木功(フジテレビ版)
1982 ロッキー3
Rocky III
ロッキー・バルボア 兼監督、脚本 羽佐間道夫(TBS版)
玄田哲章(日本テレビ版)
ランボー
First Blood
ジョン・ランボー 兼脚本 渡辺謙(旧日本テレビ版)
羽佐間道夫(TBS版)
銀河万丈(フジテレビ版)
佐々木功(テレビ朝日版)
玄田哲章(新日本テレビ版)
1983 ステイン・アライブ
Staying Alive
通行人 兼監督、製作、脚本
出演クレジットなし
TBA(フジテレビ版)
1984 クラブ・ラインストーン/今夜は最高!
Rhinestone
ニック・マルティネッリ 兼脚本
1985 ランボー/怒りの脱出
Rambo: First Blood Part II
ジョン・ランボー 玄田哲章(日本テレビ版)
羽佐間道夫(TBS版)
銀河万丈(フジテレビ版)
佐々木功(テレビ朝日版)
ロッキー4/炎の友情
Rocky IV
ロッキー・バルボア 兼監督、脚本 羽佐間道夫(TBS版)
佐々木功(テレビ朝日版)
1986 コブラ
Cobra
マリオン・“コブラ”・コブレッティ 兼脚本
1987 オーバー・ザ・トップ
Over the Top
リンカーン・ホーク 玄田哲章(フジテレビ版)
羽佐間道夫(TBS版)
安原義人(テレビ朝日版)
1988 ランボー3/怒りのアフガン
Rambo III
ジョン・ランボー 玄田哲章(日本テレビ版)
佐々木功(テレビ朝日版)
1989 ロックアップ
Lock-Up
フランク・レオン 玄田哲章(ソフト版、日本テレビ版)
デッドフォール
Tango & Cash
"レイ"レイモンド・タンゴ 玄田哲章(ソフト版)
ささきいさお(テレビ朝日版)
1990 ロッキー5/最後のドラマ
Rocky V
ロッキー・バルボア 兼脚本 羽佐間道夫(日本テレビ版)
佐々木功(VHS版)
1991 オスカー
Oscar
アンジェロ・"スナップス"・プロヴォローネ 羽佐間道夫
1992 刑事ジョー ママにお手あげ
Stop! or My Mom will Shoot
ジョー・ボモウスキー 羽佐間道夫(ソフト版)
玄田哲章(フジテレビ版)
1993 クリフハンガー
Cliffhanger
ゲイブ・ウォーカー 兼脚本 玄田哲章(ソフト版、フジテレビ版)
大塚明夫(日本テレビ版)
ささきいさお(BSジャパン版)
デモリションマン
Demolition Man
ジョン・スパルタン 玄田哲章(ソフト版)
佐々木功(テレビ朝日版)
1994 スペシャリスト
The Specialist
レイ・クイック
1995 ジャッジ・ドレッド
Judge Dredd
ジャッジ・ドレッド 玄田哲章(ソフト版、フジテレビ版)
暗殺者
Assassins
ロバート・ラス 玄田哲章(ソフト版、フジテレビ版)
佐々木功(テレビ朝日版)
1996 デイライト
Daylight
キット・ラトゥーラ 玄田哲章(ソフト版)
佐々木功(テレビ朝日版)
1997 メン・イン・ブラック
Men In Black
宇宙人 アーカイブ出演、クレジットなし (台詞なし)
コップランド
Cop Land
フレディ・ヘフリン 玄田哲章(ソフト版、日本テレビ版)

The Good Life
ボス 友情出演 N/A
1998 アラン・スミシー・フィルム
An Alan Smithee Film:Burn Hollywood Burn
本人役 日本劇場未公開 玄田哲章
アンツ
Antz
ウィーバー 声の出演
2000 追撃者
Get Carter
ジャック・カーター 玄田哲章(ソフト版)
ささきいさお(テレビ東京版)
2001 ドリヴン
Driven
ジョー・タント 兼製作、脚本 玄田哲章(ソフト版、日本テレビ版)
ささきいさお(テレビ東京版)
2002 D-TOX
D-Tox
ジェイク・マロイ 大塚明夫(ソフト版)
ささきいさお(テレビ東京版)
シルベスター・スタローン ザ・ボディガード
Avenging Angelo
フランキー・デラーノ 楠大典

Liberty's Kids: Est. 1776
Paul Revere 声の出演 N/A
2003 TAXi3
Taxi 3
空港に向かう乗客 クレジットなし 玄田哲章(ソフト版)
ささきいさお(フジテレビ版)
シェイド
Shade
ディーン・スティーヴンス ささきいさお
スパイキッズ3-D:ゲームオーバー
Spy Kids 3-D : Game Over
トイメイカー(セバスチャン) 角田信朗
2005 ラスベガス
Las Vegas
フランク シーズン2第12話「I LOVE デュラン・デュラン」
シーズン2第18話「マニコッティをどうぞ」
羽佐間道夫
2006 ロッキー・ザ・ファイナル
Rocky Balboa
ロッキー・バルボア 兼監督、脚本
2008 ランボー/最後の戦場
Rambo
ジョン・ランボー 兼監督、製作、脚本 ささきいさお(ソフト版、テレビ東京版)
2009 スタローン in ハリウッド・トラブル
Kambakkht Ishq
本人役 (吹き替え版なし)
2010 エクスペンダブルズ
The Expendables
バーニー・ロス 兼監督、脚本 ささきいさお
2011 Mr.ズーキーパーの婚活動物園
Zookeeper
ジョー 声の出演 間宮康弘
2012 エクスペンダブルズ2
The Expendables 2
バーニー・ロス 兼脚本 ささきいさお
2013 バレット
Bullet to the Head
ジミー・ボノモ
大脱出
Escape Plan
レイ・ブレスリン
バトルフロント
Homefront
N/A 製作、脚本 N/A
リベンジ・マッチ
Grudge Match
ヘンリー・“レーザー”・シャープ ささきいさお
サタデー・ナイト・ライブ
Saturday Night Live
本人
2014 ゲットバッカーズ
Reach Me
ジェラルド 宮本克哉
エクスペンダブルズ3 ワールドミッション
The Expendables 3
バーニー・ロス 兼脚本 ささきいさお
2015 クリード チャンプを継ぐ男
Creed
ロッキー・バルボア 兼製作 羽佐間道夫
2016 ラチェット&クランク THE MOVIE
Ratchet & Clank
ビクター 声の出演 小山剛志
2017 アニマルクラッカー 〜まほうのサーカス〜
Animal Crackers
ブレットマン 声の出演
This Is Us
This Is Us
本人役 シーズン2第3話「過去の面影」 楠大典
ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス
Guardians of the Galaxy Vol. 2
スタカー・オゴルド ささきいさお
デス・ウィッシュ
Death Wish
N/A 製作 N/A
2018 大脱出2
Escape Plan 2:Hades
レイ・ブレスリン ささきいさお
クリード 炎の宿敵
Creed II
ロッキー・バルボア 兼製作、脚本 羽佐間道夫
バックトレース
Backtrace
サイクス 玄田哲章
2019 大脱出3
Escape Plan: The Extractors
レイ・ブレスリン ささきいさお
ランボー ラスト・ブラッド
Rambo: Last Blood
ジョン・ランボー 兼脚本
2021 ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結
The Suicide Squad
ナナウエ / キング・シャーク 声の出演 玄田哲章
2022
Samaritan
スタンリー・コミンスキー ポストプロダクション
TBA
The Expendables 4
バーニー・ロス プリプロダクション

Little America
ブリプロダクション

受賞とノミネート[編集]

アカデミー賞など[編集]

部門 作品 結果
アカデミー賞 1976 主演男優賞 『ロッキー』 ノミネート
脚本賞 ノミネート
2016 助演男優賞 『クリード チャンプを継ぐ男』 ノミネート
英国アカデミー賞 1976 主演男優賞 『ロッキー』 ノミネート
脚本賞 ノミネート
ゴールデングローブ賞 1976[29] 主演男優賞 (ドラマ部門) 『ロッキー』 ノミネート
脚本賞 ノミネート
2015 助演男優賞 クリード チャンプを継ぐ男 受賞
  • 全米映画歴史研究家協会賞 最優秀主演男優賞 『ロッキー』
  • ダヴィッド・ディ・ドナテロ賞 外国映画部門最優秀男優演技賞 『ロッキー』
  • 全米・カナダ映画興業者選出 ドル箱スター第1位
  • 男性鑑賞協会選出 男性ベストテン第1位
  • Show West Convention Star Of The Year (1979年・1984年)
  • Hasty Pudding Theatricals Man of the Year
  • ピープルズ・チョイス・アワード Favorite Motion Picture Actor
  • セザール賞 名誉賞
  • ゴールデンアップル賞 Star of the Year
  • サターン賞 Lifetime Achivement Award
  • ストックホルム映画祭 最優秀男優賞 『コップランド』
  • Home Entertainment 2002 ミレニアム・アクションスター
  • ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞 2015 助演男優賞クリード チャンプを継ぐ男[30]

ゴールデンラズベリー賞[編集]

ゴールデンラズベリー賞とは、毎年アカデミー賞授賞式の前夜に「最低」の映画を選んで表彰する一種のジョーク賞である。

部門 作品 結果
ゴールデンラズベリー賞 1984[31] 最低主演男優賞 『クラブ・ラインストーン/今夜は最高!』 受賞
最低脚本賞 『クラブ・ラインストーン/今夜は最高!』(フィル・アルデン・ロビンソンと共同) ノミネート
1985[32] 最低主演男優賞 『ランボー/怒りの脱出』、『ロッキー4/炎の友情』 受賞
最低監督賞 『ロッキー4/炎の友情』 ノミネート
最低脚本賞 『ランボー/怒りの脱出』ジェームズ・キャメロン、ケヴィン・ジャールと共同) 受賞
『ロッキー4/炎の友情』(シェルドン・レティックと共同) ノミネート
1986[33] 最低主演男優賞 『コブラ』 ノミネート
最低脚本賞 『コブラ』 ノミネート
1987[34] 最低主演男優賞 『オーバー・ザ・トップ』 ノミネート
1988[35] 最低主演男優賞 『ランボー3/怒りのアフガン』 受賞
最低脚本賞 『ランボー3/怒りのアフガン』 ノミネート
1989[36] 最低主演男優賞 『ロックアップ』、『デッドフォール』 ノミネート
1980年代最低男優賞 『クラブ・ラインストーン/今夜は最高!』、『コブラ』、『ロックアップ』、
『オーバー・ザ・トップ』、『ランボー/怒りの脱出』、『ランボー3/怒りのアフガン』、
『ロッキー4/炎の友情』、『デッドフォール』
受賞
1990[37] 最低主演男優賞 『ロッキー5/最後のドラマ』 ノミネート
最低脚本賞 『ロッキー5/最後のドラマ』 ノミネート
1991[38] 最低主演男優賞 『オスカー』 ノミネート
1992[39] 最低主演男優賞 『刑事ジョー/ママにお手あげ』 受賞
1993[40] 最低脚本賞 『クリフハンガー』(マイケル・フランス、ジョン・ロングと共同) ノミネート
1994[41] 最低主演男優賞 『スペシャリスト』 ノミネート
最低スクリーンカップル賞 『スペシャリスト』シャロン・ストーンと共同) 受賞
1995[42] 最低主演男優賞 『暗殺者』、『ジャッジ・ドレッド』 ノミネート
1996[43] 最低主演男優賞 『デイライト』 ノミネート
1998[44] 最低助演男優賞 『アラン・スミシー・フィルム』 ノミネート
1999[45] 20世紀最低男優賞 彼がした全てのことの99.5%に対して 受賞
2000[46] 最低主演男優賞 『追撃者』 ノミネート
2001[47] 最低助演男優賞 『ドリヴン』 ノミネート
最低脚本賞 『ドリヴン』(ジャン・スクレントニー、ニール・タバクニックと共同) ノミネート
最低スクリーンカップル賞 『ドリヴン』(バート・レイノルズと共同) ノミネート
2003[48] 最低助演男優賞 『スパイキッズ3-D:ゲームオーバー』 受賞
2010[49] 最低監督賞 『エクスペンダブルズ』 ノミネート
2015[50] 名誉挽回賞 『クリード チャンプを継ぐ男』 受賞

このように1980年代から1990年代初頭までの彼の全盛期、暴力的な『ランボー』シリーズ等の主演に対して批評家から酷評を受け続けていた。しかし、そのような酷評とは相反しヒット作を次々と生み出してきた。加えて、全盛期の主演作の多くが、新興インディペンデントカロルコ・ピクチャーズキャノン・フィルズ作品であったことも、メジャー寄りの保守的な批評家からの批判を助長させる大きな要因になった。とくにカロルコの大作映画は、シルヴェスター・スタローンの主演作以外であっても、その多くがゴールデンラズベリー賞(またはノミネート)の常連作となっていた。しかし、2015年の『クリード チャンプを継ぐ男』において「名誉挽回賞」の候補となり、受賞を果たした[50]

批評家からの視点で、(スタローンの主演作のなかで)映画史的に唯一と言ってもいい高い評価を受けている『ロッキー』の1作目は、メジャーの老舗ユナイテッド・アーティスツの作品である。

ハリウッド殿堂[編集]

ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに星型プレート(映画部門)があり、グローマンズ・チャイニーズ・シアターの入り口前に手形・足形・署名入りのブロックプレートが埋め込まれている。

日本語吹替[編集]

主に担当しているのは、以下の三人である。

ささきいさお(佐々木功)
1982年のフジテレビ版『勝利への脱出』で初めて起用され、おもに『ランボー』シリーズ(『最後の戦場』『ラスト・ブラッド』を含む全作品)、『エクスペンダブルズ』シリーズなどを担当。声質がスタローン本人に近い。また、WOWOWにおける旧作放送時の追加録音や、『クリフハンガー』など後年になって吹替版が新録される際にも起用されている。テレビの洋画劇場全盛時代は、テレビ版はささき、ソフト版は玄田哲章というパターンができていたが、2003年の『シェイド』あたりからはささきがソフト版を含めた多くの作品を担当するようになり、スタローン吹替のフィックスとなっていった。2010年代より、スタローンとシュワルツェネッガーの共演作が出てきたことで、ささきはスタローン、玄田はシュワルツェネッガーと棲み分けがなされることとなった。
おもな作品は『ランボー』シリーズ、『ロッキー4・5』、『ナイトホークス』、『デッドフォール』、『デモリションマン』、『スペシャリスト』、『ドリヴン』、『コブラ』、『デイライト』、『エクスペンダブルズ』シリーズ、『大脱出』シリーズなど。
羽佐間道夫
1970年代から1990年代初頭の作品を数多く担当。特にTBSの映画番組でよく起用された。『ロッキー』シリーズにおけるロッキー・バルボア役は羽佐間自身にとっても当たり役のひとつとなっており、シリーズ全6作に加えスピンオフ作品の『クリード チャンプを継ぐ男』シリーズまで全作品を担当している。スタローンの吹替つながりで、ささきのコンサートにゲスト出演したこともある。
おもな作品は『ロッキー』シリーズ、『ランボー1・2』、『オーバー・ザ・トップ』、『コブラ』、『刑事ジョー ママにお手あげ』など。
玄田哲章
デス・レース2000』などデビュー初期の作品から担当。1980 - 1990年代はソフト用の吹替版に限定すると玄田の持ち役として有名なシュワルツェネッガーよりも担当本数が多く、ホームビデオ作品である『アメリカンそっくりシアター ハリーの爆笑捜査線!』ではスタローンおよびランボーのパロディキャラを演じている。スタローンの代表作『ロッキー』シリーズでは『ロッキー3』(日本テレビ)のみ、『ランボー』は1~3作目(いずれも日本テレビ)で起用された。 2000年代に入ると、ささきいさおの担当作増加に押されて担当する機会が減り、2005年の『ドリヴン』(日本テレビ版)を最後に途絶えていたが、2019年の『バックトレース』で14年ぶりに担当し、2021年の『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』では原語版でスタローンが声を務めたCGキャラクターの吹き替えを担当した。
おもな作品は『ランボー1〜3』、『ロッキー3』(テレビ版)、『ロックアップ』、『デス・レース2000年』、『クリフハンガー』、『ジャッジ・ドレッド』、『コップランド』など。

このほか、大塚明夫銀河万丈楠大典なども複数の作品で声を当てており(『クリフハンガー』、『ランボー』、『D-TOX』、『ナイトホークス』、『シルベスター・スタローン ザ・ボディガード』など)、日本テレビの『ランボー』初回放送版での渡辺謙や、『スパイキッズ3-D:ゲームオーバー』の角田信朗など本職の声優ではない著名人が吹替えを担当した例もある。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ Q. Moonblood および J.J. Deadlock という筆名を持っていたが、この名で脚本を発表することはなかった。
  2. ^ この映画は『ロッキー』のヒット後、ロッキーのあだ名にちなみ Italian Stalion(イタリアの種馬)と改題しリリースされている。
  3. ^ この映画は Rebel(反抗者)という題名でも知られ、1960年代後半のニューヨークでスタローンら過激派学生グループが FBI に追われるというストーリーである。1990年にこのフィルムは再編集され、A Man Called... Rainbo(レインボーと呼ばれた男)という、『ランボー』をもじった題名でリリースされた。

出典[編集]

  1. ^ ランボーの孤独な闘いが再び始まる…午後ロー『ランボー/怒りの脱出』放送 | cinemacafe.net
  2. ^ Stallone explained all this on Inside the Actors Studio in 1999.
  3. ^ "Cinéma. Stallone est de Brest « même » !", Le Télégramme de Brest, October 6, 2009
  4. ^ Stewart, Will (2009年4月11日). “Rambo-ski - Hollywood star Sylvester Stallone's Russian secret”. Daily Mail. http://www.dailymail.co.uk/tvshowbiz/article-1169252/Rambo-ski--Hollywood-star-Sylvester-Stallones-Russian-secret.html 2009年4月11日閲覧。 
  5. ^ a b c d Block, Alex Ben (2006年12月20日). “The Untold Story: "Rocky" Underdog Origin a Studio Myth” (英語). HOLLYWOOD TODAY. 2010年5月14日閲覧。
  6. ^ 『シルベスター・スタローン物語』バンブーコミックス[要ページ番号]
  7. ^ アクターズスタジオ・インタビュー。
  8. ^ Playboy Interview - Sylvester Stallone” (英語). Playboy.com (1978年9月). 2010年5月14日閲覧。 “it was either do that movie or rob someone, because I was at the end -- the very end -- of my rope.” - 「(経済的に)本当に切羽詰まっていた。その映画に出演するのでなければ、もう泥棒でもするしかなかった。」
  9. ^ 町山智浩『アメリカは今日もステロイドを打つ』 10-11頁、ISBN 9784087805161。
  10. ^ 「ロッキー」スタローン氏も殿堂入り サンケイスポーツ 2010年12月10日閲覧
  11. ^ エイドリアーン!ロッキー新章『クリード チャンプを継ぐ男』超大ヒット新記録樹立!アカデミー賞候補の声も”. 2015年11月27日閲覧。
  12. ^ Film Review: ‘Creed’”. 2015年11月27日閲覧。
  13. ^ Sylvester Stallone May Finally Win Oscar for Playing Rocky Balboa in “Creed””. 2015年11月27日閲覧。
  14. ^ Stallone becomes 1st Movie Star to Headline #1 Openings in last 5 Decades – News - moviemavericks.com/
  15. ^ ジャッキー映画6つの年代でTOP10入り! 日本映画界で新たな偉業を達成! - screenonline.jp
  16. ^ “スタローン3人娘、ミス・ゴールデングローブに”. 映画.com. (2016年11月18日). http://eiga.com/news/20161118/10/ 2016年11月16日閲覧。 
  17. ^ http://www.imdb.com/name/nm0000230/bio
  18. ^ http://www.lifesitenews.com/ldn/2007/jan/07011201.html
  19. ^ https://www.catholicnewsagency.com/news/rambo_iv_is_also_a_christian_film_sylvester_stallone_confirms
  20. ^ https://rollingstonejapan.com/articles/detail/27385
  21. ^ https://twitter.com/DanScavino/status/815050572323753984
  22. ^ https://www.huffingtonpost.jp/2016/12/21/sylvester-stallone_n_13762018.html
  23. ^ https://www.esquire.com/jp/news/a222197/news-trump18-0424/
  24. ^ https://deadline.com/2018/05/sylvester-stallone-jack-johnson-donald-trump-balboa-productions-mgm-1202400002/
  25. ^ http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG0201J_S3A200C1CR8000/
  26. ^ https://hollowverse.com/sylvester-stallone/
  27. ^ MASH wiki”. 2018年6月18日閲覧。
  28. ^ Nighthawks (1981) - IMDb, http://www.imdb.com/title/tt0082817/trivia 2020年10月31日閲覧。 
  29. ^ The 34th Annual Golden Globe Awards (1977)”. HFPA. 2012年7月16日閲覧。
  30. ^ 作品賞は『マッドマックス 怒りのデス・ロード』!ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞発表”. シネマトゥデイ (2015年12月2日). 2015年12月2日閲覧。
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  50. ^ a b “アカデミー賞前夜に最低映画決定、「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」が5冠”. ナタリー. (2016年2月28日). http://natalie.mu/eiga/news/177931 2016年3月13日閲覧。